第51話 サイリ

暗号ババ抜きをした後、わたしたち四人は感想戦をしていた。


「ここで7の方が良かった?」

「でもここで相手にとられるとまずくない?」


主にカグヤとトコヨさんがあーだこーだ喋っている。

二人ともいっぱい考えていたから、喋りたいこともいっぱいあるらしい。

お互いに我先にと会話の主導権を握ろうとしている。

そんな二人の様子を見て、わたしとセーラさんは顔を見合わす。

ふふふっと微笑むセーラさん。

分かる。

わたしもセーラさんと同じ気持ち。


「それにしても、最後の暗号は何だったの?」


トコヨさんがカグヤに質問した。


「あっ、良かった。最後まで気付かなかったんですね。実は、他の暗号と併用してずっと使っていたんですよ」

「え? そうなの?」


トコヨさんの驚きに、カグヤとわたしが頷く。


「最初から最後まで、きちんと伝わっていたわね」


わたしも自分で暗号を伝えながら驚いていた。

こんな難しいのがちゃんと伝わるなんて。


「最初が指で、次が言葉だったよね?」


セーラさんが確認する。


「そうです。その指や言葉と同時に表情で暗号を送っていました」

「表情!?」


カグヤが説明するとトコヨさんが大きな声を出して驚いていた。

聞いたことあるトコヨさんの声で一番大きな声だった。


「そういえば、二人ともやたらにこにこだったわね」


セーラさんが対戦中を振り返る。


「そうなんです。笑顔を5段階で表していました」


カグヤは可愛い感じの笑顔を見せる。

わたしも大きく頷く。

作戦タイムのとき、カグヤに言われてわたしも驚いた。


1 or 6を出すときは可愛い笑顔

2 or 7を出すときはいい感じの笑顔

3 or 8を出すときはとても良い笑顔

4 or 9を出すときはとびっきりの笑顔

5 or10を出すときは最高の笑顔


わたしとカグヤはこの笑顔を使い分けて、カードの数を伝えていた。


「そんなに笑顔の種類ある?」


トコヨさんが当然の疑問を投げかける。

わたしもそう思っていた。


「それが出来たんですよね。自分でもびっくりしました」


わたしもカグヤも上手に表情を作れるわけではない。

でも、相手の表情は些細な変化も読み取れる。

わたしはカグヤが何を伝えたいか、表情で分かる。

カグヤもわたしが何を伝えたいか、表情で理解できる。

それは、いつも顔を合わせているから。

互いの顔をじっと見ているから。


「サイリ、とびっきりの笑顔をしてみて」

「はい」

「可愛い笑顔をしてみて」

「はい」


わたしはカグヤに言われるままに表情を変化させる。


「どっちも同じじゃない。どっちも可愛い笑顔よ」

「同じように見えるわ」


セーラさんもトコヨさんも分からないようだった。


「私とカグヤでしかできないような些末な表情の変化だと思います。私だって相方がカグヤじゃないと出来なかったと思います」


カグヤはそう説明した。

わたしもそう思う。

カグヤとじゃないと、笑顔だけで5段階の差をつけたものを読み取るのは不可能だったと思う。


「随分と可愛い暗号ね」


セーラさんが感想を述べる。

可愛いかな?

カグヤと顔を合わせる。

カグヤもわたしの顔を見ていた。

カグヤは照れ臭そうに、でも誇らしげに笑った。

うん、可愛いな。


「なるほどね。解読するのに熟練の技が必要なのか。それは強いわね」


トコヨさんはわたしたちに感心していた。

その後も、いっぱい褒めてもらった。

わたしたちが帰るまで、みんなで楽しくお喋りしていた。


「それでは、ありがとうございました」


わたしとカグヤはスタジオから帰ることにした。


「こちらこそ、ありがとね」

「またね~」


セーラさんとトコヨさんに見送られてスタジオを出る。

わたしとカグヤは手を繋いで、歩く。


「楽しかったね」

「ええ」


わたしの言葉に、カグヤは即答した。

カグヤは今回、いろいろ頑張ったみたいで。

その顔には疲れも見えてきた。

でも満足していることは明らかだった。

表情の余裕が違う。


「今日のはカグヤが一番頑張ったわね」

「そうね。これまで暗号をいろいろ調べてきて、その集大成になったわ」


その集大成が、わたしたちのみで通じる表情の暗号だ。

暗号としては汎用性に欠ける。

他の人たちには真似できない。

でも、わたしたちの日頃の絆が試される暗号だった。


「ねぇ、カグヤ」

「何?」

「暗号と謎解きの違いをどう説明したか覚えてる?」


それは夏休みの最初の方にカグヤがわたしに教えてくれたこと。


「謎解きは解くのを楽しむもの。暗号は鍵を持っている人には簡単に読めるけれど、鍵を持っていない人には読みにくいもの。でしょ?」


カグヤはすらすら答えてくれた。


「そう。ここ最近、ずっと考えていたんだけどさ。暗号って恋に似てるなって」

「恋?」


わたしが素っ頓狂なことを言ったせいで、カグヤは理解できていなかった。


「好きな人には気持ちを理解して欲しいけど、他の人には伝わって欲しくないじゃない?」

「それが恋と暗号の類似点?」

「そう。けっこう似てない?」

「ふふ、ふふふふ……」


カグヤは笑っていた。


「どうかしら? 良い発見だと思うけど?」

「しょうもない発見よ」

「え~」

「でも、それを発見だと思えるサイリのことは好きだよ」


おっ。

久し振りに直球で「好き」だなんて言ってもらえた。

カグヤも今日が楽しくて気分が昂揚しているのだろう。


「ねぇ、ちゅーしよ」

「はいはい」


カグヤは背伸びをしてわたしに寄りかかる。

柔らかい唇の感触が重なる。


「んっ」


吐息とともに気持ちが伝わる。

今度は表情を見るまでもない。

暗号の鍵なんて複雑なものはいらない。

この場に一緒にいるというだけで。

カグヤの愛が、わたしには解読できる。




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四季咲サイリの暗号 司丸らぎ @Ragipoke

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