第37話 サイリ

「終了です!」


スタッフの人が合図する。

プレイヤーの解読時間が終了した。

わたしは部屋に設置されたカメラを覗く。

前回は時間が有り余ったからいっぱい喋ったけれど、今回はそんな余裕はなかった。

部屋を出てロビーに向かう。

カグヤもちょうど出てきたところだった。


「どうだった?」


不安そうな顔のカグヤに訊かれる。

わたしは笑顔で答える。


「セーラさんの暗号は完答したよ!」


わたしはピースして見せた。

カグヤは安堵の息を吐いた。


「私もトコヨさんの暗号は完答したわ」

「おっ! やったね!」


これでわたしたちの負けはなくなった。

サイリとハイタッチをする。

カグヤも緩んだ表情をしていた。

ロビーにはセーラさんとトコヨさんが既にいた。


「随分と難しい暗号を作ったわね。全然解読できなかったわ」


セーラさんがわたしたちに話しかける。


「セーラさんのも大変でしたよ」


わたしは応える。

トコヨさんはソファにうずくまってうなっていた。


「めちゃくちゃ疲れた……」

「今日はちゃんと解読したんでしょうね?」


セーラさんはトコヨさんに詰め寄る。

前回、トコヨさんは敵チームの解読を一切していなかった。


「セーラは解読できたの?」

「二人の暗号は全然分かんなかったわよ。適当にそれっぽい文字を入れておいたから2文字か3文字合っていれば良い方よ」

「そっかぁ……」


トコヨさんは本当に疲れたらしく、そのまま顔を伏せてしまった。


「まぁ、結果発表の時に起こせばいっか」


セーラさんはそんなトコヨさんの扱いに慣れているようだった。

それからセーラさんとわたしたちはお菓子を食べつつ結果を待った。


「二人とも夏休みの宿題は終わった?」

「わたしは終わりましたよ」

「私も一応、終わったんですけれど、せっかくだしこのパスワード17を自由研究の題材にしようかと思っているんですが、良いですか?」

「良いよ! っていうかぜひ使って!」

「ありがとうございます。このパスワード17のために暗号についていろいろ調べたので、うまくまとめたいと思います」


そんな話をしていた。

やがてスタッフさんが結果を集計してやってきた。


「それでは結果を発表します」


それを聞いたセーラさんが寝ていたトコヨさんを起こす。


「あれ? もう朝?」

「そろそろ夕方よ。収録の続き。結果発表」


セーラさんは完結に現状を説明する。

トコヨさんは寝ぼけまなこをこすって立ち上がる。

わたしたちは一列に並んだ。

スタッフさんが結果を読み上げる。


「チーム『賢者の贈り物』102点! チーム『RSA』102点! よって引き分けです!」


それは予想外の結果だった。

わたしにとっても予想外だった。

カグヤもわたしも完全解答したから、勝ったと思っていた。

全員に妙な沈黙が流れた。

わたしとカグヤは顔を見合わせる。

お互いにやるべきことはやった。

ちゃんと102点取っている。

だけど『RSA』も完全解答している。

セーラさんは「2文字か3文字合っていれば良い方よ」なんて言っていた。

だから勝ったものだと思っていた。


「やった~」


トコヨさんが気の抜けた歓声をあげる。

一人、この結果を予知していたようだ。


「トコヨ、解読していたの!?」


セーラさんも驚いていた。

スタッフさんに確認したところ、わたしとカグヤの暗号は全てトコヨさんが解読していた。

一人で完璧に正解していた。


「うん、頑張ったんだよ」

「どうやって、私達の暗号を解読出来たんですか!?」


カグヤがトコヨさんに詰め寄る。

ああ、カグヤの目が輝いている。

新しいおもちゃを見つけた子供みたい。


「結局、このパスワード17ってさ、ヴィジュネル暗号が強いわけじゃない? だからヴィジュネル暗号にするだろうとは思っていたのよ。昨日、ドイツ軍の暗号資料を読みながら考えていたのよ」

「ですよね、私もそういう考えに至りました」

「換字表の持ち込みが禁止だからね。考えられそうな換字表のパターンは限られるわけ」

「私もそう思って、いろんな換字表で試してみて、トコヨさんの暗号が解読できたんです」

「換字表、いくつ試した?」

「えっと、4パターンですね」


カグヤって4パターンも試していたのね。

わたしは2パターンで諦めた。

いや、でもすぐにヴィジュネル暗号を諦めたおかげで、セーラさんのローマ字ずらしの暗号に気付けたともいえる。

結果オーライだ。


「あっ、意外と早かったのね。わたしは8パターン目で見つけたわ」

「8パターンも試したんですか!?」


カグヤは驚きの声をあげた。

わたしは声をあげずに驚いていた。

だって17文字を換字表に従って、文字をずらす作業だよ?

1パターンの換字表を試すだけでも相当時間がかかる。

わたしは1パターンを調べるのに10分近くかかっている。

カグヤでも5分かかった。

制限時間は30分。

その間に8パターンの換字表で試せるなんて。


「そんなに頑張れるなら、最初っから頑張りなさいよ」


セーラさんの突っ込みが入る。


「いや、だから昨日頑張って練習したんだって」

「本当に、化け物みたいな計算力をしているのは良いんだけどさ」

「だけど?」

「その凄さは動画で伝わりくいのよ! もっと分かりやすく凄さを伝えてよ!!」

「いや、それは難しいって」


セーラさんとトコヨさんは配信者らしい会話を繰り広げていた。

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