第14話 カグヤ

「私達の本命はヴィジュネル暗号だけど、その前にシーザー暗号の話をするわね」


私はサイリに説明するためにペンを取った。

サイリは若干の不満顔。


「なんでそんなややこしいことをするのよ? 最初から本命をやらないの?」


ごもっとも。

確かに遠回りしないで直接本命に行きたい気持ちは分かる。


「ヴィジュネル暗号はね、シーザー暗号の進化系なの」

「進化系?」

「ええ。原理は似ているから、まず分かりやすいシーザー暗号から説明したいの」

「シーザーの方が分かりやすいのね」

「そうなの。この間の謎解きイベントでもやったしね」


シーザー暗号。

シーザー暗号は単一換字式暗号の一種であり、平文の各文字を辞書順で3文字分ずらして暗号文とする暗号である。

古代ローマの軍事的指導者ガイウス・ユリウス・カエサル(英語読みでシーザー)が使用したことから、この名称がついた。

紀元前100年頃から使われている。(wiki)


「こんなの謎解きイベントでやったっけ?」


私の説明ではサイリはぴんと来ないようだった。


「あったわよ、これ」


私は謎解きの問題をルーズリーフに書き綴る。


~~~~~~~~~~

チエ

きん

ウエスト

ねつ

いきもの

よこづな

わたりろうか

マティーニ

ユーモア

インストール


鍵: 頭を後にずらせ

~~~~~~~~~~


問題を見た瞬間、サイリも腑に落ちたようだ。


「ああ、これのこと!」

「そう。このパターンがシーザー暗号よ」


謎解きイベントの広間の問題。

それまでの答えを並べることで次の手掛かりになる。

後ろの文字を辿ると思いきや、頭の文字を並べる。

『ちきうねいよわまゆい』

これを五十音順にそって1文字ずらす。

答えは『つくえのうらをみよう』

私もサイリも感動したトリック。


「この五十音順に1文字ずらすのがシーザー暗号なの?」

「そうよ。シーザーは3文字ずらすのが多かったらしいけど、1文字ずらすのも何文字ずらすのも原理は一緒ね。五十音に沿ってずらすだけ」


英語だったらアルファベット順にずらす。

日本語だったら五十音。

大事なのは全部同じようにずらすこと。


「確かに、この暗号は強そうよね。敵チームには解読されにくそう」


サイリは気付いたことを言った。


「解読されにくそうだって思う?」


私はサイリに問い返す。


「うん。さっきの並べ替えは簡単に解けたもの。同じ平仮名に数字を振っていけばそのまま解読できたわ。でも、これだとどうして良いか分からないし」

「そうね」


確かに、これだけだと解くための考え方が思い浮かばないかもしれない。


「仮に相手がこのシーザー暗号だと分かっていたとしても、解くのは難しいわよね? 敵チームは何文字ずらすかは分からないんだから。それが分からないと片っ端から文字をずらすしかないけど、30分以内に正解にたどり着けそうもないでしょ」

「そうね。ただのシーザー暗号ならそうなるわね」


サイリならそう考えてくれると思っていた。


「何か欠点でもあるの?」

「普通のシーザー暗号だったら大丈夫だったんだけどね。このパスワード17っていうゲームだとそうはいかないの」


私も最初はシーザー暗号くらいで大丈夫だと思っていた。

しかし、このゲームのルール上だと、シーザー暗号はかなり弱い。


「駄目なんだ? 強そうなのに?」

「やってみると分かるわよ」


私はサイリのためにシーザー暗号を作成する。


『暗号文:はされゆふむまきにんにあしいましひ

 解読文:みあしぜれはけつくにすのさしふにね → はるかぜやとうしいだきておかにたつ』


文の内容は高浜虚子の俳句から取ってきた。

ルーズリーフに書いた暗号をサイリに渡す。


「これを解読するのね」

「そうよ。シーザー暗号だと分かっているから、すぐ解けると思うわ」

「まぁ、本番でもシーザー暗号だと予想して解読することはあるか」

「そうね。そういう想定で考えることもあると思うわ。そしてシーザー暗号の弱さが分かるわ」

「……何文字ずらせば良いか見つけるの大変だと思うけどなぁ」


サイリは私からルーズリーフを受け取って、考え始める。

サイリはまず一目散に五十音表を書き始めた。


あいうえお かきくけこ

さしすせそ たちつてと

なにぬねの はひふへほ

まみむめも やゆよらり

るれろわを ん


解読にあると便利だと思ったのだろう。

その発想は正しい。

私もそうする。

五十音表を見ながら文字をずらして意味が通るように考える。

そして気付くだろう。

この暗号解読はすぐ終わる。


「あ、あれ?」


サイリは気付いたらしい。


「どうしたの?」


わたしはわざとらしく聞いてみる。


「これってさ」

「うん」

「解読文があるおかげで、何文字ずれているかすぐ分かるわよね?」

「そう」


そう。

これがシーザー暗号の欠点。

このパスワード17というゲームは解読文が表示される。

この解読文のせいで何文字ずらすかはすぐに分かる。


「解読文をみれば『み』→『は』となっているわ。つまり五十音で6文字分バックすれば良いってことがすぐ分かる」

「そう、すぐ分かるのよ」


サイリが考え始めてここまで3分。

このパスワード17というゲームにおいてシーザー暗号は弱い。

シーザー暗号だとバレた瞬間に解読されてしまうのだ。

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