第41話 サイリ

要約すると。

パン屋のマーサは、いつも安いパンを買っていく男に内緒でパンの中にバターを塗ったら、男が激怒したという話。


「さて、なんででしょう?」


わたしはカグヤに問いかける。


「ううむ」


カグヤは頬杖をついて悩んでいる。

良い顔だ。


「分かるかな?」

「パンは食べていないんだよね?」

「うん」

「男の職業は絵描きだっけ?」

「わたしが読んだあらすじでは、まだ明かされていないね。マーサは絵描きだって予想していたけど」

「ふむ。時代はいつって言ってたっけ?」

「物語で触れられていないけど、19世紀ぐらいだと思うわ」

「舞台はアメリカ?」

「多分アメリカね。作者がアメリカだから」


カグヤの表情が研ぎ澄まされる。

ひらめくものがあったんだろう。

ああ、かっこいい。


「まとまった?」

「ええ。男はパンを食用じゃなくて、字を消すために使ったのね」

「おお!」

「字を消すためのパンだったから、勝手にバターを入れられて怒ったのね」

「正解!」


わたしは拍手を送った。

流石のカグヤである。

鉛筆が登場したのは、16世紀のイギリス。

山に落ちていた黒い塊で紙に文字が書けることがわかり、黒い塊の正体である黒鉛が普及したそうだ。

その鉛筆で書かれた文字を消すのにはパンが有効であることが発見された。

硬くなったパンを丸めて鉛筆で書いたものを消していた。

消しゴムが発明されたのは鉛筆誕生の200年後。

それまではパンで消すのが一般的だったらしい。


「物語の続きはどうなったの?」

「じゃあ、続きを話すね」


パン屋のマーサは楽しみにしていました。

「彼は家に帰って、バターが塗ってあるのを見たら、なんて思うだろう」

ところが血相変えた男が飛び込み

「お前のせいで俺の仕事はメチャクチャになった!どうしてくれるんだ!」

と怒鳴りつけました。

後から若い男がとめに入り、男を外に連れ出してわけを話してくれました。

「彼は腕利きの設計技師なんですが、製図の下書きの鉛筆を消すのに、固いパンだとよく消えるんです。ところがバターのせいで、製図がぐちゃぐちゃになってしまったんです」


「悲しい話ね」


カグヤは感想を一言でまとめた。


「含蓄のある話よね」

「そうね。他人のためと思っても、必ず喜んでもらえるとは限らない。良い話だわ」


さて。

というわけで、わたしの今日の読書は終わり。


「本を片付けてくるね」

「うん。私は自由研究をまとめあげるわ」


わたしは一人で席を立った。

オー・ヘンリーの作品集を本棚に返した。

すぐにカグヤのもとに戻ろうとした。

しかし、一冊の本に目が留まった。

『海賊の暗号』

手に取ってぱらぱらと目を通す。

それは暗号の解説のような実用書ではなかった。

物語ではある。

しかし、途中途中に実際の暗号が登場していた。

こういうのってカグヤも好きなんじゃないかな。

そう思ったわたしは、この本を持って、カグヤのもとに戻った。


「おかえり」

「ただいま。ねぇ、カグヤ。この本どう?」


カグヤはこの夏休みで暗号の本にいっぱい目を通していた。

パスワード17で戦うために数十冊は読んだのだと思う。

しかし、カグヤが読んだのは実用書が多いはず。

こういう物語形式の本は読んでいないのではないかと。


「見たことないわね。物語?」

「そうなの。カグヤはこういうのは見ていないと思って持ってきた」


わたしはカグヤに『海賊の暗号』を渡す。

カグヤは中をぱらぱらと読む。


「物語だけど、ちゃんとした暗号の話をしているわね」

「あっ、やっぱりそうなんだ?」


わたしも見た感じ、登場してくる暗号はちゃんと暗号らしい暗号だった。


「これなんかは有名なやつね」


カグヤは本文中で見つけた暗号をわたしに見せてくる。


ガモフの宝探し

無人島に宝が埋まっている。


島には裏切り者を処刑する絞首台と一本の樫の木と一本の松の木がある。

まず絞首台の前に立ち、樫の木に向かって歩数を数えながらまっすぐ歩き、樫の木にぶつかったら 直角に右に曲がり、同じ歩数だけ歩いて杭を打つ。

絞首台に戻り,今度は松の木に向かって歩数を数えながらまっすぐ歩き、ぶつかったら直角に左に曲がり、同じ歩数だけ歩いてまた杭を打つ。

宝は2つの杭の中間点にある。


ある若者がこの文章を手にいれ,その無人島に行ったところ,樫の木と松の木はあるが絞首台は見つからない。

時間の経過で 絞首台は朽ち落ちてしまったようだ。

いたずらに穴を掘っても見つからず若者はあきらめてこの島を後にした。


この文章から宝の場所を見つけられるか。


「暗号ではないんじゃない?」


ただの宝の地図である。

言われたとおりの場所に穴を掘るのは簡単だ。

メジャーと分度器を持って行けば、お宝は見つけられそうだ。


「書いた本人は宝の地図のつもりだったんだけど、絞首台が朽ちてしまって暗号化したのよ」

「なるほど。絞首台の位置が、暗号の鍵になったのね」


いわば自然が作った暗号。

絞首台の位置が分かっていれば、宝の位置は簡単に分かりそうなものなんだけど。


「サイリ、解いてみなよ」

「え? 解けるの?」

「ええ。書いてみれば分かるわよ」

「絞首台の位置が分からないのに?」

「ええ。絞首台の位置が分からなくても解けるわ」

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