第19話 揺れる目、二年後への布石
「母様、兄様。ちょっとお誘いを受けたので席を外します」
「「え?」」
二人の返答を聞かずに、俺は天才令嬢がいる便所へ行く出口に向かった。
道中、周囲の貴族が俺に目を向けるが、無視してさっさと足を動かす。
というか、何にも興味が無さそうな目をしていたはずなのに俺を呼びつけるなんて、どんな風の吹き回しだろうか。
考えられるのは……魔術を使えない俺が背丈の何倍もの高さの窓から飛び出したことについて興味を持ったこと……ぐらいだ。
まあ流石に出会い頭で魔術をぶっ放されることは無いだろう。
「よお、さっきぶりだな。で、俺に何の用があるんだ?」
折角の丁寧な口調を不愉快と言われたので、取り繕っていない口調で声を掛ける。
「私について来なさい」
天才令嬢は歩いて行ってしまった。
まあここまで来たんだし付いて行くが……一体全体、俺に何の用があるんだ?
首を傾げながら俺は天才令嬢に付いて行く。
にしても……相変わらず眩しい金髪だな。
おまけに窮屈そうなドレス。
あの豚が醜い自慢をするために色々と着飾られたのだろう。
「おい、どこまで行くんだ?」
角を曲がって便所を通り過ぎ、その先へ進む。
一向に止まる気配がない。
しばらくすると中庭のような場所に出た。
様々な花が花壇に植えられており、月明かりに照らされて綺麗だ。
そこでようやく天才令嬢は止まり、俺の方に振り返った。
「で、何なんだ?」
天才令嬢の黄金の目を見る。
空っぽなのは同じだが、今は少しだけ興味の光が灯っていた。
「……あなたが戦っているのを見たわ」
「何の話だ?」
「誤魔化しても無駄よ。あなた、黒衣の魔術師と戦っていたでしょう。魔術も使えないのに、剣だけで」
動きの事はまだしも、剣を使っているのを知っているのか。
なら戦っているのを見たというのは本当だな。
「まあ認めよう。俺は第二王女を連れ去った魔術師と戦った。でも何であんたがその事を知っているんだ?」
「ただ外に出て遠視という魔術で見てただけよ」
「ああ、なるほどな。それは気づかないわけだ」
常に俺は闘気の波を周囲に流しているが、効果範囲というものがある。
その範囲を外れていたら知覚できない。
偶然にも天才令嬢はその範囲を外れていて、遠視という魔術で見ていたのだろう。
運が良いことだ。
「結局何の用なんだ?」
この一言に集約される。
個人的には先に目的や結論を言って欲しいが……天才令嬢とはいえ、そこまで求めるのは酷か?
この性格と態度だと、友人なんて一人もいなさそうだし。
家族関係なんてもってのほかだろう。
だから他人との会話が下手くそな気がする。
「別に……気になっただけだわ」
「お、おう……」
まさかのそれだけらしい。
ただ気になったから、こんな場所まで何も言わずに連れてきたのだと。
何というか……凄く接し辛いな。
自分の意見を言わなければ態度にも出さない。
ゆえに俺も天才令嬢の考えが読めない。
このまま切り上げて帰っても良いが……せっかく天才令嬢と関わることが出来たので、色々と探ってみるか。
「もう戻ってもいいか?」
「……」
「まだ駄目か?」
「……」
「そうか」
口にも行動にも表していないが、目で俺に「まだ戻るな」と訴えかけてきた。
といっても天才令嬢が俺に何か尋ねたりすることは無い。
無言の時間が続く。
天才令嬢は居心地が悪そうにしている。
だが俺が世話を焼いてやることはしない。
俺が興味があるのは自主性のない天才令嬢ではなく、根底にある願望や思いだ。
なので能動的に行動するのを俺はいくらでも待つつもりだった。
風の音と遠くから聞こえる生誕祭の音。
羽虫が俺の上を通り過ぎた時、天才令嬢は口をゆっくり開いた。
「何であなたは魔術を使えないのにあんな動きが出来るのかしら」
一歩踏み出したな。いいことだ。
さて、ここから始めよう。
「それは俺が闘気を習得してるからだ」
「闘気……?」
「ああ。あんたが知らなくても別におかしくないぞ。なんせ元はどっかの島国で発達した技術らしいからな。実際、存在は知っていても、習得している人は片手で数えられる程度しかいないはずだ」
いくら天才令嬢とはいえ、情報が殆どない闘気を知らなくても何らおかしくない。
俺は前世で偶然知り、父は当主だから記録が残っていたのを見れたのだろう。
「……何で……何であなたは魔術を使えないのに自信があるの。今日だって見下されていたのに……何で平気そうな顔をしているのよ」
だんだんと感情を出してきたな。
いい傾向だ。
取り繕ったり理性で抑えるのも人の一部だが、本質は感情や欲望に宿る。
俺は言い訳したり逃げたりする奴は嫌いだ。
願いがあるなら、何かを思うなら、湧き出る欲望があるなら、自分だけは目を背けてはいけない。
前世では現実という理性で欲望を抑え込んだ。
で、結局は死に際に思い出して後悔した。
だから俺は今世では欲望に忠実に生きると決めたのだ。
つまり何が言いたいかというと、俺はこの天才令嬢の眠っている欲望を知りたいということである。
「逆に聞きたいが、なぜ人の目を気にするんだ?」
「……」
「自分は自分、他人は他人。仮に家族であっても己という人間をどうこうする権利なんてないぞ?」
「いや……でも……」
まだ八歳の子供には理解できない話か?
いや、最後まで俺の主張は言っておくか。
「俺はな、あんたが何でそんなに大人しいのか不思議なんだよ。天才と呼ばれるほど魔術の才能があるのに、何故あんたはこんなに縮こまってるんだ」
天才令嬢の目が揺れる。
もう少しで抑え込んでいた蓋が外れそうだが……まだ今ではない。
「何で俺が自身があるかと聞いたな。今は教えない」
「え……」
「二年後に開催される
揺れろ、興味を持て。
感情を隠すな。
「仮にお前が俺を倒して優勝したら教えてやるよ。それまでは精々、自分で考えるんだな」
俺は呆けている天才令嬢に背を向けた。
「俺は待ってるぞ……天才令嬢」
これ以上言うことは無い。
十分に種は撒いた。
後は天才令嬢次第だが……まあ大丈夫だろう。
なにせ、殻を破ってわざわざ俺を誘ってくるような人間なんだからな。
奴は絶対に出場する。
二年後が楽しみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます