第38話 カグヤ
「それじゃあトコヨさんは、換字表を10パターンも用意していたんですか?」
「そうなの。自分達で使う用はセーラと共有したから事前に決めていたんだけど、『賢者の贈り物』が使いそうな換字表を10パターンほど予測していたの。当たって良かったわ」
「思考が似ていたんですね」
「1回戦があったおかげね。あれで暗号のパターンがかなり予測しやすかったわ」
「やっぱりヴィジュネル暗号が一番強かったですね」
「どうなんだろ? もっと一発芸みたいな暗号も使えたかも?」
私はトコヨさんと感想戦をしていた。
トコヨさんは昼寝から目覚めると、すっきりした顔をしていた。
かなり饒舌に喋ってくれる。
このパスワード17のためにトコヨさんはかなりの考察を重ねていた。
昨日一晩で考えたのとは思えない考察の深さだった。
私よりも綿密に対策をしていた。
これが本当に頭が良いってことなんだなと痛感した。
私とトコヨさんがそんな話をしていたとき、唐突にサイリが手を挙げた。
「セーラさん!」
「どうしたの?」
「一つ、暗号を作りたいんですけれど、部屋を貸してもらえますか?」
暗号を作りたい?
妙なことを言い出したな。
私にはよく分からなかったけど、セーラさんは軽く「いいよ~」と言っていた。
サイリはスタッフの人にこしょこしょ話して暗号を作りに行った。
「どうしたのかしら?」
私が呟くとセーラさんが返答してくれた。
「カグヤちゃんがトコヨとずっと話しているのが気になったんでしょ」
「え?」
「駄目だよ、トコヨ。この二人はラブラブなんだから」
「そっか~、ごめんね~」
よく分からない謝り方をされた。
「いえ、そんな大層なものじゃないです」
「でもサイリちゃんはめちゃくちゃ愛を語っていたじゃない」
セーラさんから鋭い指摘が入る。
それを言われると痛い。
サイリはなんで撮影中にあんなに喋ったんだ?
せっかく忘れていたのに思い出してしまった。
私とサイリが普段からどんな話をしているかは周知の事実だった。
いや羞恥の事実だ。
恥ずかしい。
「……なんでサイリは恥ずかしくないんだ?」
「いいじゃない。仲良しアピールしていきなさいよ」
「配信ですることじゃなくないですか?」
「でも、あなたたち二人のファンも増えているわよ?」
「え?」
私達のファンって何?
「配信した動画のコメントには、『賢者の贈り物』の二人をもっと出してほしいという要望がいっぱいきているわ」
「…………」
「二人の恋の行く末が気になるというコメントもいっぱいよ」
「恋愛リアリティーショーではないんですよ」
私達の馴れ初めとか誰が興味あるんだ?
「二人の密着撮影動画でも作る? デートの様子でも取材させてもらおうよ」
トコヨさんが恐ろしいことを提案する。
「そんなことより暗号の話をしましょうよ」
私は話を逸らしたい。
「サイリちゃんは熱く語っていたけど、カグヤちゃんはサイリちゃんのどういう所が好きなの?」
あっ、駄目だ。
話を逸らせない。
「あ~、え~」
適当にごまかす言葉も思いつかない。
もう顔も真っ赤だよ。
「ちょっと待って、カメラ回すから」
セーラさんが無邪気に私を追い詰める。
「勘弁してください!」
この場から逃げたかった。
そんなとき、サイリがロビーに戻ってきた。
私はサイリに抱きつく。
サイリの背中を盾にして、顔を伏せる。
セーラさんとトコヨさんと顔を合わせられない。
「何をしていたんですか?」
サイリが二人に訊く。
「ちょっとからかい過ぎちゃったかな?」
セーラさんは反省していた。
「サイリちゃんとカグヤちゃんの仲が良いねって話よ」
トコヨさんは反省していなかった。
それはともかく。
サイリが暗号を持ってきてくれた。
私とセーラさんとトコヨさんの三人に紙を渡す。
サイリの暗号
『ぱぼぱぎかむんぱゆま』
紙にはこの文字だけ書かれていた。
10文字。
パスワード17は17文字だったけど、今回は短くなった。
「え? これだけ?」
わたしはサイリに確認する。
「うん。換字表はこれを使ってね」
サイリは別の紙を渡してくれる。
いろはばぱ にほぼぽへ
べぺとどち ぢりぬるを
わかがよた だれそぞつ
づねならむ うのおくぐ
やまけげふ ぶぷこごえ
てであさざ きぎゆめみ
しじひびぴ もせぜすず
ん
これは私達が使った換字表だった。
いや、それは良いんだけど。
「これはヴィジュネル暗号ってこと?」
「うん」
「鍵は?」
「暗号の紙で分かるわよ」
よく分からないことを言い出した。
ヴィジュネル暗号は鍵が分からないと解くのが困難だ。
さっきのパスワード17で使った鍵はサイリ(54,1,17)やカグヤ(22,40,41)だった。
味方には予め鍵を伝えているから、すぐ解読できる。
敵チームも解読文があるから、そこから推測できる。
ただ、今回は違うらしい。
鍵の手掛かりがない。
予め教えてもらっているわけでもないし、解読文もない。
どうやって解くんだ?
「んん?」
「なんだろう?」
セーラさんもトコヨさんも真剣に考え出した。
「やってみるか」
私も真剣に考える。
サイリは私を期待の眼差しで見ている。
暗号はセーラさんとトコヨさんにも渡した。
けれど、サイリとしては私に一番に解読してほしいのだろう。
私のことはサイリが一番理解している証明として。
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