四季咲サイリの暗号
司丸らぎ
第1話 サイリ
「謎解きイベントに行かない?」
夏休み、わたしはカグヤを誘った。
「謎解きイベント?」
「ええ。最近近くに出来たらしいの。一緒に行こうよ」
わたしはカグヤにちらしを見せた。
駅の近くで配っていたちらし。
ちらしにはイベントの要項が書かれていた。
場所、時間、参加費、ストーリー、例題。
その中でもカグヤは真っ先に例題を見ていた。
例題『夏に欲しくなるもの J①MAMJJ②SO③D』
ここはわたしの家。
今日はカグヤが遊びに来ていた。
いわばお家デート。
「……なるほどね」
「もう分かったの?」
「ええ。簡単な方だし」
カグヤが問題を見てからこの間10秒。
「……わたしは解けるまで1時間かかったんだけど?」
「この1問を1時間かけて考えられるのは、考える力がある証拠よ。誇りなさい」
珍しい角度から褒められた。
まぁまぁ嬉しい。
「えへへ」
「顔が緩み過ぎよ。気持ち悪い」
直球でけなされた。
まぁまぁ悲しい。
わたしの名前は四季咲サイリ。
四季を通して咲き続ける才能と理性。
竹原一中の三年生。
ごく普通の女子中学生。
対して、目の前にいる美少女は月乃海カグヤ。
月の海に帰ったかぐや姫。
めっちゃ可愛い。
漆のように深い黒髪。
一つ一つ指で摘まみあげたような目鼻。
こちらの心の奥まで見ているかのようなつぶらな瞳。
指で触っても滑ってしまいそうな白い肌。
わたしの自慢の彼女である。
「カグヤってわたしの顔は嫌い?」
「いや、かなり好きな方よ」
好きな方、ね。
「10段階で言うと?」
「…………」
謎の沈黙。
答えたくないらしい。
「?」
わたしは小首を傾げて答えを催促する。
「……10」
カグヤは悔しそうに言った。
10段階で10。
その答えにわたしは満足した。
「えへへ」
「そんなことはどうでもいいわ。今したいのは謎解きの方よ」
「え~」
どうでもいい扱いされてしまったが、わたしとしてはこっちを本題にしたいくらいだ。
カグヤは一体どれくらいわたしのことを好きなのか。
謎解きよりそっちの方が興味がある。
しかし、カグヤは謎解きのちらしをわたしに突き付ける。
「このちらし、答えが書いていないけれどサイリは本当に解けたの?」
カグヤはわたしに詰め寄る。
話の矛先を謎解きの方に向けて、顔の方に逸らされたくないらしい。
必死で可愛いなぁ。
「答えは書いてないけど、月の名前でしょ?」
「そうでしょうね」
カグヤと意見が一致した。
それなら間違いはないでしょう。
『J①MAMJJ②SO③D』
「これは1月から12月まで英語で並べてみた頭文字ね」
1月:January
2月:February
3月:March
4月:April
5月:May
6月:June
7月:July
8月:August
9月:September
10月:October
11月:November
12月:December
「そうね。中学校で習うレベルの英語で良かったわ」
「カグヤはすぐに思いついたの?」
「ええ。まず問題を見たときに12個の文字が並んでいたから、12個のものって何かなって考えたら1年が12ヶ月が思い浮かんだわ。英語で当てはめたらぴったりだったの」
カグヤが問題を見てから解くまで10秒。
そんなに高速で頭が回ることある?
「というわけで①F ②A ③N となるから答えはFANね」
「団扇かしら? 扇風機かしら?」
英語だとどっちもFAN。
「最近だとハンドファンを持っている人も多いわよね」
「夏場に出歩くなら必需品よね」
今はわたしの部屋のクーラーで涼んでいる。
真夏の昼間。
外は35℃の炎天下。
外出なんてしたくない。
ただずっと家にこもっていてもつまらない。
「というわけで一緒に謎解きイベントに行きましょう!」
わたしはカグヤと二人でお出かけしたい。
「サイリってこういうの好きなの?」
「ええ、好きよ。カグヤも好きでしょ?」
むしろカグヤが好きそうだから、誘ったのである。
駅前で配っていたちらしを見た瞬間にびびっと来るものがあった。
これに誘えばカグヤも喜んでくれるだろうと。
「好きかどうかよく分からないのよね。謎解きにあんまり触れてこなかったから」
「そうなんだ? てっきりよく見ているものだと思っていたわ」
さっきも瞬殺していたし。
「パズルや暗号だったらよくやってきているのだけど、こういう謎解きはやってきていないわ」
「謎解きってパズルや暗号とは違うの?」
言い方の違いであって、本質的には同じものだと思っていたけれど。
「辞書的に厳密な違いは知らないけれど、私は明確に違うものだと思っているわ。私の好きな暗号はこういうものよ」
カグヤには自分のこだわりがあるらしい。
カグヤはルーズリーフにさらさらと文字を書き連ねた。
1分も経たないうちに書き上げる。
暗号ってこんなに早く作れるものなのか?
わたしが受け取ったルーズリーフにはこう書かれていた。
『暗号文:おたけかしものない 鍵:竹取物語』
…………難しくない?
これはわたしが中学二年生の夏休み。
カグヤと一緒に過ごした暗号の物語。
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