第18話 天才令嬢のお誘い

 黒衣の魔術師は地面に崩れ落ちた。


 前世では野盗やら山賊やら人を殺すことは多々あったが、今世では初めてだ。


 気分が悪くなることもない。


 いつも通りの状態である。


 これは別に俺が異常な奴な訳ではなく、ただ単に前世で慣れただけだ。


 その証拠に前世で人を初めて殺した時はみっともなく吐いた。


 何においても人間は慣れるのだ。


「さて……」


 魔術師は殺し、第二王女は取り返した。


 今世で初めて魔術師と殺し合いが出来て楽しかったが……少しはしゃぎ過ぎたな。


 確か後から父が来るとフリルが言っていたので、早々に諸々を引き継ぎたい。


 戦闘は楽しいけれど後処理は面倒なのだ。


 特に第二王女の扱いに困る。


 国王の不興を買って打ち首になるのは勘弁だ。


 と、考えていたら念のために広げていた闘気の波に人の反応がした。


 俺の全速力ぐらいの速度で迫ってきている。


 まあ十中八九、父だろう。


 月明かりに照らされた男がフワリと俺がいる屋根に飛び乗った。


「――クレイズ。クララ殿下は……」


「生きてます。多分、その魔術師に魔術で眠らされたんでしょう」


 黒衣の魔術師から取り返した時、心臓の鼓動を腕に感じた。


 今も胸が動いている。


 眠っているのか昏睡しているのかというのは分からないが、とりあえず生きていることは確実だ。


「ならよかった」


 父は横たわっている第二王女に近づき、様子を確認し始める。


「呼吸……脈拍……体温……問題なし。おそらく使われたのは生体干渉魔術の眠煙……うん、大丈夫だね。睡眠の状態と同じだ」


 生体干渉魔術……名前の通り人間の体に干渉する魔術だ。


 体の傷を治す『治癒』。

 自然治癒能力だけ高める『治癒促進』。

 体を強化する『身体強化』。

 視力を強化する『遠視』。

 聴力を強化する『拡聴』。


 この何倍もの魔術が存在している。


 第二王女に掛けられた『眠煙』という魔術も生体干渉魔術の一つだった。


「父様、これからの流れはどうなりますか?」


「うーん、そうだねー……」


 父は考えながら、俺が殺した黒衣の魔術師にチラリと目を向ける。


「クレイズは何を望んでる?」


「……出来るだけ面倒ごとは避けたいです」


「なるほど。じゃあ……クレイズは闘気が使えるので第二王女を連れ去った魔術師を追跡。それで僕がクレイズを追いかけて、姿を現した魔術師を殺した。この筋書きはどう? クレイズの手柄を奪っちゃうことになるけど、面倒ごとは避けられるよ」


 俺があり得ない動きで飛び出したので、闘気が使えるのは知れ渡る。


 これはどうしようもない。


 だが、黒衣の魔術師を殺したという事実を知っているのは父だけだ。


 仮に俺が黒衣の魔術師を殺して第二王女を奪還した、という事実が広まると極めて面倒になる。


 魔術が使えない奴。


 これが俺に対する印象だ。


 実際にどうなるかは分からないが、面倒になるのは確実だった。


「ではそれでお願いします」


「いいのかい? クレイズの功績は結構なものだけど」


「はい。俺は別に功績とかどうでもいいので」


「ふふっ、クレイズらしいね。じゃあ希望通りにするよ」


 父は魔術師の死体を炎で燃やす。


 これは俺が殺した痕跡を残さないようにするためだろう。


「さて、戻ろうか」


「はい。


 父はまだ目覚めていない第二王女を抱える。


 俺は闘気を纏って屋根の上を駆け、父は風の力を用いて軽やかに駆けた。


 これで騒動は終わり……いや、そういえば会場の方はどうなっているのだろうか。


 まあ見た感じ護衛の魔術師の方が強かったし、魔術が十全に使える貴族が沢山いたので、もう事が終わっている可能性が高い。


 また、もうすぐ会場に着こうとしているが戦闘音は聞こえない。


 これは終わっているだろうと思いながら、父に続いて割れた窓から飛び込んだ。


「ひっ……」


 着地した近くの令嬢が悲鳴を上げそうになったが、黒衣の魔術師ではないと気づいて抑えた。


 周囲はすでに片付いたようで、全ての黒衣の魔術師が地面に伏せている。


 怪我している者はいなさそうだ。


 王族も無事、母と兄も無事。


「第二王女、クララ殿下を奪還いたしました」


 浴びている視線を気にする素振りもなく、父は第二王女を抱えたまま国王の膝元まで歩いていく。


「現在、連れ去った魔術師によって眠らされていますが、問題はございません。使用された魔術は、おそらく『眠煙』です」


 父に注目が集まっている隙に、俺はこっそりと母と兄の元に戻る。


 国王や護衛の魔術師などがいろいろしているが、後のことは父に任せればいい。


「クレイズ……っ! 怪我はしてないわよね……?」


「もちろんしてないですよ」


 母が屈んで俺の体をペタペタと触る。


 会場の隅の方に居るので他の貴族に注目されることは無い。


「クレイズ」


「何でしょうか兄様」


「やったのかい?」


「はい」


 「やった」というのは「殺った」という意味だ。


 不本意ながらこの八年間で兄の言いたいことは大体わかるようになってしまった。


「いやぁ……凄いなぁクレイズは。僕はクレイズみたいに動けなかったよ」


「偶々ですよ」


「いや、偶々じゃないさ。クレイズには度胸があって、僕にはまだ度胸がないだけだよ」


 まあ間違いではない。


 俺は前世があるので度胸がある。


 おまけに冒険者としてそれなりに活動してきたので、経験も豊富と言える。


 だから兄の度胸がないのではなく、ただ単に俺が異常なだけだ。


 実力的にいったら兄も勝てたと思う。


 訓練と実戦は色々と異なる部分があるとはいえ、実力一点だけを見たら兄にも黒衣の魔術師を殺すことは可能だった。


「まあ兄様はまだ十歳ですし」


「ははっ、八歳のクレイズには言われたくないよ」


「確かに……」


 そう思うと、八歳で第二王女を連れ去った魔術師を追いかけて殺すというのは、俺の想像以上におかしいのかもしれない。


 ……前世があるせいで普通の八歳の基準が分からなくなってきたな。


 前世で八歳の頃は何してたんだっけか?


 あまり覚えていないが、おそらくは親父に殴られないように言うことを聞いていたはず。


 今考えればクズだったな。


 と、色々考えたところで俺は天才令嬢のことを思い出した。


 あの豚の近くにいると思ったのだが……なんと便所の方から歩いている。


 また便所に行っていたのだろうかと思っているたら、天才令嬢と目が合った。


 相変わらず空っぽな目。

 

 ……の中に僅かな興味の光が見えた。


 天才令嬢の口が動く。




「あなたに用があるから来なさい」


「……っ!?」


 思わず俺は目を見開いた。


 なぜなら、天才令嬢とはかなりの距離があるはずなのに、口の動きと同調した声が聞こえたからだ。


 おそらくだが……天才令嬢は俺の鼓膜を揺らして自分の声を届けている。


 高難易度の魔術にもほどがあるぞ。


 これは噂以上かもしれない。


 で、「あなたに用があるから来なさい」か……。


 一体全体、俺は何を言われるんだろうか。

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