第20話 天才令嬢の独白
私はアルセリア・オリオンドール。
オリオンドール侯爵家の三女である。
どうやら私は天才と呼ばれる人間らしい。
確かに二歳ぐらいから物心がついていたし、色々な才能に恵まれているのは理解していた。
だが、良いことだけではない。
顔も知らない人が口々に私を天才だと称賛し、よく知らない兄や姉に嫉妬と敵意の目を向けられる。
父は豚のような顔を更に醜悪に染めながら、私を利用して自分の利益になるように画策している。
私の周りは敵だらけで全てが幼稚な上に醜い。
唯一の味方だった母は私が四歳の頃に亡くなってしまった。
そもそも私の母は貴族出身ではない。
平民だったのだが、父に見初められて召し上げられ、第二夫人という名の愛人にさせられたのだ。
だから父の第一夫人には憎まれ、兄と姉には見下され、貴族の間では淫乱女の娘と言われている。
母が生きていた時は必死に私を守ってくれていたが、今は完全に自由がない。
私はオリオンドール侯爵家、ひいては父の利益になるように使われる存在に過ぎなかった。
何も分からない凡人だったらよかったのにと思うことがある。
しかし才能があるからこそマシな生活を送れているとも思うのだ。
このようなことを無駄に発達した頭で考えていた六歳の頃、私の耳に一つの噂話が届いた。
レイノスティア侯爵家の次男は魔術が一切使えないらしい、という内容だ。
私は初めて聞いた時は嘘だと思ったが、どうやら本当らしい。
率直に可哀想だと私は思った。
平民であれば魔術が一切使えなくてもそこまで問題はない。
少し馬鹿にされるくらいだ。
だが、貴族であり、更には侯爵家の次男で魔術が使えないというのは、致命的にもほどがあった。
貴族における魔術の重要性は理解している。
実際、私は魔術の才能に溢れていたからこの生活を送れているのだ。
仮に私が魔術の才能が無い凡人、あるいは
だから私は他人事ながら不憫に思った。
そこから二年が経過し、私は国王の生誕祭に連れていかれることになった。
もちろん父が私を周囲に見せびらかすためだ。
私の自由意志など存在しない。
窮屈なドレスを着せられ、面倒な化粧もさせられ、愛想という仮面を被った。
会場に着くと様々な話が耳に入ってくる。
野盗や魔物による被害……商売の提案……縁談の話……、時に和やかに時に腹を探り合って、正に貴族の世界だった。
そして父の自慢に連れ回されながらただ時間が過ぎるのを待っていると、周囲の貴族たちが同じ方向を見た。
私も釣られて目を向ける。
すると、入り口からレイノスティア侯爵家が勢揃いで入ってくるのが見えた。
私が知っている限りでは、レイノスティア侯爵家は四人。
当主、夫人、長男、次男。
その全員が会場に入って来たのだ。
周囲の貴族は小声で話している。
もちろんレイノスティア侯爵家の次男についてだ。
普通、魔術を一切使えないならば、一家の恥ともなるし本人も自覚しているはずなので、このような公な場に顔を見せることはない。
だが現実は何食わぬ顔で参加している。
銀髪に切れ長の目。一般的には十分に美少年と言えるのだろう。
ただ、私は顔の造形より、その立ち振る舞いに疑問を抱いた。
魔術を一切使えないはずである。
これは間違いない事実だ。
にも拘らず件の次男……令息は臆している様子はない。
あくまでも自然体……どころか自信に満ち溢れているように見える。
魔術が使えないのに。
周囲から侮蔑と嘲笑の目を向けられているのに。
居心地が悪そうにしたり、堪えているような素振りが全くない。
私には理解が出来なかった。
しばらく時間が経ち、私とレイノスティア侯爵家が挨拶することになった。
父の醜い声を耳から排除して、こっそりと件の令息の姿を見る。
凄く理知的で思慮深い……ように私は感じた。
また、私と同じような思考が出来る人物だとも思った。
間違っても噂されている無能令息ではない。
色々考えていると、王族が登場して簡単な挨拶があり、グラスを掲げた後、私は父に断ってお手洗いに行った。
そして会場に戻っている道中、よく知らない令息に絡まれた。
まあ絡まれた理由はただの嫉妬だ。
くだらない。
適当に聞き流してやり過ごそうと思った……のだが、「淫乱女の娘」と母の事を侮辱されて、私は反射的に吹き飛ばしてしまった。
別に私は何を言われても良い。
だが、母は駄目だ。
唯一、私の味方でいてくれた母を侮辱することは許せなかった。
と思った時、後ろの曲がり角から件の令息が姿を現して、私が吹き飛ばした四人の令息を見事な体捌きで躱した。
彼は吹き飛んだ四人の令息を気にする素振りもなく、私の方へ歩いてくる。
私は驚いて少し呆然としてしまった。
すると、彼が挨拶をしてきた。
先ほど令息を吹き飛ばしたのを見られたので、どのような態度を取ればいいのか分からず、私は無視して背負向ける。
興味があるのは事実。
しかし関わり方が分からない。
出来ればもう話しかけないで欲しいと思ったが、再び彼が話しかけてきた。
こんな無愛想で目つきの悪い私に話しかけるなんて、彼は物好きなのだろうか。
私はなけなしの勇気を出して、彼に返事をしようと思った。
が、私は失敗してしまった。
何なのだろうか「不愉快だわその口調」という返事は。
確かに彼のわざとらしい口調を不愉快に感じたのは事実である。
だがこの言い方はないだろうと自分で思った。
不愉快なのは私である。
とはいえ彼は不機嫌になることもなく口調を変えて私に話しかけてきた。
荒々しいと言えばいいのだろうか。
少なくとも貴族の口調ではない。
その口調に心の中で驚いていると、彼の言葉で再び私は驚いた。
なにせ「あんたに興味がある」と言われたのだ。
いくら天才と言われている私であっても、直接正面から興味があると言われたら驚いてしまう。
何なんだと思っていたのだが、どうやら彼は私の魔術に興味があるらしい。
なるほど。
確かに魔術を使えない彼からしたら、魔術の才能に恵まれている私に興味を持つのは分かる。
どうやって話そうか考えていると……悲鳴と共に窓ガラスが割れる音が響き渡った。
私は反射的に音のした方に目を向けると、黒衣装を纏った魔術師が割れた窓から会場に飛び込んでいるのが見えた。
全員が一定以上の魔術師だ。
息を吐く暇もなく護衛の魔術師との戦闘が始まった。
緊急事態である。
とはいえ、私はそこまで心配していなかった。
なぜなら護衛の魔術師の他に、基本的に優れた魔術師である貴族が沢山いるからだ。
更に時間が経過するにつれて援軍がやってくる。
腰を抜かしている他の令息令嬢を馬鹿だと思いながら、私はただ眼前の光景を眺めていた。
事態が変わったと私が気づいたのは、第二王女であるクララ殿下の悲鳴が上がった時だった。
虚空から姿を現した黒衣の魔術師が、一瞬の隙を見てクララ殿下を連れ去ったのだ。
誰もが取り返そうとした。
だが、姿を消したため追うことができない。
更にはクララ殿下に怪我させるわけにはいかないので、無闇矢鱈に魔術を放つわけにもいかない。
私も何もできなかった。
その時、私の隣にいた彼が駆け出した。
速い。
彼はとてつもない速度で会場を駆け、ありえない跳躍で窓から外へ飛び出した。
間違いない、彼はクララ殿下を連れ去った黒衣の魔術師を追いかけるつもりだと理解した私は、別の場所から外に出た。
そして魔術で建物の上に移動して『遠視』を発動した。
彼はすごい速度で姿を現した黒衣の魔術師に迫り、あっという間にクララ殿下を取り戻す。
そのまま戦闘が始まった。
彼が手にしているのは剣。
対して相手は魔術師。
どう考えても勝てるわけがないと私は思った。
だが、その予想を裏切って、彼はいとも簡単に魔術師を倒してしまった。
私はしばらく呆然していたのだと思う。
気づいた時には彼の姿はなく、私は急いでお手洗いの方から会場に戻った。
すると戦闘から戻ってきている彼と目が合う。
思わず私は彼に「あなたに用があるから来なさい」と言ってしまった。
何を言っているのかしら。
内心で私は自分を責めた。
しかし今更撤回するわけにはいかない。
私は頭を働かせながら、先ほど見つけた中庭のような場所に行って、口が動くままに彼に話した。
剣で戦っているところを見たこと。
我ながら何が目的なのか分からない話だ。
だから彼に「結局何の用なんだ」と尋ねられてしまった。
ここまで来て特に何の用もない、なんて言えるわけがない。
私は気まずさを感じながら、勇気を出して疑問を聞いていった。
—なぜあんな動きができたのか。
闘気というものらしい。
興味深い話だったが、今はどうでも良かった。
私が最も疑問だったのは、彼の態度である。
魔術が使えないのに、周りに見下されているのに、何故そんなに平気そうな顔をしているのか。何故そんなに自信があるのか。
私は感情を漏らしながら尋ねた。
すると、彼は逆に私に尋ねた。
どうして私が大人しいのか。天才と呼ばれているのに何で私が縮こまっているのか。私に尋ねてきた。
その目は極めて真剣だった。
……私は父が嫌いだ。憎んでると言ってもいい。
けど逆らうことなんて出来なかった。
彼の言う通り、大人しく縮こまっていることしか出来なかった。
黙っている私に彼は言う。
二年後に開催される
そして彼を私が倒して優勝したら、何で彼が自信を持っているか私に教えてくれる、と。
それだけ言って彼は去っていってしまった。
残された私は考える。
彼のこと、私のこと。
分からない。
何も分からない。
ただ、何とも言えない感情が渦巻いている。
こんなことは今までで初めてだ。
今でも父が怖い。
逆らえる気がしない。
だけど……私は二年後の魔闘技に参加しようと心に決めた。
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