第30話 カグヤ
「4つ目の暗号はセーラさんね」
私はモニターからセーラさんの暗号を書き写した。
『暗号文:めのや”そまちぬおきてい”をさゆこよひ
解読文:さゆも”たぬきうぺいをもちしらてよ”く → あきびよりさんぽするひとみなえがお』
解読文を見るといくつか特徴がある。
『も』『よ』に濁点が付いている。
濁点、半濁点を除けば解読前も解読後も17文字。
つまりこれは文字を入れ替えているだけ。
それから濁点はそのままだ。
「おそらくヴィジュネル暗号ね」
「それだったら、何文字ずれているか数えるだけね」
「うん。やっていきましょ」
とりあえず、いつもの五十音表で何個ずれているか数える。
濁点はそのままなので清音だけの表。
あいうえお かきくけこ
さしすせそ たちつてと
なにぬねの はひふへほ
まみむめも やゆよらり
るれろわを ん
さゆも”たぬきうぺいをもちしらてよ”く
あきび よりさんぽするひとみなえが お
36 16 38 22 17 4 43 1 11 42 38 3 20 28 31 14 43
なんだかすごいことになった。
ずれている数字に何の規則性も見いだせない。
これはおそらく外れだろう。
こんな規則性のない数字の羅列を覚えるとは思いにくい。
私でも途中で間違う自信がある。
そう想いながら、暗号文の文字をずらしてみる。
めのや”そまちぬおきてい”をさゆこよひ
36 16 38 22 17 4 43 1 11 42 38 3 20 28 31 14 43
ねけぶゆいなとかつさお”いまてるたね
うん。
やっぱり意味は通じない。
失敗だ。
五十音表が違うんだろうな。
ただ、どう違うかは予想がつかない。
私が作った五十音表みたいに、濁音半濁音を調整しただけとも思えない。
「まったく違うみたいね」
「うん。こうなるとお手上げなんだよね」
このルールは根本的にヴィジュネル暗号が強い。
五十音表の形が通常と違うものなら、もう予測が付かない。
あとは勘に頼って1文字2文字当てるのが限界だ。
「セーラさんもトコヨさんもすごいよね」
「そうね。難しい暗号を使ってきたわよね」
「それに、暗記量もすごいじゃない? モールス信号も、複雑な五十音表も覚えてきたってことでしょ?」
「む?」
私はサイリの言葉に引っ掛かりを覚えた。
ありえるのか?
モールス信号だって覚えるのはかなり大変だ。
もともと知っていることは考えにくい。
このパスワード17のために覚えてきたはず。
それに加えて、変形した五十音表まで完璧に覚えることができるだろうか?
いや考えにくい。
パスワード17の準備期間は長くてもこの1週間のはず。
そんなに複雑な五十音表を暗記できるはずがない。
「そんなかっこいい顔してどうしたの?」
サイリが私の顔を覗いて訊いてくる。
天井を見上げている私が気になったのだろう。
「覚える労力は極力おさえたいはずなのよ」
「?」
もしかして。
「サイリって平仮名を全部書くとき、何から書く?」
「『あ』からでしょ?」
「『い』から全部書ける?」
「いろはにほへと? 全部言えるよ?」
「それだ!」
今までずっとあいうえお順ばかり気にしていた。
でも平仮名を網羅するならいろは歌でも良い。
旧字体を抜いたいろは歌を書き並べる。
いろはにほ へとちりぬ
るをわかよ たれそつね
ならむうの おくやまけ
ふこえてあ さきゆめみ
しひもせす ん
これをもとに解読文がどれだけ文字をずらしているか数える。
さゆも”たぬきうぺいをもちしらてよ”く
あきび よりさんぽするひとみなえが お
1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1
「おお!」
「これで間違いなさそうね」
この暗号は、いろは順に1文字ずらして作成されたものだ。
これをもとに暗号を解読する。
『暗号文:めのや”そまちぬおきてい”をさゆこよひ → ゆうぐれやとりのさえずるあきふかし』
「やったね! 意味の通る文章になった!」
夕暮れや 鳥のさえずる 秋深し
ちゃんと秋の俳句だ。
そのとき制限時間がやってきた。
「終了です!」
スタッフの人が合図する。
プレイヤーの解読時間が終了した。
私達も手を止める。
ロビーに向かう。
プレイヤーの4人が4人ともくたくたの様子だった。
「お疲れ様です」
とりあえずの言葉をかけた。
「『賢者の贈り物』の二人もお疲れ様。みんなの暗号を見てどうだった?」
セーラさんが私とサイリに訊く。
「トコヨさんのモールス信号は解読出来ませんでした!」
サイリが率直な感想を言う。
「あっ、そうよ、トコヨ! あれ、わたしも自信ないんだけど!」
セーラさんがトコヨさんに詰め寄る。
「だって、この間の企画でモールス信号を覚えたじゃん」
「半年も前の話じゃない! あれから1回も使っていないのよ! 覚えているわけないじゃない!」
ああ、トコヨさんはセーラさんにモールス信号を使うって言ってなかったのか。
「動画的にああいう暗号もあった方が良いかと思って」
トコヨさんは可愛らしく舌を出して見せた。
モールス信号は動画映えを意識した暗号だったらしい。
勝つこと以上に色々考えないといけないという知見を得た。
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