第39話 サイリ
サイリの暗号
『ぱぼぱぎかむんぱゆま』
思いつきでカグヤとセーラさんとトコヨさんに出題してみた。
「鍵を見つける問題ってこと?」
カグヤに訊かれる。
「そういうこと」
わたしは肯定する。
予めカグヤに伝えたわけじゃない。
でもカグヤなら分かってくれるはず。
「この紙に鍵が書かれているの?」
カグヤは紙をひらひらさせたり、裏返したりしている。
「鍵を見つけてね」
わたしはそれだけ伝えた。
セーラさんは、暗号に目を凝らして考えている。
トコヨさんは、ぼ~と暗号を見つめて考えている。
「これ、解読できるようになっているの?」
「大丈夫! カグヤなら解けるよ!」
疑ってかかるカグヤを励ます。
「一応、私に伝えるために書いたんだよね?」
「もちろん! わたしがカグヤに伝えるために作成した暗号だよ」
「当の私はぴんときていないんだけど?」
「すぐ分かるって」
謎解きは解くのを楽しむもの。
暗号は鍵を持っている人には簡単に読めるけれど、鍵を持っていない人には読みにくいもの。
以前、カグヤが教えてくれた。
最初はあんまり深く考えていなかったけれど。
今ならその違いが重要だって身に染みている。
この暗号は。
カグヤに一番に解いて欲しい。
「なんか手掛かりある?」
セーラさんがトコヨさんに訊く。
「う~ん。何も思いつかない。鍵が何文字か教えてくれる?」
トコヨさんはわたしにヒントをねだった。
「3文字です」
わたしは即答した。
この暗号の鍵は3文字。
さっきのパスワード17で使った鍵と同じパターン。
サイリ(54,1,17)やカグヤ(22,40,41)みたいに3文字。
そろそろカグヤに気付いてもらいたい。
あんまり時間をかけたらなくなってしまう。
「3文字の鍵が、この紙に書いてあるの?」
カグヤに質問された。
答えにくい質問だった。
「う~ん。微妙なところだね」
わたしは適当にはぐらかした。
そのとき、カグヤの表情が変わった。
カグヤは紙を自分の顔に寄せる。
するとカグヤは笑い出した。
「ふふ、ふふふふ……」
カグヤが心底楽しんでいるときの笑い方だった。
「分かったの?」
セーラさんがカグヤに訊いた。
「ええ、多分」
カグヤは紙にペンを走らせる。
換字表を見ながら暗号を解読していく。
1文字1文字解読を進めていく。
だんだんとカグヤの表情が曇っていく。
最後の1文字を解読したとき、カグヤは固まっていた。
「正解は?」
わたしが催促する。
「…………」
「出来たんでしょ?」
「どれどれ?」
カグヤが無反応だったので、トコヨさんがカグヤのメモを覗き見した。
セーラさんもつられて覗き込む。
解読した暗号は『かぐやはさいりのよめ』だった。
「…………なんでこんな暗号文にしたのよ?」
カグヤに睨まれる。
その頬はかなり赤い。
化粧のせいだけじゃない。
耳までりんごのように赤くなっていた。
「ちゃんと宣言しておいた方が良いかなって思って」
そう。
わたしとカグヤは付き合っているのである。
将来的には結婚する気が満々なのである。
法律的にどういう形で結婚できるかはよく分からないけれど、ずっと一緒にいる間柄なのだ。
どっちが夫でどっちが妻かは決めていない。
どっちでもいいか。
とりあえずカグヤは将来的にわたしの嫁であることは確定だ。
そのことはアピールしておきたい。
カグヤが他の人と楽しそうに話すのが嫌とかいうわけではない。
別にそこまで束縛したいわけではない。
ただ、カグヤが楽しいことをしているのなら。
わたしも混ぜて欲しい。
だから暗号を作った。
カグヤが一番に解読できる暗号。
セーラさんやトコヨさんより、わたしの方がカグヤのことをよく知っているし、カグヤもわたしのことをよく知っている。
わたしはセーラさんとトコヨさんにピースして見せた。
いがみ合うような敵対心ではないのだけれど。
正妻アピールはしておきたかったのだ。
「あらあら。仲良くて可愛いわね」
セーラさんは微笑ましい表情でわたしたちを見ていた。
よし。
わたしの意思表示は伝わったようだ。
「それで、なんで鍵が分かったの?」
トコヨさんがカグヤに訊いた。
照れ照れだったカグヤもなんとか我に返る。
「えっと、紙の香りです」
「香り?」
トコヨさんとセーラさんは暗号を書いた紙の香りをかぐ。
「これ、桜の香り?」
「そうです! 桜の制汗スプレーを紙にかけておいたんです。この暗号の鍵は『さくら(54,39,34)』なんです」
暗号を書いた紙には『ぱぼぱぎかむんぱゆま』としか書かれていない。
書かれてはいない。
でも紙に鍵の情報は付けておいた。
紙に書いてはないけど、手掛かりはある。
それが香りだった。
わたしが愛用している桜の制汗スプレー。
カグヤなら誰もよりも早く気付いてくれると思っていた。
実際、一番早く解読できた。
愛の成せる技である。
「なるほど。香りを鍵にするのは、凄い発想ね」
「ありがとうございます!」
トコヨさんに褒められた。
「いや、暗号の仕組みは良いと思うんだけど、その、内容がね……」
カグヤはわたしに何か不平を言いたいみたいだったけど、言いたいことがまとまらないみたいだった。
「というわけで。カグヤはわたしのものなので、盗らないでくださいね」
わたしはカグヤと腕を組む。
セーラさんとトコヨさんに見せつける。
セーラさんは「盗らないから大丈夫よ」なんて言って笑っていた。
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