第23話 サイリ

撮影のあとも皆さんとわいわいお話をした。

わたしがカグヤの素敵なところを話そうとする。

カグヤは恥ずかしがって止めに来る。

それを皆さんが笑っている。

そんな感じの雑談。


「それじゃあ、そろそろ帰りますね」


時計を見るといい時間。

夕飯までに帰らなくちゃ。


「うん。今日はありがとね」


セーラさんやスタッフさんに挨拶をして、わたしとカグヤはスタジオを後にした。


「楽しかったね」


二人っきりになって、わたしはカグヤに話しかける。


「そうね。またやりたいわ。次はもっと良い暗号が作れるわ」

「今日のは駄目だったの?」

「ええ。全然駄目だったわ。制限時間がもっと長かったら完全に解かれていたもの。もっと良い暗号を作らないと」


何がそこまでカグヤを駆り立てているか分からないけど、カグヤは真剣だった。

そして真剣に考え事をしているカグヤの顔はかっこよかった。


「ねぇ、カグヤ」

「どうしたの、サイリ」

「ちゅーして良い?」

「なんでそうなるのよ」

「今回、わたしはカグヤのために頑張ったんだから、そのくらいのご褒美はあってもよくない?」


カグヤのためにけっこう真面目に頑張った。

手を抜いたって一向に構わないような企画だったけど、カグヤのためにすごく真剣に取り組んだ。


「何が一番大変だった?」

「円周率17桁を覚えることかな」

「そこなんだ?」

「無意味な数字の羅列を覚えるのはしんどいでしょ? 五十音表は規則がしっかりしているから覚えやすいけど」


本当にそれだけが大変だった。

他に大変だったことはそこまでない。

けっこう真面目に頑張ったとはいえ、苦ではなかった。

カグヤと一緒にあれこれ作戦を考えるのは楽しかった。


「まぁ、次があるかもしれないから、もう少し頑張ってもらうけどね」

「じゃあ、ちゅーしてもらえる?」

「……仕方ないわね」


カグヤはわたしの後頭部に手を伸ばす。

カグヤの方がわたしより背が低い。

カグヤがわたしを見上げる姿勢。

夕暮れの街中。

周囲に人は少ない。

わたしたちを見ている人は誰もいないだろう。

そんななか、わたしたちの瞳が相対する。

カグヤの瞳は期待に煌めいている。

なんだかんだカグヤだってキスはしたいらしい。

カグヤはわたしの髪を撫でる。

右手で頭を引きやすいような位置に指をはわせる。


わたしは右手でカグヤの余った左手を掴む。

指を絡めてぎゅっとする。

もうここにはわたしとカグヤしかいない。

カグヤしか見れない。

カグヤの音しか聞こえない。

カグヤの香りしかしない。

身体の全てがカグヤしか感じられない。


カグヤは背伸びをして顔を近付けると同時に、わたしの頭に添えた手にも力を入れる。

シャンプーの香りが押し寄せる。

唇を付けてきた。

ぴぴっと水音がする。

ケーキのクリームのようなふわふわ感。

味なんてないのに甘く感じる。

そんな桜色の唇をもっと堪能したかったのに、カグヤはすぐに離れてしまった。


「……もうちょっとしない?」

「また今度ね」


カグヤは自分の家の方に歩いて行った。

その日はそれで別れた。


三日後。

わたしはカグヤを自分の家に呼んだ。

セーラさんから連絡が来た。

わたしたちが出演したパスワード17の対戦が動画配信されたようだ。

わたしは動画編集には詳しくないけれど、動画編集って2日でできるのか?

めちゃくちゃ早い気がする。


「楽しみね」


わたしとカグヤはPCの前に並んで座る。

わたしはうきうきだったのだけれど、カグヤの表情は暗かった。


「…………見たくない」


カグヤはわたしの肩にもたれかかって、意気消沈していた。


「見たくないの?」

「あの後、家に帰ってからいろいろ考えたけど、絶対もっと良い暗号が作れた……あんな未熟なものを見るのは恥ずかしい……」


羞恥の置き所が独特だ。

あの暗号を見て、未熟だと思う人がいるかな?

まずいないと思う。

恥ずかしがるのであれば、カメラ映りとかうまく喋れたとかを気にしてほしい。


「ほら、始めるよ」

「ひぃいいい」


カグヤはホラー映画を見るかのような悲鳴をあげた。

珍しくカグヤが弱っている。

そういえば聞いたことがなかったけど、カグヤってホラーは苦手なんだろうか?

今度、一緒に映画でも行ってみるか。

それはともかく。

わたしは動画を再生した。


「今回はパスワード17という暗号バトルをしていきたいと思います!」


画面中のセーラさんが話し出す。

パスワード17のルールを説明してくれる。


「参加してくれるのはこの娘たち! まずはチーム『賢者の贈り物』」


紹介されたわたしたちが画面に映る。

軽く自己紹介した時の映像が流れる。


「このカグヤ、超可愛いじゃん!」


わたしは画面のカグヤを見て、カグヤ本人に報告する。

そんなカグヤは集中して画面を見ていない。

目を開けたり閉じたりしている。

身体はぷるぷると震えている。

面白かったのでカグヤの頭を撫でてあげた。


「この暗号はシーザー暗号と呼ばれる暗号ですね」


画面中のセーラさんが暗号の解説をしてくれる。


「暗号の解説はセーラさんがしてくれる形なのね」

「そうみたいね」


わたしたちの暗号作成や暗号解読の様子が映る。

わたしたちの表情はちらちらとしか映っていない。

メインはセーラさんが画面に出て、暗号の解説をしてくれる構成だった。


「あっ、こんな感じなら大丈夫かも」


カグヤは安心して画面を見る姿勢になった。

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