第11話 一人で冒険者活動

 アルセリアと関わらなくなって二十日目。


 俺は早朝から冒険者組合に足を運んでいた。


 もちろん依頼を受けるためだ。


「相変わらず人が多いな……」


 数多くの冒険者で溢れかえっている冒険者組合は、前世を自然に思い出させる。


 よく俺も早朝から割の良い依頼を、他の冒険者と争奪していた。


 争奪が激しいのは、八級から六級辺りだろうか。


 この街の周辺はさほど危険ではないので、下が十級で上は精々六級までぐらいの依頼しかないだろう。


 正直、俺にとっては退屈だが、まだ十級冒険者なので適正だ。


 早めに八級……七級ぐらいまで上げて、もう少し危険度の高い街や迷宮に赴く予定だった。


「さて……」


 人混みをかき分けて依頼版の前に立つ。


 受けることが出来る依頼は、下限はなくて上限が自分の等級の一つ上までだ。


 つまりまだ十級の俺は九級の依頼までしか受けることが出来ない。


 十級の依頼の殆どが雑用と薬草採取……九級は雑用が少し、あとは薬草採取と魔物討伐だった。


 俺が狙っているのは魔物討伐。


 雑用や薬草採取なんてものはやってられない。


 あれは前世でお腹がいっぱいだ。


 俺は依頼版に張られている依頼をざっと見る。


 めぼしい依頼は少ないが……妥協するか。


 一歩踏み出して指先で依頼を剥がす。


「あっ……」


 その直後に横から伸びてきた手が止まった。


 おそらく誰かが俺と同じ依頼を受けようとしたのだろう。


 現に俺より少し年上の男がこっちを見てきた。


「すまんな。早い者勝ちだ」


「あ、ああ……」


 冒険者の界隈は無法ではないが、荒くれ者や面倒な奴が多い。


 だから舐められたらお終いである。


 やり過ぎと思うぐらいに強気でいた方が良いのだった。


 再び人混みをかき分けて、受付から伸びている列に並ぶ。


 治安の悪い街だと、割り込む奴やそれにキレる奴が沢山いるので建物の中は混沌としている。


 しかしこの街は学園を中心としているので、かなりお行儀がいい。


 少し物足りなさを感じる自分に呆れながら、俺は受付の職員に冒険者証と依頼を渡した。


「これで」


「十級で……九級の魔物討伐の依頼ですね。……確認いたしました。いってらっしゃいませ」


「どうも」


 受付の職員……受付嬢の定型文を背に受けながら、俺は冒険者組合を出る。


 組合の中は人が多くて空気が薄かったのか、外に出て息を吸ったら空気が新鮮な気がした。


 これも懐かしい感覚だ。


 前世ではこれに酒臭さが加わっていたんだからたまったものじゃない。


 防具を付けずに武器は剣だけ。


 気分が上がるのを覚えながら、俺は街の門から出て森へ向かった。


 森は街から目視できる距離にあるため、馬車を使う必要はなく、徒歩でも十分に行ける距離だ。


 ただ俺は時間が勿体なかったので、闘気を纏って走ることにした。


 


「うし、ついた」


 ものの少しの時間で森に着いた。


 躊躇することなく森の中に足を踏み入れる。


 街中のような騒々しさは皆無で、聞こえてくるのは風で揺れる草木の音。


 これぞ冒険者活動といったところだ。


 で、今回の依頼は魔物討伐。


 その魔物というのが懐かしのゴブリンである。


 数が多くて雑魚、しかしどこにでもいる魔物だ。


 今世で俺が初めて殺した魔物でもある。


 数は三体以上と書かれているので、よくある定期的な間引きの依頼だろう。


 ゴブリンは一定以上の数になると集落をつくり、爆発的な速度で数を増やす。


 こうなってしまったらかなり面倒臭いことになるのだ。


 だから定期的に間引く。


 どこの街の組合にもある依頼だった。


「集中するか……」


 頭を切り替えて俺は集中する。


 今回、闘気を使わないでゴブリンを殺す予定だった。


 闘気を常に使っていると、基礎的な体術や剣術が疎かになってしまう。


 故に今日含め、しばらくは素の身体能力で戦うことにした。


 いつでも抜剣できるように体を柔らかくし、五感を鋭くさせる。


 ゴブリン相手に過剰だと思うかもしれない。


 しかし油断や慢心は死に繋がるのだ。


 いくら俺が闘気を使えるとはいえ、首を切られたら死ぬし、心臓を刺されたら死ぬし、頭を貫かれたら死ぬ。


 なんなら傷が小さくても運が悪かったら出血多量で死ぬ。


 人間は脆い。


 その程度で死ぬ生き物なのだ。


 とはいえずっと極度に集中していると疲れる。


 だから一定の集中を長く保つことが大切だった。


「……いるな」


 僅かな足音と漂う臭い。


 風下だということもあって、想定より早く気付くことが出来た。


 おそらく向こうは俺に気づいていない。


 ただ依頼を遂行するだけなら奇襲が一番だが……鍛錬も兼ねている。


 いざとなったら闘気を使えばいいので、正面から行こう。


 俺はわざと足音を立ててゴブリン等の目の前に姿を現した。


「目視では四体。まあこんなもんか」


「「「「ギャギャッ」」」」


 四体のゴブリンは俺の姿を見るや否や、すぐに臨戦態勢をとる。


 やはり狡猾なだけあって、しっかりと俺を観察していた。


 が、その観察の精度は著しく低い。


 また、魔物としての本能の方が強いので賢くはないのだ。


 奴らが手に持っているのは棍棒……のような木の枝。


「ちょいと付き合ってくれ」


 俺の言葉を皮切りに、我慢できなくなった一体のゴブリンが襲いかかって来た。


 右は木の枝、左は無手。


 木の枝を持っている手は大振り。


「フッ――」


 軽く息を吐きながら剣を左下から右上に振り上げる。


 木の枝を持っていた腕を切断。


 これで首ががら空き。


 俺は間髪容れずに首を刎ね飛ばした。


「次」


 左前方に一歩移動して、振り向きながら円を描くようにして剣を振り下ろす。


 脳天から顎下まで刃が通って、そのゴブリンは絶命。


 血濡れた剣を引き抜くと同時に、迫りくるゴブリンの顎を蹴り上げる。


 空いた首を一閃。


 噴き出る血を横目に右足を踏み出し、半身になる流れで左脇腹から右鎖骨を切り裂いた。


 断末魔すら出さずにゴブリンは倒れる。


 これで終了――とは思わずに残心。


「…………終わりか」


 魔物の気配は感じられないので、この戦闘は終わりだろう。


「ふん、まだまだだが……割と良好だな」


 闘気を使わない場合の戦闘力は、闘気を使う時より七割は下がる。


 まだ課題点はあるし、未熟ではあるが、現状では及第点といったところか。


 少なくとも、闘気を使わなくてもオークは必ず殺すことが出来る。


 もちろん相手にする魔物が人型かそうでないかにもよるが……七級ぐらいまでならば殺せそうだ。


「げ、そうだ。ゴブリンの耳を切り取らねぇと……きったね」


 魔物討伐の依頼には討伐証明部位を提出する必要がある。


 今回のゴブリンの場合は右耳だ。


 しかしゴブリンは汚くて臭いので、ぶっちゃけ触りたくもない。


「アルセリアなら俺に押し付けそうだな…………ってなにを想像してんだ俺は」


 もう関係は絶ったはずである。


 まああいつが謝ってくるならば話は変わってくるが……可能性は低いだろう。


「そもそも剣一本で戦いたかったんだ。仲間なんていらんだろ……くさっ」


 四体全ての耳を切り取り、持ってきた袋に放り込む。


 そしてすぐに密閉。


 これでよし。


 次の耳をぶち込むまでは臭わずに済む。


「さてさてさてと。もっと鍛錬を積まないとなァ」


 闘気を使わずに戦うのは思ったより楽しい。


 なんというか……緊張感があるのだ。


 俺はアルセリアのことなどすっかり忘れて、次のゴブリンを探すのだった。

 


 

 




――――――――――――――


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