第15話 サイリ

カグヤが作った暗号を解く。


『暗号文:はされゆふむまきにんにあしいましひ

 解読文:みあしぜれはけつくにすのさしふにね → はるかぜやとうしいだきておかにたつ』


シーザー暗号ってもっと難しいと思っていたのに、すぐ解けてしまった。

解読文を見ればすぐ分かる。

五十音順で6文字分バックすれば良い。


『はされゆふむまきにんにあしいましひ』→『とおやまにひのあたりたるかれのかな』


遠山に日の当たりたる枯野かな

高浜虚子の俳句だった。

わたしは解読した答えをサイリに見せる。


「どう?」

「正解よ」


カグヤはあっさりと判定した。


「そっか。シーザー暗号って解読文があるとすぐ破られちゃうんだ」


シーザー暗号の話を聞いた時は、もっと難しいものだと思ったんだけど。

こんなに簡単だとは思わなかった。

このルールだとシーザー暗号って弱いのね。

残念。


「このシーザー暗号は紀元前からいろいろな場面で使われてきたわ。昔の戦の場面でも使われるくらい暗号としての出来は良いものよ。鍵が分からないと解読しにくいし、鍵が分かっているとすぐ解読できる」

「でも、このパスワード17では鍵を見せびらかしているようなものなんだね」


シーザー暗号における鍵は、辞書順にずらす文字数。

解読文も示さないといけないから、何文字ずらせば良いかすぐ分かっちゃう。

このルールだと鍵を見せびらかしているようなものだ。


「ちょっと余談がしたいからパスワード17のことは一旦、頭から置いてもらいたいんだけど。シーザー暗号って歴史的にどうやって解読されたと思う?」

「歴史的に?」


難しい余談だな。


「シーザー暗号の鍵。つまり何文字ずらせば良いか分からないときって、どうやって解読していたと思う?」

「さっきの問題だと、解読文が分からずに『暗号文:はされゆふむまきにんにあしいましひ』だけで解読するってこと?」

「そう。解読できる?」


何文字ずらすか分からないと、どうして良いか分からないな。


「適当にずらして意味が通るかどうか試してみる?」


途方もない作業になりそうだが。


「正解よ」

「正解なの!?」


半分冗談だったんだが!?

もう少しスマートな方法があると思うじゃん?


「アルファベットなら26文字。平仮名なら五十音。全文字ずらしたパターンで試してみるの。意味の通る文章になるまで、ひたすらね」

「……暗号解読って大変だね」


想像するだけで気が遠くなる。


「流石に手作業だとしんどいからパソコンでする前提だけどね」

「ああ、そっか。パソコンを使えるなら簡単か」


わたしたちが今からやる暗号バトルの話じゃなくて歴史的な話だったわね。

手作業でなくても良いのか。


「そう、パソコンに任せるなら一瞬でできるわ」

「じゃあ、パソコンができるまでは強力な暗号だったんだ?」

「そうね。そこそこ強力ではあったかな。でもアルファベットって26文字しかないからね。手作業でも時間をかければ解かれちゃうわ」

「確かに、できないことはないのかな?」


大変だからやりたいとは思わないけど。


「その点、日本語のシーザー暗号は強力よ」

「そうなの?」

「ええ。五十音順って結構複雑だと思わない?」

「五十音が複雑?」


そんなことはない気がする。

五十音順なんて明確に書けるし。


「じゃあ、1文字ずらすだけで良いんだけど、答えてもらえる? 『あ』の次は?」

「『い』」


簡単だ。


「『か』の次は?」

「『き』」

「『ほ』の次は?」

「『ま』」


カグヤが矢継ぎ早に質問してくる。

わたしはノータイムで返答する。


「『ろ』の次は?」

「『を』」

「『ん』の次は?」

「『あ』」


五十音が一周して元に戻るパターンだ。

でも別に難しくはない。


「『ご』の次は?」

「…………あれ?」


それまで瞬時に答えていたわたしは詰まってしまった。

濁音!?

『さ』なのか『ざ』なのか分からない!?


「そう、気付いたようね。サイリは五十音って言われた時に、この表を書いたわ」


さっきルーズリーフに書いた五十音表を見る。


あいうえお かきくけこ

さしすせそ たちつてと

なにぬねの はひふへほ

まみむめも やゆよらり

るれろわを ん


これは濁音半濁音をまったく意識していなかった。

さっきやった問題は清音しかなかったから、気付かなかった。


「濁音とか入れるとこう?」


あいうえお かきくけこ

さしすせそ たちつてと

なにぬねの はひふへほ

まみむめも やゆよらり

るれろわを んがぎぐげ

ござじずぜ ぞだぢづで

どばびぶべ ぼぱぴぷぺ


わたしはさっきの五十音に付け足してみる。

五十音と言いつつ71文字。


「こうなる可能性もあるわね」


カグヤが新しく五十音を書く。


あいうえお かきくけこ

がぎぐげご さしすせそ 

ざじずぜぞ たちつてと

だぢづでど なにぬねの 

はひふへほ ばびぶべぼ

ぱぴぽぺぽ まみむめも 

やゆよらり るれろわを 


あいうえお かがきぎく

ぐけげこご さざしじす

ずせぜそぞ ただちぢつ

づてでとど なにぬねの 

はばぱひび ぴふぶぷへ

べぺほぼぽ まみむめも 

やゆよらり るれろわを 


カグヤは2種類の五十音表を書いた。

どちらも自然な五十音順といえる。


「ありえるパターンね」

「そうなの。平仮名を並べるだけでもいろんな並べ方があるの」


五十音の並べ方にしてもいろいろある。

盲点だった。


「あと漢字を含めるともっと複雑になるわ。日本語の順番って意外と難しいのよ」

「はぁ~」


わたしは感心していた。

暗号って思っていたより難しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る