第40話 カグヤ

「カグヤは今日は何を読むの?」

「自由研究の資料が欲しいの。暗号について探してみるわ」


パスワード17の決勝があった翌日。

私とサイリは図書館に来ていた。

自習室の席で向かい合って座る。

サイリの今日の服装は黒と水色。

ゴシックではあるけれど、リボン等のひらひらは少なめ。

夏場は暑くて、こってりしたのは着れないらしい。


「わたしは何を読もうかな?」


私は夏休みの宿題をしないといけなかった。

パスワード17のために暗号についていろいろ調べた。

そのときのことをまとめたかったから図書館に来ていた。

サイリも用事はないけど図書館についてくることになった。


「サイリは夏休みの宿題は終わったの?」

「最初の3日で終わったわよ」

「そういえば、そうだったわね」


セーラさんのところでそんな話もしたな。


「カグヤの暗号については、自由研究?」

「そうよ。提出してもしなくても良いような宿題」


他の宿題は私も3日で終わらせていた。

学校に提出するための課題ではない。

自分の興味があって調べたいから調べるだけの自由研究だ。


「他には面白い宿題はなかった?」

「そんなものあるわけないじゃない」


面白い宿題なんてある方が珍しい。


「私の方はあったわよ」

「面白い宿題が?」

「うん。『中学の国語の教科書を全て読んで来なさい』ってやつ」

「それ、ただ復習しなさいってだけじゃないの?」


私もサイリも中学三年生。

高校受験に向けてそんな宿題が出てもおかしくない。


「せっかくだから、小一からの国語の教科書を全部読んだのよ」

「結構な量じゃない?」

「結構な量だったわね。読むだけで三時間くらいかかったわ」

「九年間の教科書を三時間は早い方だと思うわよ」

「やっぱり一番面白かったのは『矛盾』の故事成語ね」

「教科書の話を面白かったかどうかで分類することないのよ」


そんな観点で読んだことはない。

教科書の話は学習用の話だから、そこから何かを学び取らないといけない。


「いやいや。読んで面白いかどうかは大事だよ。それでね、気付いたことがあるの」

「うん?」

「面白い話ってバッドエンドが多いの」


教科書の話がハッピーエンドかバッドエンドかなんて気にしたことがない。


「例えば?」

「『ごんぎつね』とか『蜘蛛の糸』とか」

「確かにバッドエンドね」

「ここから得られる知見は『教科書会社はバッドエンドが情操教育に良いと判断している』ということだと思うの」

「過言よ」


そんな話をしつつ。

私は暗号の資料を集めて読んでいた。

自由研究に使えそうな部分をメモする。

サイリは真剣に本を読んでいた。

特に会話もしないまま二時間が経過した。


「カグヤ、まだ時間かかる?」

「そろそろ終わるわ」

「じゃあ、わたしの話をちょっと聞いて」

「良いわよ。何を読んでいたの?」

「オー・ヘンリーの作品集よ」

「ああ、『賢者の贈り物』の作者だっけ?」

「そうそう。その人」


パスワード17をするときにサイリが提案したチーム名。

賢者の贈り物の作者、オーヘンリー。

わたしは読んだことがないけれど、サイリは好きみたいだ。


「『賢者の贈り物』のあらすじはこの間、聞いたわね」


貧乏な夫婦がお互いにプレゼントを買ったがすれ違ってしまう話。


「では今日は『魔女のパン』という話について説明するわね」

「はい」


サイリは本文を見ながらわたしにあらすじを説明してくれる。


昔々、マーサという女が小さなパン屋で働いていました。

そのパン屋には、最近毎日ふたつで5セントの古いパンを買いに来る男の客がいました。

マーサはその男が好きになり始めていました。

マーサは男の指が赤や茶色に汚れているのに気づき、この人はとっても貧しい絵描きだと想定しました。

そしてマーサは、男の気を引くために内緒でサービスをすることにしました。

男が買って行くパンの中にバターをたっぷり塗ったのです。

マーサは妄想していました。

男が家に帰ってパンを食べたとき、美味しいバターに気付いて喜んでくれるだろうと。

しかし、次の日。

男はパン屋に怒鳴りこんできました。


「ここで問題です!」

「急に!?」


サイリがバラエティの司会みたいなことを言い出した。

この展開、前にもあったわね。


「マーサが内緒でバターを塗ったら男はとても怒ってしまいました。一体なぜ?」


ストーリーの山場をクイズとして出題された。

どうしよう。

見当もつかないな。


「男はバターが嫌いだった?」

「ぶぶー」

「アレルギーだったとか?」

「ぶぶー」


サイリの口から不正解音が鳴る。

まぁ、そうでしょうね。

そんな単純な話だったら、サイリがクイズとして出題するはずがない。

きっと面白い話なのだろう。

直接考えても当たりそうもない。

ちょっとヒントを引き出そうか。


「その男って、買ったパンを食べたの?」

「おっ、いいところに気付いたね。男はパンを食べてません」

「それって、バターを塗ったパンだけじゃなくて、毎日買ったパンを食べてないの?」

「そうよ。男はパンをひとつも食べていないわ」


男はパンを食べてない。

それも毎日。

毎日食べないパンを買って帰る。

一体どういうことだ?

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