第23話 迫りくる明日に俺は笑う
人によって楽しみ方は異なるが、基本的に一日目は商業区域の出店や屋台を食べ歩いたり、大道芸を見たりして楽しむ人が大半だ。
二日目に関しては、俺も出場する魔闘技が大きな催しだろう。
最後の三日目は、一日目と二日目の余韻に浸りながら出店や屋台、あるいは世界的に有名な音楽家の演奏を楽しむ。
で、最後の夜は、魔術師によって夜空が色付けられるらしい。
らしいと言ったのは、俺も今回が初めてなので父から聞いた話に過ぎないからだ。
ただ、いつも以上に王都は活気で満ちていた。
「クレイズっ! 大道芸だって! 行ってみよっ」
「おっと……」
俺は手に持った飲み物を零さないようにしながら、兄に手を引かれて歩く。
もう俺も十歳なので子ども扱いしないでほしいのだが……前にそのことを言ったら秒で拒否されたので仕方がなかった。
大道芸と思わしき場所は、結構な人数が取り囲むようにして集まっている。
これは入り込む隙間が無さそうだ。
「うーん……クレイズ、しっかり僕の手を掴んでおくんだよ?」
兄が俺に耳打ちすると突然体が浮かび上がった。
俺と兄は人混みの端にいるのと、周囲の人は大道芸に集中しているので、俺と兄が浮かび上がったことに気づくことはない。
どんどん上昇して屋根に足を付けた。
「うん。ここからならよく見れるね!」
兄はご満悦そうに大道芸に目を向ける。
その姿を俺は横目で見て感心のため息をついた。
地面から屋根の上まで浮かび上がったのは、兄の魔術によるものだ。
使った属性は風。
兄が得意としている属性である。
基本的に、魔術で宙に浮かんだり空を飛んだりするのはかなり難しい。
緻密な制御が求められるのだ。
風属性を得意とする熟練の魔術師ならば容易に使えるだろうが……兄のような十二歳の子供が使えるような魔術ではない。
少なくとも前世の冒険者をしている時は、空を飛べる冒険者は限られていた。
「うわっ、凄いなぁ今の……僕は出来る気がしないや」
大小異なる球体を積み重ねて、その上に片脚で乗っている。
少しでも重心がズレたら一瞬で転倒するだろう。
「兄様。あれって魔術を使ったりはしてないんですか?」
「うん。使ってないよ。僕みたいにある程度の実力がある魔術師だとね、魔力の放出がちょっと分かるんだ。あの人の体から魔力が放出されている感じはしないから、魔術は使ってないと思うよ」
「へー……凄いですね」
兄の言う通りならばかなり凄いことだ。
元々の運動神経が良くないと、あのような芸当を出来るはずもない。
俺もこの素晴らしい体と日ごろの鍛錬のお陰で、体幹はかなり鍛えられている。
しかし、大小異なる球体を積み重ねた上に片脚で乗るのは難しい。
時間をかけて練習すればできなくはないと思うが、現時点では不可能だと思った。
「クレイズは出来る?」
「無理ですね」
「クレイズでも無理なんだー……でも鍛錬に使えるんじゃない?」
そうか……鍛錬か。
ただの芸のように見えるが、よく考えると理に適っているな。
「……領地に帰ったら少し試してみます」
「うんうん」
闘気によって身体能力や身体強度が大幅に向上するとは言え、頼り切ってしまうのも良くない。
何事も基礎の土台が重要であり、俺にとっての土台は素の体だ。
今まではまだ子供の体で鍛え過ぎるのは悪影響だと思っていた。
だが、もう十歳なので、そろそろ素の体をもっと鍛えた方が良いかもしれない。
大道芸そっちのけで鍛錬の事について考えていると、拍手が沸き上がった。
一通り終わったみたいだ。
「よいしょっと、クレイズはどこか行きたいとこってある?」
「別に特には……いや、魔闘技場に行ってみたいです」
「お、いいね。行ってみよっか」
魔闘技場というのは名前の通り、明日の魔闘技が開催される場所だ。
普段は偶に、魔術師同士が手合わせをしたりもしている。
そんな魔闘技場は巨大すぎるので、王都から少し外れた場所に建てられていた。
といっても、王都から城壁が伸びていて簡単に行けるようになっている。
また、王都には三つの門と魔闘技場へ行く通路が対角線上に位置している。
俺と兄が大道芸を見ていた場所からは結構近い。
人混みの中を通って行くのが嫌だったので、兄の魔術で姿を隠しながら屋根の上を伝って白壁に辿り着いた。
魔闘技場までの道にはちらほらと人がいる。
ただの観光か明日の魔闘技が楽しみで覗きに来ているのか……。
俺と兄は幅の広い道を歩いて、魔闘技場の真ん前まで来た。
正規の入り口は国仕えの魔術師によって塞がれているので、人気がいない場所に移動する。
「兄様。本当にやるんですか?」
「大丈夫大丈夫。絶対に見つからないし……もし見つかっても大したことじゃないから」
「はぁ……いざとなったら一人で逃げますからね……」
元々、俺は中まで入るつもりはなかった。
しかし兄が悪い笑顔で誘ってきたのだ。
まあ魔力のない俺が魔術師に見つかるわけがないので、いざとなったら兄を置いて逃げるつもりだった。
「ほいっと」
軽快な掛け声で俺と兄の姿は見えなくなる。
そしてもう一つ魔術を発動して、俺と兄は浮かび上がった。
これは大道芸の時に使った魔術と同じものだ。
ぐんぐん高度が上がり、客席だけ覆っている屋根に着地する。
少し歩くと真ん中にぽっかりと穴が開いていた。
魔闘技場の構造は単純で、中心に円状の戦闘場所があり、その周囲を沢山の客席が囲んでいる。
なので客席には屋根があって、中心にある円状の戦闘場所の上には屋根がない。
身を少し乗り出して魔闘技場の中を覗くと、屋根のない戦闘場所だけが日の光に照らされていて明るく、灯りのついていない客席は暗かった。
戦闘場所はかなり広い。
本来の想定とは違うだろうが、これならば全力で動き回れそうだ。
「いやぁ、実際に魔闘技場を目にすると実感が湧いてくるね」
「明日の事ですか?」
「うん。僕も魔闘技に出場するんだなーってさ」
魔闘技に出場する令息令嬢はこれまでのを平均すると約八十人ほど。
流石に多すぎるので、まずは予選として八つに分けた集団で一人を決める。
決め方は、その集団が一斉に戦い、最後まで立っていた一人が勝者とする形式だ。
もちろん立っていたらというのは比喩で、実際は攻撃を肩代わりする魔道具が最後まで壊れなかったらというのが正しい。
流石に生身の状態で令息令嬢が戦い合うのは、危険すぎてあり得なかった。
「ただねー……魔道具の負荷によって勝ち負けが決まるからなー。そこが少し難しいと思うんだよね」
「まあこれは殺し合いじゃなくて、手合わせの延長線上ですから。でも確かに感覚がいつもと違うので難しいですね」
「うん。そこは予選で慣れるしかないかな」
魔闘技は殺し合いではない。
ただの手合わせの延長線上だ。
当たり前ではあるが……それで満足できるか少し心配だった。
「あれ、僕たち以外にもいるんだね」
兄が反対側に顔を向ける。
離れすぎているのと、魔術を使って姿を誤魔化しているので、誰か視認することは出来ないが……大方予想は付いた。
「兄様。そろそろ戻りましょう」
「そうだね。もう十分見たから戻ろっか」
ここに来たと言うことは、明日の魔闘技に出場するということに他ならない。
俄然楽しみになって来た。
俺と戦うことを楽しみにしてくれている兄には少し悪いが……俺は別の奴の方が楽しみだ。
天才令嬢、明日はお前の底を見せてもらうぞ。
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