第32話 カグヤ
「暗号の歴史の話をします」
私はサイリに宣言した。
パスワード17の対戦を見学した翌日。
サイリを私の家に呼んで、決勝戦に向けての対策会議をすることにした。
「また歴史から?」
「そう。時は1900年頃。第一次世界大戦の時のお話。科学技術としては電話網も発達しているし
無線の電報も使いだした頃ね」
「本格的に歴史の話なのね」
「当時、ドイツはノルウェーやデンマーク、オランダといった国と通信するために海底ケーブルを利用していたわ」
現代だと物理的なケーブルは手間が大きくてなかなか敷設されない。
無線でネット回線を飛ばした方が楽。
「海底ケーブルって、物理的な電話線みたいなものでしょ?」
「そうよ」
「それだったら、暗号なんて使わなくても良いわよね? そこで普通に会話すれば良いし、他の人に聞かれることはないでしょ」
そう。
海底ケーブルがちゃんとしていれば暗号の必要はない。
ちゃんとしていれば。
「第一次世界大戦が勃発すると、イギリスはドイツに宣戦布告したわ。その効力が発生するとすぐに、北海のドイツの海底ケーブルを切断したの。ドイツの通信の多くを遮断したわ」
「あぁ、そっか。敵国が妨害してくるのね」
「そこで無線を多様することになったけど、無線は不特定多数に向かって信号を送るの。だから届けたい相手以外の、敵国も傍受しちゃう」
「ラジオみたいなこと?」
「そうそう。当時の無線通信はすぐ傍受されちゃう仕組みだったの。そこで重要になってくるのが暗号よ」
「へ~」
歴史上、暗号は戦争のために必要不可欠だったのだ。
「1918 年、ドイツ軍が考案した ADFGX 暗号というのがあるわ。こんなふうに換字するの」
私はルーズリーフに暗号を書く。
『a』→『AA』
『b』→『AD』
『c』→『AF』
『d』→『AG』
『e』→『AX』
『f』→『DA』
……
「これは、どういう法則?」
「aからzまでのアルファベットを ADFGXの中から2文字を選んで表すの。ツツジさんの暗号みたいな仕組みよ」
「ああ、あのローマ字みたいな暗号!」
ツツジさんの暗号
『暗号文:わいをいをほをろれろへいとろへろかほちほをにりほへいれいわいといぬろ→やまもみじあきいろそめてあざやかに』
あいうえお → へ+いろはにほ
かきくけこ(k行)→ と+いろはにほ
さしすせそ(s行)→ ち+いろはにほ
たちつてと(t行)→ り+いろはにほ
なにぬねの(n行)→ ぬ+いろはにほ
はひふへほ(h行)→ る+いろはにほ
まみむめも(m行)→ を+いろはにほ
やゆよ (y行) → わ+いろはにほ
らりるれろ(r行)→ か+いろはにほ
わ (w行)→ よ+いろはにほ
がぎぐげご(g行)→ た+いろはにほ
という平仮名1文字に対して2文字を当てはめて作る暗号。
ADFGX 暗号はそれのアルファベット版。
「この仕組みの暗号は戦時中も使用されていたわ。でも大きな欠点もあったの」
「大きな欠点?」
「この換字表が敵国にバレてしまうと解読されてしまうの」
「あぁ、そうだね」
「味方も換字表がないと読めないから、換字表の受け渡しがかなり大変だったみたいね」
「換字表の受け渡しってどうするの? 無線ではできないよね?」
「ええ。それはスパイみたいな人が直接通信相手の所に持って行くのよ」
「無線を利用するのにも物理が必要なんだね……」
実際にこの換字表の受け渡しは戦時中も大きな問題だったみたい。
換字表を盗まれる対策として、定期的に換字表も更新していた。
換字の仕方を少しずらすだけで暗号としての強度はあがる。
極端な話、換字表を毎回使い捨てにすれば暗号の解読は現実的には不可能だ。
しかし、暗号通信に関わる全ての人に毎回換字表を受け渡すのはかなり手間だ。
「そして第二次世界大戦のときドイツはもっと複雑な暗号を作り出すわ。それがエニグマという暗号機械よ」
「暗号機械?」
「ええ。当時は現代のような精密なパソコンは無かったわ。でもエニグマはキーボードと歯車と電気回路を組み合わせて出来ているの。キーボードに文字を入力することで、暗号化したり解読したりすることができたわ」
「へ~」
「このエニグマの暗号の作り方は、サイリも知っている方法よ」
「わたしの知っている方法? もしかしてヴィジュネル暗号?」
「そう、正解よ。ここで大活躍するのがヴィジュネル暗号なの」
ヴィジュネル暗号。
私達が使ったやつ。
暗号文:じむへがけんやふぼふがほほどべけた
3 1 4 1 5 9 2 6 5 3 5 8 9 7 9 3 2
せみのこえゆめにほのかになつのかぜ
平仮名を五十音順にずらすけど、ずらす文字数を順番に変えていくもの。
「ヴィジュネル暗号ってエニグマみたいな戦時中の重要な暗号にも使われていたんだね」
「そうなの。そしてこのドイツ軍のエニグマをイギリス軍は解読に成功したの」
「おっ? ヴィジュネル暗号って解読できるんだ?」
サイリの目が輝いている。
すごい解読法があるのかと期待している。
「エニグマより高性能のマシンを開発して総当たり攻撃で解読したわ」
「……そんな感じ?」
「細かく説明すると、天才的な工夫がいっぱいあるんだけどね。大雑把に言うと、すごいマシンを開発したってことよ」
「そっか。何か良い解読法があるのかと思った」
「でも大事なことは、高性能のマシンじゃないと解読出来なかったってことよ」
「やっぱりヴィジュネル暗号って強いのね」
というわけで。
私達は決勝戦にヴィジュネル暗号を持って行くことにした。
参考:サイモン・シン「暗号解読」(2001 年 新潮社)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます