第7話 父の独白

 僕はディミトリオン。レイノスティア侯爵家の現当主だ。平和で活気のある領地と、愛する家族がいて幸せ者である。


 ただ……最近、少し気になっていることがある。それは次男のクレイズのことについてだ。あ、長男のローウェンもクレイズの事が好き過ぎる気がするけど……まあそれは置いておこう。


 で、クレイズの何が気になるかというと、二つある。一つは異常な知性について、もう一つは剣や闘気への執着だ。


 初めて違和感を覚えたのは産まれてすぐだった。まだ赤ん坊だったクレイズの瞳を見た時、何とも言えない感覚に襲われた。


 瞳に知性があったというか……自我があったというか……言い表すのは難しいが、ローウェンとは全く違ったのは覚えている。


 そこからどんどん違和感は確信に変わっていった。一歳、二歳、三歳……姿こそ年齢相応だが、思考をして行動しているように見えたのだ。


 ただ、だからと言って何かあるわけでもなく、順調に成長していった。


 問題が起こったのは五歳になってから。クレイズが魔力回路欠乏症という症例が殆どない病気……いや、障害だったことが判明した時のことだ。


 申し訳ない気持ちや可哀そうな気持ちを抱えながら、僕はクレイズに魔術が使えないことを伝えた。


 まだ五歳なので理解できないのか、それとも悲しむのか。いくら賢いクレイズと言えども落ち込むのではないかと僕は思った。


 おそらく妻のリュセリアは僕より悲しんで落ち込んでいただろう。彼女は優しくて愛情あふれる女性だ。家族の事を第一に考えている。


 だからクレイズを抱きしめて安心させようとしたのだけれど……当のクレイズは全く落ち込んでいなかった。そして、次の言葉で僕は驚いた。


 『魔術より剣を使いたい』


 理解不能であり得ない言葉だ。まだ五歳なので子供の夢見事だ、と考える……ことは僕には到底できなかった。


 なぜなら目が言っていたのだ。夢見事でも嘘でも冗談でもない。至極真面目な言葉だと。


 僕は確信して思い出した。クレイズは生まれた時からこのような知性のある目をしていたことを。


 クレイズは本気で言っているのだ。


 世界中で共通する力である魔術ではなく、下に見られて泥にまみれる剣の方が好きであり使いたいのだと。


 年齢がどうであれ、普通の人間は積極的に剣を使うことは無い。剣……剣士というのは、戦う身でありながらも魔術の才能があまりない人間が行きつく場所なのだ。


 リュセリアは反対した。当たり前だ。僕は剣士だからと下に見ることはしないが、危険な身に晒されるのは事実だ。僕はクレイズに危険な場に行かせたくなかった。


 しかし、クレイズの言う剣士は違うらしい。


 盾を持たず鎧を纏わず、一振りの剣だけで挑み戦う。これがクレイズが言う剣士の姿なのだ。


 非常識で非現実。特に魔術の一切を扱えないクレイズにとって、一振りの剣だけで戦うのは自殺行為でしかない。


 だが……何故か納得してしまう自分がいる。何故か期待してしまう自分がいる。


 理由を探していたら、反対していたリュセリアにクレイズは言い放った。


 『アルカナ・エクリプス神秘と奇跡にて行われる魔闘技で優勝したら、自分の道を認めてくれ』と。


 もう僕は決めた。ある種の確信を持って決断した。もうクレイズの好きにやらせてみよう。行けるところまで走らせてみよう。


 そうだったのだ。


 初めて僕がクレイズの目を見た時に感じた知性は勘違いではなかった。本人は隠しているのか隠していないのか分からないが、僕には分かる。


 クレイズはまだ五歳なのにも拘わらず、確固たる自我を持った人間なのだ。しかも、自分が進みたい道が既に決まっている。


 これは不可解であり奇妙なことであり……嬉しいことだった。クレイズの身に何が起きているのかは分からない。だが、僕はわざわざ追及することは絶対にしない。


 何が何であれ、クレイズには道がある。


 荊の道なのか険しい道なのかすら分からない。道はまだなく、クレイズが道を作っていくのかもしれない。僕はその姿を見守るだけで十分だった。


 と、思っていた矢先、クレイズが相談してきた。


 どうやらクレイズが門を開いて闘気を習得した際、専属侍女のフリルが闘気を目にしたのだと。もしかしたらフリルの門が少し開いているかもしれないと。


 想像を超え過ぎじゃない? と僕は思った。


 そもそも何でクレイズが存在を知っている人がほぼいない闘気を知っているのかという疑問がある。更にたった一日で門を開くなんて何をしたのかという疑問もある。


 でも僕は何とか平静を装った。何でかだって? そんなのクレイズに情けないところを見せたくないからに決まっているだろう。息子の前では良い格好をしたいのだ。


 で、色々話を聞いてみたが、フリルは門が開きかかっているという結論に至った。


 どうするか本人に聞いてみたのだが……フリルは即断で門を開くことに決めた。


 あまりにも早い決断に僕もクレイズも呆けてしまった。初めて僕とクレイズの想いが一致した瞬間だったのではないだろうか。


 それからフリルの門を開いて、基本的な扱い方を教えた。クレイズが。何で僕より理解しているのかは知らない。聞いてもはぐらかされるだろう。


 最近はフリルと共に鍛錬をしているらしい。鍛錬のし過ぎを心配したのだが、どうやら僕の杞憂だったみたいだ。報告によれば、過度な鍛錬は控えているらとのこと。


「失礼します。報告に参りましたー」


 おっと、もうこんな時間か。


「入りなさい」


「失礼しますー」


 この少しのんびりとした口調は間違いなく彼女だ。いつもの報告に来てくれたのだろう。


「今日のクレイズはどうだったかな? フリル」


「今日も剣を振っていました。それで……私にも剣び鍛錬をしてみないかと言われたんですよねー」


「へぇ……で、やるのかい?」


 クレイズがフリルに言ったのか。ということは……フリルには才能があるということなのかな?


「いいんですかー?」


「僕は構わないよ。フリルの好きにしたらいいさ」


「じゃあ剣の鍛錬をしてみたいと思いますー」


「うん。お前の剣を用意しておこう」


「ありがとうございますー」


 少々、侍女にしては言葉遣いが悪い気がするがまあいいさ。彼女はしっかりとした場では間違いを犯さない。


 ただ……偶にクレイズのことを変な目で見ている気がする。


 まあ、何も起きていないし……別にいっか。

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