第4話 闘気の習得

 さて、両親の前で宣言したはいいものの、俺はまだ五歳なので出来ることは限りなく少ない。


 体が未熟なこの時期に酷使したら悪影響だ。出来る事と言えば、健康な体を作る為に、良く体を動かして、良く飯を食って、良く眠ることだろう。


 本格的な鍛錬は八歳ぐらいからが良い。しばらくは、体力づくりの為に軽く走ったりしよう。


 後は……そうだな、前世でもやっていた剣を用いた動きを体に覚えさせるか。吸収が早いこの時期にやっておくのは得しかないからな。


 で、俺がこれから行うのは闘気の習得だ。今、屋敷の外の広大な庭で胡坐をかいている。恰好は何でもいいのだが、出来るだけ自然体の方がいい。


 なぜ庭で胡坐をかいているかというと、闘気というのは自身の生命力であり、その生命力は大地に満ちる膨大な生命力を吸収しているからだ。


 もう少し細かく言うと、生命力を戦闘用へと変化させたのが闘気だ。


 人間含め、全ての生物は大地の上に生きている。鳥などの空中を彷徨う生物も確かにいるが、大地に関わずに生きることは出来ない。結局、この世界で生きる生物は大地の恵みを糧にしているのだ。


 別に確かな根拠があるわけではない。しかし、俺は儀式や御呪おまじないのような感覚で、次の上で闘気を取得しようと思ったのだ。


「クレイズ様ー……何をするんですか……?」


 俺の専属侍女であるフリルが話しかけてきた。フワフワとした栗毛色の髪の毛が揺れている。


 正直な話、侍女はいらないのだが……まだ俺は五歳なので危険が無いようにとのことらしい。七歳になる俺の兄にも専属侍女がいるので、これが普通なのだろう。


「これから闘気を習得する」


「闘気……ですか?」


「ああ。俺は魔術が使えないからな。代わりみたいなものだ」


「なるほどー」


 この侍女、フリルは良く分からない奴だ。何も考えていないと思えばいつの間にか先回りしている。


 まあレイノスティア侯爵家の侍女として働いているので、無能なわけがないのだが……今でも実態が良く分からなかった。


「ふぅ……」


 闘気の習得方法は魔力とは大きく異なる。魔力は習得……というよりかは気づくという感覚が近い。元から持っているが、気づかずにあるのが魔力なのだ。一般的なのは、魔術師が魔力を流してあげる方法だろう。


 対して闘気は魔力ほど論理的ではない。気づく、というか開くに近い。知覚し得ない生命力を知覚できる闘気に変化させる。これを、門を開くと言う。


 門は自身の奥底に鎮座している。門を知覚し、感覚で開かなければいけない。誰でもできる事ではあるが、知覚して開くには個人差があった。


 だが、俺は問題ない。前世で俺は一度開いたのだ。その手順も感覚も何もかもすべて覚えている。


 また、門を開く結果は同じだが、至るまでの方法は人様々だ。断食する者、滝に打たれる者、死地に身を投じる者。


 俺が使う方法はそのどれもではない。


 俺が使う方法は……かつての剣士の道だ。


 意識を内に集中させる。



「深層もぐり……闇夜をただ往く。陰陽別れず混沌として……繋ぐは盤古の道。開闢、天地、万物、生命……手繰りに進み現れるはたたかいの門。押しても開かず、引いても開かず……願うはうごめくく狂想。人は地に還り、地に人は生きる。唯人ただびとが開くのは……輪廻の光」




 …………開いた。


 あぁ……これだ。この感覚だ。深淵に鎮座していた門が開いた。門が開いて、生命力が変換された気……闘気が溢れ出してくる。


 体が熱い。全身から蒸気が噴き出そうだ。闘気を習得している人が俺を見たら、門が開いていることに気づくだろう。


「ふふっ……はははははっ……あははははっ!」


 この体は素晴らしい……! こんなにも闘気の保有量が多いとは……! まだ開きたての状態なのにも拘わらず前世の俺よりも多い。


 しっかりと鍛錬を積んでいけば……とんでもないことになるぞ……。


「あ、あのー……大丈夫ですかー?」


 あ、フリルの存在をすっかり忘れていたな。変な子供だと思われただろうか。まあもう既に思われてる可能性もあるから別にいいか。


「大丈夫だ。何も問題ない」


 フリルは基本的に追及してこない。適当にあしらっておけば大丈夫だ。と、いつものように思っていたのだが……。


「いえ……体が……」


「体?」


「クレイズ様の体から何かが出ているので……」


「……見えるのか!?」


 そんな馬鹿な話はない。闘気は門を開いた人間じゃないと見えないのだ。フリルは門を開いた人間である可能性は……ない。今、門を開いた俺には分かる。フリルは門を開いていない。


 ではなぜ俺の体から何かが出てるって分かるんだ……? 色々と思考を巡らせていると、フリルが悩みながら口を開いた。


「何かは分からないのですが……こう……なんというか、靄みたいなものが見えるんですー」


「靄?」


「はい。真っ白に光っているモヤモヤが薄ーく見えるんですよー」


 真っ白に光っている靄……取り敢えず完全に闘気が見えているわけではないのは確定した。だが、僅かに見えているだけでも十分におかしいことだ。


 原因は分からない。前世で見たことも聞いたこともない。思いつくのは……何かの切っ掛けで門が僅かに開いた状態になっているということだ。


 ……少し確かめてみよう。俺は門を開いた影響で溢れ出していた闘気を、ゆっくりと体内に鎮めた。


「フリル。まだ靄が見えるか?」


「……いえ、もう見えないですー」


「なるほどな……」


 おそらくだが、フリルの門は僅かに開いている状態だ。多分間違いない。だから、体外にある闘気は見えるが、ひとたび体内に鎮めると見えなくなる。


 そもそも闘気というのはあまり知られていない。どこかの島国で発達したものだと聞いたが……実際はどうなのかは分からなかった。


 ……父なら知ってそうだな。あの人なら知ってても何らおかしくない。フリルのことについて相談してみるか? 


「あの……私は何かおかしいのでしょうか?」


 フリルは不安そうな顔だ。俺が真剣な顔をして黙り込んでいたからだろう。それは不安になって当たり前……いや、たかが五歳の反応で不安になるものなのか? 


 まあいい、まずはフリルに状況説明をしよう。


「フリル。闘気という存在は知っているか?」


「……いえ、知りません」


「まあ簡単に言うと魔力みたいなものだ」


 本当は違うが、詳しく説明するのは面倒だ。


「闘気を習得するには自分の奥底にある門を開く必要がある。で、フリルはその門が少しだけ開いているんだよ」


「だからクレイズ様の体から出ていた靄が見えたのですか?」


「ああ。門が開いていない人間には何も見えない……逆に門が開いている人間にはくっきりとした闘気が見える。靄が見ているということはその中間……つまり、少しだけ開いているということだ」


「私は……大丈夫なのでしょうか……?」


 眉尻を下げて再び不安な表情をする。どこか子犬を連想させる顔だ。というのは置いといて、実際に何か問題は起きるのだろうか。


 ……ない……と断言はできない。何せ今まで見たことがないからだ。故にいっそのこと、門を完全に開いた方が良いのかもしれないな。


「多分大丈夫……って言いたいが、正直なところ分からない。だから父様に相談してみよう。何か知っているかもしれない」


「わかりました」


 今は仕事をしているはずだから……今夜にでも聞いてみるか。 

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