第6話 悪い笑みを浮かべる
闘気の鍛錬を始めて一か月が経過した。兄が気持ち悪いのは相変わらずだが、どんどん闘気が体に馴染んでいる気がする。
フリルも俺と同じように闘気の鍛錬をしていて、その成長速度は俺と同じくらいだった。正直、俺は驚いている。なぜなら、俺は前世で闘気を扱っていて慣れているにも拘わらず、フリルは付いてきているのだ。
俺の才能が無いのか、フリルの才能があるのか。考える限りではおそらく後者だが、何だか拍子抜けした気分だった。
で、俺は今、父に用意してもらった剣を眺めている。もちろん五歳児である俺の体に合わせた大きさだ。木剣ではなく殺傷能力がある鋼鉄の剣である。
少々、五歳児に渡すにしては危険な代物ではないかと思うが、どうやら父は俺なら大丈夫だと思っているらしい。もしかして、俺が転生者ということを知っているのだろうか。
……まあいいか。何だか父には全て見透かされている気がするので、色々と考えても仕方がないだろう。今は自分が強くなることだけに、しっかり注力しなければな。
「クレイズ様ー……危ないですよー……?」
「大丈夫だ」
傍に控えているフリルが剣を持った俺を見てハラハラしている。当たり前の反応だ。特に専属侍女ならば心配するのが普通だろう。
「重さも良し……長さも良し……」
素の身体能力では振るのが難しいが、闘気で強化すれば問題ない。俺は闘気で全身を強化しながら、ゆっくりと剣を振った。
振り下ろし、横薙ぎ、袈裟切り、逆袈裟切り、突き。前世で何万回とした素振りを思い出すかのように振る。
「なるほどな……」
予想通りではあるが思った様に体が動かない。記憶があるとはいえ、体は別物なので齟齬が生まれてしまっているのだろう。
ただ……悪くない。おそらく……いや、間違いなく……この体は素晴らしい。身体能力……は分からないが、運動神経は限りなく良い。
現にまだ剣を振ってから少ししか時間が経っていないのに、どんどん動きが良くなってきている。故に剣を振るのがより楽しい。振れば振るほど理想の剣に近づいていくのが分かるのだ。
「ふふっ……狂気的な笑みを浮かべるクレイズ様……いいですねー……」
……何か聞こえた気がしたが放っておこう。
今の俺は楽しくて仕方がないんだ。
前世では才能が皆無だった。身体能力、運動神経、闘気の保有量。ことごとく全ての才能に恵まれなかった。
だが、この体は逆だ。身体能力……はまだ分からないが、少なくとも運動神経と闘気の保有量は類を見ないほどに優れている。
どの程度かというと、前世の俺が
「ふぅ……」
夢中で振っていた剣を止め、呼吸を整える。闘気で体を強化しているとはいえ、なにも鍛えていない五歳児の体にはかなりの疲労が溜っていた。
「クレイズ様ー、お水と拭きものですー」
「ああ、ありがとう」
用意が良いフリルに感謝しながら俺は水を飲んで汗を拭く。火照った体に冷たい水が流れるのは心地よい。汗水滴らせて鍛錬した前世を思い出した。
「クレイズ様の剣術の流派って何ですかー?」
「流派?」
「はいー。見たことがないものなのでー……」
流派……流派か。正直なところ、俺の剣術に流派というものは存在しない。俺の剣術は、いかに敵を効率よく殺すかを考えた末に、出来上がったものだからだ。
一応、剣が廃れていても剣術の流派というものはある。俺が知っている限りの話だが……確か、剛鉄流と抗風流……楯雷流の三つがあったはずだ。
盾を持ち全身を鉄鎧で身を固めて戦う、
風のように素早い攻撃と守備が特徴の、
雷のような攻撃力を中心に戦う、
基本的に三つある全ての流派には盾が用いられている。また、世にいる剣士の大半がどれか一つの流派だった。もちろん俺は違うが。
「俺の剣に流派はないぞ。ただの我流だ」
「それにしては様になっていたというか……美しかったですけどねー」
「ほう……分かるのか?」
「別に分かると言うほど大層なものじゃないですよー。ただ、何となく綺麗だなーって思っただけですー」
……いや、結構凄い事なのだが……。もしかしてフリルには剣の才能があるんじゃないか……? だとしたら面白いことになるぞ。
フリルには闘気と魔術の両方が扱える。俺が知り得る限りでは、闘気と魔術の両方を使って戦う人間は見たことがない。
というか、闘気を使う……つまり、門を開いている人間は凄く少ない。前世では三人しか出会ったことがなかった。
まあ、そのうちの一人は俺が剣に狂った原因の剣士であり、残りの二人は良く分からない変人だったのだが……。変人の二人は偶然に門を開いた人間であり、闘気という存在すら知っていなかった。
だから、闘気と魔術を併用できる人間はフリルだけである。あくまでも可能性ではあるが、仮に実現したら愉快だ。
「くっくっくっ……」
「クレイズ様ー、また悪い笑みが零れてますよー」
「おっと、危ない危ない」
「もう遅いですけどねー」
こうなったら当事者のフリルを交えて父に相談してみるか。何だかもう俺が異常なことに気づいている気がする。母は……おかしな子供だとは思われているが、転生者ということは知らないだろう。
母には知られたくないが、父には知られても……まあ別にいいか。なんだかんだ言って受け止めてくれる気がするのだ。
「フリル」
「はい」
「剣の鍛錬をしてみないか?」
「はい?」
俺の言葉にフリルは首を傾げた。
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