第45話 サイリ

わたしは暗号ババ抜きのルールを確認した。


「これってさ」

「うん」


ルールを考案したカグヤに訊く。


「暗号は関係なくない?」


ルールに暗号の文字は出てこない。

解読なんて作業は無い。

ただの変則的なババ抜きにしか見えない。


「ルール上、暗号は使っても使わなくても良いけど。暗号を使うゲームよ。口頭で」

「口頭で?」

「そう。口で喋って仲間に伝えるの」


そう言われてわたしは理解した。

このババ抜きでは、自分の出したカードを伏せて出す。

そのカードの数を仲間に当ててもらいたい。

しかし相手チームにはばれたくない。

そうか。

それを伝えるために暗号を使うのか。


「じゃあ、今からチームそれぞれに分かれて、作戦タイムにしましょう」


セーラさんが皆に呼びかける。


「制限時間はどのくらいですか?」


カグヤが手を挙げて訊く。


「30分にしましょう」

「了解です」


というわけで、わたしとカグヤは二人で小部屋に通された。

小部屋ではカメラが回っていた。

作戦タイムも撮影している。

わたしはカメラに向かって可愛く手を振ってアピールした。


「今日も頑張りま~す」

「サイリはすっかりカメラにも慣れているわね」

「まぁね。ほら、カグヤもカメラに向かって良い感じのキメ台詞を言わないと」

「キメ台詞なんて用意していないわよ」

「何でも良いから一言言っておきなよ」

「…………よろしくお願いします」


カグヤはカメラに向かってぺこりとお辞儀をした。

さて。

作戦会議である。

わたしとカグヤは向かい合って座る。


「つまり、自分の出したカードの数を相手にばれないように伝えるのね」

「そう。今から、どういう暗号を使うか考えるわよ」


麻雀の通しみたいなものだ。

わたしとカグヤだけに伝わるサインを考える。


「指で数を出す?」

「そのままやったらバレバレね」


カグヤは人差し指を立ててわたしに振って見せる。

例えば、カグヤが1のカードを伏せてだす。

そして周囲のプレイヤーはそのカードの数を当てる。

そのカードを誰が取るかを争う訳なんだけど。

わたしが1と宣言しても相手チームのセーラさんが1と宣言したら、セーラさんの方に取られてしまう。

同じ数を言った場合、相手チームが優先なのだ。


「狐の顔は1にするとか」


わたしは人差し指と小指を立てて右手を狐の顔にする。

一見、数字に見えないような手の形にすれば、相手にはばれない。


「それも考えたんだけど、ゲームが進行していくと途中で解読されるのよね」

「あ~、そうだね」


暗号ババ抜きは最初に手札がなくなった人の勝ち。

つまり1位を決めるまで続く。

最初の手札は5枚。

ゲーム終了まで5回以上は味方と暗号のやりとりが発生する。

同じ暗号を繰り返していたら、途中で解読される可能性は充分にある。

それまで解読されない暗号を使わないといけない。


「指の形も使うけど、それだけだと不安ね。暗号を何種類か用意しないと」

「もしかして、覚えるの大変?」

「時間がないから、そんなに大変なことはしないわよ」


作戦タイムは30分。

今5分経ったからあと25分。

その間にできることは多くない。


「そもそも文字を書くわけじゃないから、ヴィジュネル暗号みたいに複雑なことは出来ないわね」

「そうね。まぁ、でも指のサインは使おうと思うわ」

「おっ! 使うんだね?」

「ええ。こんな感じ」


カグヤはルーズリーフに書き出した。


  親指 → 1 or 6

人差し指 → 2 or 7

  中指 → 3 or 8

  薬指 → 4 or 9

  小指 → 5 or 10


※ 指を複数立てていた時には大きい方優先


「立てる指の本数じゃなくて、指の種類で数を決めるのね」

「そうよ。何本立てているかは関係無いわ。どの指を立てているかを気にしてね」

「指を複数立てるっていうのは?」

「例えば、こういうやつ」


カグヤは親指以外の4本の指を立てた。


「これだと、一番大きい小指を優先するってこと?」

「そういうこと。相手からしたら4に見えるけれど、実際には5になるわ」

「なるほど」


相手を騙すために出し方をいろいろ工夫できるのね。


「1~5と6~10の区別は、左右の手でするわ」

「左右?」

「カードを出すとき、左手だったら1~5。右手だったら6~10ね」

「なるほどね。了解」


ちょっと複雑になってきたけど、まだ覚えられる。


「これが1つ目の暗号よ」

「全部でいくつあるの?」

「安心して3つだけだから」

「3つもあるのね」


覚えられるか不安ではある。

カグヤのことだから、わたしが覚えやすいように工夫してくれているとは思うのだけど。


「2つ目は口で言うパターンよ」


カグヤはこれもルーズリーフに書き出す。


「おやおや」 → 1 or 6

「ひとびと」 → 2 or 7

「なかなか」 → 3 or 8

「くすり」  → 4 or 9

「ちっちゃい」→ 5 or 10


キーワードで伝えるタイプの暗号だった。

さっきの指とも一致していて覚えやすい。

1 or 6だったら親指と「おやおや」が対応している。


「会話のなかでこのキーワードを混ぜるね」

「そうよ。分かりやすいでしょ」

「うん。これならすぐに覚えられそう」


あとは本番で聞き逃さないようにすることと、言い間違えないようにすること。


「3つ目は、ちょっと複雑なんだけど」


カグヤが説明してくれる。


「…………そんなことできるの?」


わたしはカグヤの説明を聞いて驚いた。

それはカグヤのとびっきりの暗号だった。


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