第24話 天才令嬢、無双する
魔闘技場は大勢の人々で賑わっていた。
王都から魔闘技場へ繋がる大通りは人の流れができていて、魔闘技場内にどんどん流れ込んでいる。
基本的に客席は一階と二階部分が平民、三階部分が貴族となっている。
階層が分かれているとはいえ、本来は平民と貴族が同じ場所にいることはあり得ない。
だがこの三日間のアルカナ・エクリプスは別だ。
建前では、平民や貴族といった身分は関係なく王国の発展を祝うということになっている。
だから魔闘技場でも階層に分かれて一緒に観戦することが許されていた。
「そろそろ始まるね」
兄が俺の隣で呟く。
俺と兄、両親は三階部分の客席に座っていた。
同じ三階部分はもちろん、一階二階部分も続々と席が埋まってきている。
確か……七万以上の席があった気がするな。
凄まじい人数だ。
それ程の席数が完全に埋まりそうなので、多くの人が楽しみにしているのだろう。
『――さあ時間になりました』
魔闘技場に滑舌の良い声が響く。
『ご来場の皆様、いよいよ迫りました。五年に一度のアルカナ・エクリプス……その中でも一番大きな催し物、魔闘技が遂に始まります。十歳から十四歳の令息令嬢が織りなす魔術による攻防……今回は誰が頂点に輝くのか!』
気分が上がるような音楽が流れ始める。
これは誰もが興奮するだろう。
『出場者は八十二名! 前回同様に八つの集団に分けてその中で一斉に戦い、本戦へ進む一人を決めます!』
つまり予選は八回あるということだ。
『では早速、入場してもらいましょう!』
司会が合図すると円状の戦闘場所に令息令嬢が出てきた。
といっても令息の方が圧倒的に多い。
令息が八人、令嬢が二人だ。
その十人は自然と円を作るようにして広がる。
魔闘技に限らず、魔術による戦闘は距離が重要であり、近接することはない。
なので自然と円を作るようにして広がるのだ。
「じゃあクレイズ。僕はそろそろ行くね」
「頑張ってください」
「頑張るんだよ」
「怪我だけはしちゃだめよ」
俺と父と母の言葉を背に受けて機嫌がよさそうに兄は去っていく。
兄の出番は、これから始まる試合の次の次。
そろそろ控室に行かないと間に合わないのだ。
因みに俺は一番最後なので、試合が始まるまでまだ時間がたっぷりとある。
『規則はいつもと同様! 自分の障壁を破壊されずにいればいいだけ! 積極的に攻撃するのも、逃げ続けて生存を優先するのも何でも良し! 正々堂々と戦うか、搦め手で卑怯に戦うか……お好きにどうぞ! ただし! ……評判についての責任は一切負いませんのでそのつもりで』
この魔闘技には規則らしい規則はない。
せいぜい、魔道具の障壁を破壊された相手に攻撃してはいけない、というものくらいだろう。
俺にとってほとんど規則が無いのは有難かった。
これで武器を持ち込んではいけないという規則があったら、戦い方を変える必要があった。
なにせ俺の武器は剣だ。
いくら闘気によって徒手格闘も出来るとは言え、何もなしで魔術師を相手にするのは面倒である。
さて……もう始まるな。
この試合は集中して見ないといけない。
何故なら天才令嬢がいるからだ。
『では始めましょう。栄えある第一戦目……最後まで立っているのは誰か!? 試合開始!』
試合が始まった。
十人もいるので混沌を極めるかと思った……が。
『おおーっと!? いきなり集中攻撃だー! 一人の令嬢に向かって全員が魔術で攻撃している!』
炎、岩、雷……。
偶然か必然か……天才令嬢に向かって全員が攻撃し始めた。
これは決して規則違反ではない。
卑怯と感じる人もいるだろうが、強い奴から先に狙うというのはしっかりとした作戦だ。
特に同じ集団にいるのが、たくさんの噂がある天才令嬢なら尚更だろう。
危険だから先に潰す。
当たり前の思考であり合理的な判断だ。
『攻撃を受けているのはかの有名な天才令嬢アルセリア・オリオンドール! いくら天才と言え、これを防ぎきるのは難しいか!?』
確かに並の魔術師ならば防ぎきるのは無理だ。
魔術を放っている令息令嬢も、魔闘技に出場しているだけあって一定以上の実力を有している。
だが相手は奴だ。
王国で噂されている天才だ。
俺の一方的な考えでは、天才令嬢がこの程度の攻撃を防げないとは思えなかった。
『攻撃が止み煙が晴れる! さあ魔道具の障壁は――――割れていない! 割れていないどころか傷一つついていない! これが天才だということなのかー!』
魔闘技場全体が歓声で揺れる。
九人からの魔術攻撃を防ぎ切ったのだ。
俺からしてみれば当然だが、一般の観客にしてみればさぞ衝撃的な光景だろう。
もちろん当の本人はいつも通りだ。
彫刻のように整った顔のまま表情の一つも変えていない。
天才令嬢はそのままゆっくりと歩く。
他の奴らは今の攻防で力の差を思い知ったのか、動く気配がない。
全ての人間の目が、全ての人間の意識が、天才令嬢に釘付けになっている。
天才というのは恐ろしい。
奴は今、この場の主役だ。
観客はもちろん、周りの出場者も奴を引き立てる脇役でしかない。
皆が奴の一挙手一投足に夢中だ。
締め付けるような独特な空気が渦巻く。
天才令嬢は
瞬間――――
周りの九人全員が吹き飛んだ。
「ハハッ」
魔闘技場全体が沈黙で満ちる。
九人の出場者は吹き飛び地面に倒れ、中心に立っているのはただ一人。
『――な……なんということだ! 僅か一瞬! 僅か一瞬で、戦いが終わってしまったー! 勝者はたった十歳の少女――天才令嬢アルセリア・オリオンドール!』
司会の試合終了の宣言が皮切りに、爆音の歓声が轟いた。
それを一身で受けている奴に揺らぎはない。
勝者に相応しい堂々たる姿。
天才という概念を体現した姿。
興味がないと言わんばかりに、颯爽と背を向けて去っていった。
「素晴らしいね彼女は」
父が顎を触りながら呟く。
「クレイズ。勝てそうかい?」
今度は俺に目を向けて尋ねてきた。
心配している訳ではない。
ただの純粋な確認だろう。
「勝てる勝てないではなく――勝ちますよ」
勝てそうだとか勝て無さそうとかそういう話ではない。
勝つ以外選択肢が無いのだ。
俺の道はまだ始まったばかり。
理想は遥か先である。
いくら天才とは言え……たかが天才如きに負けてはいられなかった。
「ふふっ、いいね」
父は爽やかに笑う。
まだ歓声が止まない周りの中で、俺は静かに戦意を滾らせていた。
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