第17話 魔術師との戦闘

 煌びやかで華やかだった会場は一転、混乱と混沌に様変わりした。


 黒衣を纏った人間が十人以上……おそらくは全員が魔術師である。


 それも一定以上の実力を持った魔術師だ。


 奴らが侵入してきた窓は、地面から高く離れている。ゆえに、魔術で体を浮かさないと侵入することは不可能だった。


 颯爽と動いた王族の護衛の魔術師が魔術を放つ。しかし黒衣の魔術師たちは難なく躱していった。


 俺の周囲では令息令嬢たちが動揺している。


 不安そうに涙を浮かべている者までいる。


 まあ仕方がない。


 これは訓練でも何でもない、あきらかに殺意を持った刺客からの襲撃だからだ。


「う、うわぁぁ!」


 頭上で行われている魔術の攻防の余波が俺たちに降り注いで、令息令嬢の何人かは腰が抜けて地面にへたり込む。


 先ほど天才令嬢に吹き飛ばされた四人の令息も、目の前の光景を見て顔を引き攣らせていた。


 平気そうにしているのは大人の貴族と俺……そして隣の天才令嬢だ。


 大人たちは分かるが……天才令嬢も経験があるのだろうか。


 因みに俺は前世で何度も死線を潜ったし、なんなら一度死んでいるので動揺することは無い。


 逆に、目の前で繰り広げられている激しい戦いに興奮していた。


 ああ、そうだ。両親や兄は大丈夫だろうか。


 俺は目線を動かして探して……見つけた。


 何も問題はなさそうだ。


 仮に攻撃が逸れて家族の方へ向かったとしても、父や母が防いでくれるだろう。


 兄も年齢以上の魔術を使えるが、両親はあたりまえにそれ以上である。


 何度か手合わせをしたことがあるので俺はよく理解していた。


 もちろん結果は惨敗だった。



 ……もどかしいな。非常にもどかしい。


 目の前の戦いに参加したい。


 剣を握って存分に暴れまわりたい。


 根底にある欲望が顔を出してくる。


 が、残念なことに剣を持っていないし、割ってい入って戦況を崩したら良くないだろう。という上辺だけの理性で抑えた。


 貴族も無事、王族も無事、被害は建物ぐらいだ。


 黒衣の魔術師たちは何をしたかったのだろうか。


 暗殺? 杜撰すぎる。


 暴動? どう考えても違う。


 ならば……っ。


「陽動か……!」


 瞬間。


「キャァア……ッ」


「――クララ!」


 地面に倒れている第二王妃が手を伸ばしている。


 その先には黒衣の魔術師に抱えられた第二王女の姿があった。


「た、助け……」


 護衛は他の黒衣の魔術師との戦闘で手一杯。


 代わりに貴族や国王自らが取り返そうとするが……第二王女を抱えた黒衣の魔術師は霧のように姿を消した。


 逃げる気だ。


 誰もがそう思って割れた窓に目を向ける。


 あの窓しか逃げ場がないので、いくつもの魔術を集中砲火させれば仕留められる可能性は高い。


 だが誰もしなかった。


 なぜなら第二王女が抱えられているからだ。


 第二王女に危害を加えるわけにはいかない。


 全員の頭にあるのはこのような考えだろう。


「ははっ……」


 俺は闘気を体に巡らせて地面を蹴った。


 なにをするのかって?


 当然……第二王女を連れ去った黒衣の魔術師を追いかけるに決まっている。


 姿を消したといっても、人間の体にある生命力は消せていない。


 精々、姿と魔力ぐらいだろう。


 ならば闘気が使える俺にとって、姿を現していると同義だった。


 闘気は生命力を変換させたもの。


 故に分かる。見える。感じる。


「父様。ちょっと行ってきます」


「うん」


 すれ違う一瞬で言葉を交わす。


 流石は父だ。瞬時に理解して許可を出した。


 地面を蹴って割られた窓から外に飛び出す。


 重力に従って落下し、着地と同時に転がって衝撃を分散。その勢いのまま起きて再び駆け出した。


 武器があるならばこのまま追うのだが、あいにく会場でくすねた食事用のナイフしか持っていない。


 なので俺の剣がある馬車まで取りに行かなければいけなかった。


 が、


「クレイズ様ー!」


「フリル?」


 建物を足場にして軽業のように駆けている俺の下にフリルがいた。


「ディミトリオン様が後から行くとのことですー!」


 そう言ってフリルは何かをぶん投げた。


「っと……ハッ、やるなフリル!」


「私はクレイズ様の侍女ですからー。気を付けてくださいねー」


 フリルの声を受けながら俺は更に速度を上げる。


「ハハッ、いいぞいいぞ……!」


 フリルがぶん投げてきた剣を握りながら気分を高めていく。


 黒衣の魔術師との距離はどんどん縮まっている。


 姿を消しているつもりだが、俺には丸見えだ。


 逆に俺は魔力を持たないので、奴の魔術によって見つかることはない。


 ……見えた。


 長時間発動できないのか、姿を消す魔術を解いている。


 第二王女は……抱えられているな。魔術で眠らされているのか動いていない。


 さて、どうするか。


 まずは戦闘を始める前に第二王女を取り返す必要がある。


 なぜなら、人質にされたら俺も動けないからだ。


 となると……不意打ちでもするか。


 幸いにも体が小さいので足音は小さい。


 おまけに前世の経験と日々の鍛錬によって無音の歩行は可能だ。


 音なく速度を上げて、くすねてきた食事用のナイフを投げた。


 食事用のナイフなので殺傷能力はほぼない。


 が、闘気を纏わせているので、人間の体ぐらいならば容易に突き刺さる。


「グ……ッ」


 しっかりと突き刺さった。


 俺もナイフも魔力を持っていないので、気づくことが出来なかったのだろう。


 黒衣の魔術師はどこから攻撃されたのかと、走りながら周囲を見渡すが――


「上だ」


 壁の側面を走って頭上から剣を振り下ろした。


「クッ……」


 ギィィンッと音がして剣が止められる。


 なるほど、障壁で防いだのか。


「まあ……一つ目は完了したが」


 俺は両手で抱えた第二王女を屋根に寝かせる。


 そう、俺の剣による攻撃は囮だ。


 本命は第二王女の奪還。


 攻撃した時に第二王女を抱えていた腕が緩んだので、その隙に服を引っ張って取り返したのだ。


 少し手荒だが許してほしい。


 という言い訳はおいといて、これで奴と存分に戦える。


「兄や両親とは戦ったことはあるけどなァ……殺し合いはまだないんだよ。しかも殺しても文句は言われない……最高だなァッ!」


 屋根を踏み抜いて黒衣の魔術師に接近。


 躊躇なく袈裟に剣を振った。


 先ほどと同様に障壁で防がれる。


「このッ……何だお前は……ッ!」


 突き、横薙ぎ……腕や首を狙う。


 が、ことごとく障壁で防がれる。


 まあ闘気を纏わせていない剣ではこんなもんか。


 あ、そうだ。


「俺が何かって?」


 黒衣の魔術師を踏み台にして俺は壁に張り付く。


 掴んでいた壁の縁を離し、壁を思い切り蹴った。


「ただの剣狂いだッ!」


「クソがッ……!」


 壁を蹴った勢いを剣先一点に集める。


 いわゆる突きだ。


 もちろん黒衣の魔術師は障壁を展開するが……。


「まずいっ」


 俺の突きは障壁を割った。


「まずは一つ貰うぜ」


 流れるように剣を動かして俺は剣を一閃。


 黒衣の魔術師の左腕を刎ねた。


「グゥゥッ……」


 血飛沫が舞って黒衣の魔術師は苦悶の声を零す。


 だが、まだ戦意はある。


 意外に根性があるようだ。


「殺す……お前は殺す……絶対に殺す……」


「いいぞいいぞォ……是非とも殺しに来てくれ。じゃないと面白くないからなァ!」


 再び始まる攻防。


 先と違って距離が離れているので、黒衣の魔術師は魔術を放ってきた。


「風か」


 風切り音が小さく響く。


 おそらくは風の斬撃。


 視認性が殆どないので、暗殺や奇襲といった殺しに特化しているが……。


「甘いなァ」


 左右に素早く剣を振った。


 ギィンと音が鳴って風の斬撃が消える。


「もっと工夫しろよォ……つまらねぇだろうがッ!」


 風の斬撃……圧縮された空気の爆発……やっと魔術師の本領を発揮したか。


 しかもかなり実力は高い。


 ……これだよこれ。これを俺は求めていたんだ。


 風の斬撃を躱し、剣で打ち消し、空気の爆発を避け、段々と近づく。


 少しでも油断したら死ぬという緊張感。


 剣一本で戦っているという歓喜。


 その事実が俺を楽しませる。


「ありがとなァ」


 懐、一閃。


 横腹から肩を切り裂いた。

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