第13話 サイリ

『暗号文:なくやわのもゆのとつさつもどがめあ

 解読文:ふいやわとこみのとるけかずびむずお → ふるいけやかわずとびこむみずのおと 』


わたしはセーラさんから送られてきた暗号の例題を解く。

あっ、でもその前に確認。


「暗号文って17文字?」

「ええ、そうよ。必ず17文字なの。だからこのゲームの名前は『パスワード17』よ」


今まで暗号バトルって言っていたけど、ちゃんとしたゲーム名があったようだ。


「暗号にする17文字って、自分で決めていいの?」

「いいえ。暗号文と解読文の元は、運営から指示されるわ。そうしないと予め暗号内容を示し合わせられるからね。味方の暗号を解読するのもゲームのうちだわ」


確かに。

味方にも敵にも同じ暗号を解く勝負なのだから、そこは公正にしないといけない。


「暗号を作るときって、解読文も作らないといけないの?」

「そうよ。解読文を元に相手チームは鍵を予想するの。そうでもしないと30分で解読するのは無理だからね」

「なるほどね」


つまり、相手チームの暗号の鍵は解読文から予想するわけね。

暗号バトルのやり方が見えてきた。


「それじゃあ、これを解いてみよっか。敵チームの暗号だから、ヒントは無しね。この解読文から暗号を解く鍵を見つけるのよ」

「カグヤは解けたの?」

「ええ。昨日のうちに解いちゃったわ」


流石。

やる気に満ち溢れている。


「それじゃあ、考えてみますかね」


解読文は『解読文:ふいやわとこみのとるけかずびむずお → ふるいけやかわずとびこむみずのおと 』。

ぱっと見た感じで、解読する前もした後も同じような平仮名を使っている。

といことは並び替えかな?

単純に逆読みではなさそう。

それなら、数字を振ってみるか。

『ふるいけやかわずとびこむみずのおと』→『1 2 3 4 5 6 … 16 17』として数字を当てはめよう。

わたしはペンを走らせる。

『ふいやわとこみのとるけかずびむずお』→『1 3 5 7 9 11…14 16』


おっ!

これは並び方の法則が分かる!


「良いじゃない」


わたしが書いているメモの様子を見てカグヤが口を挟む。


「これは奇数番目を先に並べて、偶数番目を後に並べているわね」


ぱっとみでは分かりづらいけれど、数字を書いてみれば見えてくるものがある。

これなら簡単に並び替えられる。

奇数偶数がこの暗号の鍵だ!


「じゃあ、暗号文の方を解いてみて」

「よし!」


カグヤに言われて気合を入れる。


『なくやわのもゆのとつさつもどがめあ』を入れ替える。

『1 3 5 7 9 11…14 16』を『1 2 3 4 5 6 … 16 17』の順にするだけ。

難しいことはない。

機械的に出来る。

そして出来た言葉は。

『なつくさやつわものどもがゆめのあと』


「できたわね」

「うん。『夏草や兵どもが夢の跡』松尾芭蕉の俳句ね」


解読文の『古池や蛙飛び込む水の音』も松尾芭蕉の俳句だった。

そこは合わせて例題にしたのだろう。


「良いタイムね」


気付いていなかったけど、カグヤは時間を測っていたらしい。

スマホのタイマー画面を確認する。


「何分?」

「3分20秒」

「おおっ! かなり早いんじゃない?」


本番は3つの暗号を30分以内に解く。

味方の暗号が1つと敵の暗号が2つ。

このスピードで解けるなら、本番でも通用しそう。


「これなら良さそうなんだけど、ここでサイリに知っておいてほしいことがあるの」


カグヤは意味深なことを言う。


「知っておいてほしいこと?」

「ええ。この例題は転置式、つまり並べ替えだけで構成されていたわよね?」

「そうね」

「並べ替えだけだと、相手にも簡単に解かれてしまうのよ」

「ああ、そっか。自分が暗号を作るときのことも考えないといけないのか」


この暗号バトル、パスワード17はやることがかなり多い気がしてきた。


「本番までにサイリにやってほしいことは2つ」

「あっ、2つだけで良いんだ?」

「1つは、暗号の知識を詰め込んで相手の暗号を解読できるようにすること」

「…………」

「どうしたの?」


カグヤはわたしの怪訝な顔を汲み取る。


「1つって数えるにしてはウエイトが大きくない?」


その1つを達成するためには、一体いくつの暗号を覚えなくてはいけないのか。

もしかしてかなりの重労働なんじゃないか?


「それで、もう1つは私達専用の換字表を作ること」

「換字表?」

「ええ。どの文字を何に換えるか、私達専用のものを作るのよ」

「そんなもの作るの?」


まだあんまりぴんと来ていないけれど、なんだか大変そう。


「サイリはこのパスワード17のルールを見たとき、どう思った?」

「え、どうって……、意外とやることいっぱいだなって思ったけど」


カグヤはわたしの言葉を聞いてくすっと笑った。


「わたしはね、このルールを見たとき『敵チームの暗号なんて解けるわけがない』って思ったわ」

「そうなの?」

「ええ。このルールで敵チームに30分間解読されない暗号を作るのは簡単なのよ」


簡単なのか……


「でも、わたしは相手の暗号を解読できるようにしないといけないのよね?」

「それは、相手チームが油断して簡単な暗号を書いた時のためよ。このゲームは味方チームの暗号を正確に解読するのが一番大事よ」

「そうなんだ?」


そう言われても、あんまり実感が湧かないけれど。


「今から教えるヴィジュネル暗号を使えば、敵チームに解読されることはまずないわ」

「ヴィジュネル暗号?」

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