第11話 サイリ
謎解きイベントに行った翌日。
わたしはカグヤの家に行くことになった。
しょっちゅうどっちかの家に行ってはいるから、いつものことと言えばいつものこと。
普段はどっちの家に行くかは日によってまちまち。
でも今日は暗号の資料をいろいろ見たいからということでカグヤの家だった。
「今日も暑いわね」
炎天下の中、自転車で来た。
わたしの家からカグヤの家は自転車で30分くらい。
カグヤの家に着いたら、まず制汗スプレーを浴びた。
桜の香りを浴びる。
「暑い中お疲れ」
カグヤはそう言ってお茶を出してくれた。
冷えた麦茶。
身体の奥から熱が引いていく。
「やっぱり、もっと近いところに住みたいよね」
どうせ毎日のように会うのだから、離れているのは不便でしかない。
「そうね」
「高校に行ったら、近くに住めないかな?」
わたしは竹原一中の三年生。
カグヤは竹原二中の三年生。
お互い来年は高校生になるのだけれど。
「近くというか、サイリの家に住みたい」
「そうなの?」
「ええ。高校が近いから」
二人とも附属高校に行く予定。
わたしの家は附属高校から近い。
徒歩5分。
「じゃあ、一緒に住もうか! 同棲だね!」
「同居じゃないの?」
「事実上の結婚生活をするのが同棲で、日常生活の基盤とするのが同居だね」
一度辞書を引いて調べたことがあるから知っている。
「じゃあ、同居ね」
カグヤは澄ました顔で言った。
「同棲でも良いじゃない!」
わたしはカグヤと結婚する気満々なんだけど、カグヤはなかなか賛成してくれない。
カグヤだって内心、わたしのことが好きなことは分かっているんだけど。
まぁ、そんなことは置いておいて。
「じゃあ、暗号の勉強をしようか」
わたしとカグヤはテーブルに向かい合って座る。
テーブルの隅には参考書が数冊置かれていた。
「これ、使うの?」
「ええ。昨日のうちにいろいろ調べておいたわ。サイリにいろいろ話したくてね」
参考書のタイトルは『暗号解読』『暗号の基礎』『暗号の変遷』『世界の暗号』などなど。
なかなか厳めしい。
「おっ、お手柔らかに……」
今から始まるカグヤの仰々しい講義を想像すると恐ろしくなってきた。
「ではまず暗号の歴史から」
「そんなとこから!?」
てっきりいろんな暗号を説明してくれるものだと思っていたのだけれど!?
暗号バトルの対策をするのだと思っていたのだけど!?
「暗号の歴史は紀元前にまで遡るわ。紀元前19世紀ごろの古代エジプトの石碑に描かれているヒエログリフが有名ね」
「ヒエログリフっていう名前は聞いたことがあるわ」
聞いたことがあるだけで、どういうものかはよく分かっていないけれど。
「今からヒエログリフをやるわけじゃないから、細かいことは置いておくわね。大事なのは昔から使われていたこの暗号が換字式暗号というものなのよ」
「換字式?」
難しい話になってきたな。
「暗号には大きく二種類あるの。それが換字式暗号と転置式暗号よ。言い方は難しいけど、やることは単純。文字を置き換えるっていうだけの話」
「あの、カグヤが前に出したやつ?」
「そうそう。『暗号文:おたけかしものない 鍵:竹取物語』みたいなやつね」
これはすぐにとけた暗号。
『たけ』を取って『もの』を『たり』に換えると読める暗号。
正解は『おかしたりない』。
「これは文字を抜いたり換えたりするやつだね」
「そう。文字を抜くのも換字式暗号に分類されるわ」
「暗号ってだいたいこういうのだと思うけど、他のもあるの?」
文字を記号に置き換えたり数字に置き換えたりするのが、わたしの暗号のイメージ。
「もうひとつの転置式暗号は、謎解きイベントであったわね」
「謎解きイベントで?」
「ええ。こういうやつ」
カグヤはルーズリーフにささっと問題を書く。
問題文を正確に覚えていたようだ。
すごいな。
~~~~~~~~~~~
1文字抜いて並び替えよ
スイングルート
~~~~~~~~~~~
「ああ、これね」
『グ』を抜いて並び替えると『インストール』になる暗号。
「こういうのも暗号の一種よ」
「並びかえってことね」
「そうよ。暗号の種類の大枠はこの二種類。文字を置き換えるか並び替える。これの組み合わせで複雑な暗号を作っていくの」
言われてみればそう難しいことではなかった。
「試しに一問やってみようかしら」
カグヤは即興で暗号を書き上げる。
……なんで即興で作れるんだ?
フリースタイル暗号バトラーなのか?
普段から暗号を考えて生活しているのか?
『暗号文:みんきんせみくかっみい
解読文:みくとうみょりょきっみい → いっきょりょうとく』
わたしは問題文に目を通す。
けっこう難しいな。
「これ、換字式と転置式を使うの?」
「そうよ、両方の仕組みを使うわ。と言ってもそんなに難しくはないわよ。解読文があるわけだし」
確かにそんなに難しくはないのかな。
解読文があるのは有難い。
ここから考えていける手掛かりになる。
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