第2話 カグヤ

『暗号文:おたけかしものない 鍵:竹取物語』


サイリに暗号文を出題した。

即興で作ったのしては良い出来だ。

自分でも納得のクオリティ。


「さぁ、解いてみて」


私はサイリの表情を眺める。

釈然としないけれど、サイリは顔が良い。

シュシュでお洒落に結んだ茶髪。

整った顔を際立たせる眼鏡。

その奥にある屈託のない大きな瞳。

透き通るようにすべすべの肌。

こんな美少女が私の彼女ということになっている。


「…………」

「どうしたの?」


サイリはペンを持ったまま固まっていた。


「ペンでメモを書かなくてもできそうだなって思って」


てっきり分からなくて固まっていると思ったら。

ペンも不要だったらしい。


「それでできるんだ?」

「まぁ、なんとかできたわ。答えは『おかしたりない』ね」

「正解よ。すごいじゃない」


サイリはあっさり正解してしまった。

もう少し悩むかと思ったけれど、結局1分もかかっていない。

やっぱり頭が良い。


「もっと褒めて?」

「調子に乗るな」


図々しいあたり性格が良いとは言えない。


「それにしても、これが暗号なの?」

「ええ、そうよ」

「ただの言葉遊びじゃない?」

「言葉遊びといえばそうなんだけど。謎解きとは決定的に違う点があるわ」

「そうかしら?」


サイリはぴんと来ていないらしい。

仕方ないな。


「この問題をどうやって解いたか、解説してもらえるかしら?」

「分かったわ」


サイリは説明のためにルーズリーフにペンを走らせる。


「最初に考えたのは、鍵の竹取物語の意味ね。たけとりものがたり」

「そうね。そこから考えるので正解よ」


わたしの名前がカグヤだからか竹取物語には何かと縁がある。

こういう場面でちょくちょく利用している。


「いわゆる『たぬき』みたいな文章よね」

「そう、たぬきよ。ラクーンドッグじゃなくて『た抜き』ね」



日本人にはおなじみのた抜き文。

文章から『た』を抜いて読むという指示。


「たけとりものがたりだから、『たけ』を抜いて読むものだと思ったのね。そうしたら『おたけかしものない』が『おかしものない』になったわ」

「そこまでいったらもう少しね」


サイリは続きも丁寧に書いて説明する。


「ものがたりは『もの』が『たり』。つまり暗号文の『もの』を『たり』に変換するの。そうすると『おかしものない』だった暗号文が『おかしたりない』になるわ」


サイリは私にびしっと指を突き付けた。


「よくできたじゃない」


こんなに短時間でできるとは思わなかった。

しかもちゃんと全て理屈通りに解いている。


「で?」

「で?」

「これが暗号なの?」

「そうよ」

「謎解きとどう違うの?」


ああ、忘れていた。

その説明のために出題したんだった。


「暗号にはね。暗号文と鍵が必要なの」

「さっきの問題なら、『竹取物語』の方ね」

「そうね。もし、さっきの問題で『竹取物語』っていう鍵が無かったら、サイリに暗号は解けるかしら?」

「それは無理じゃない? 『竹取物語』が無かったら、取る字も換える字も分からないわよ?」


この暗号で行う操作は二つ。

『たけ』を取ることと『もの』を『たり』に換えること。

そういう指示があったから解読出来た暗号。


「そう。鍵が無かったら読めないわよね。つまり暗号というのは鍵があれば簡単に解読できるの。逆に鍵が無かったら解読するのはとても大変なの」

「それが、謎解きとの違い?」

「そうよ。謎解きは解くのを楽しむもの。暗号は鍵を持っている人には簡単に読めるけれど、鍵を持っていない人には読みにくいものよ」


私の中のイメージをサイリに説明した訳だけど。

随分複雑な説明になってしまった。

もっと簡単に説明した方が良かった。

ただ、サイリは楽しかったようで。


「さすがカグヤね!」


目を輝かせて感動していた。

サイリが納得してくれたなら良いか。

…………サイリは私が何をしても感動するんだけど。


「というわけで、私は暗号は得意だけど謎解きは苦手よ。鍵がある暗号文は解読するけれど、鍵のない謎解きはよく知らないのよ」

「なるほどね。でも、それなら頭の似たようなところを使っているから大丈夫よ」

「そんなものかな?」

「そんなものでしょ。わたしだって謎解きが得意な訳じゃないし」


確かに得意じゃないことは行かない理由にはならないか。

別に謎解きが出来なくても辛いわけではない。

サイリと出かけるなら普通に楽しいだろう。

なんだかんだいって乗り気になってきた。

私はスマホを手に取る。

スケジュールを確認する。


「いつ行く? 来週ならいつでも空いているわよ」

「じゃあ、この日にしよっか」


サイリと日程を合わせる。

スマホのスケジュールに書き込む。


「よしっ」


私は意気込んだ。


「おっ? やる気になった?」

「ええ。しっかり予習しておくわ」


参考文献を探しておくか。

ネットで探せば出てくるかな?


「学校のテストじゃないから、そんなに一生懸命に対策しないでよ……」

「そう?」


サイリは不思議な目をしていた。

こういうイベントって、日頃の努力の成果を発揮する場所じゃないのかな?

初めてだから雰囲気が分からない。


これは私が中学三年生の夏休み。

サイリと一緒に過ごした暗号の物語。

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