第40話 ちょっとの勇気を


何か私に対して呼びかけていたのかもしれない。

あの場にいたのは私だけなのだからそれ十分あり得る。

今更聞きに戻れない。


(う~ん、なんて言っていましたっけ?)


友達が出来ない? そんなことを言っていたような気がする。

それって私と友達になりたかったってことかな?


(そんなわけないか。あんな素敵な人だもの。きっと友達は沢山いるに違いない。)


それとなく会場を見回してみる。

すると先ほどの彼女は誰とも話さず、席に座りお茶をしていた。

見回してみても彼女の周りには人はいない。

ただ、遠巻きに彼女を見ながらヒソヒソと話している人は見かける。


(そうだわ! あの人は黒目黒髪だもの。私なんかよりよっぽど差別されているんだわ。)


同じようにイジメられていた私となら友達になれるって思ってくれたのかもしれない。

それなのに私は逃げるように走り去ってしまった。


(私がそんな風にされたらとても傷ついてしまうわ。……なんてことをしてしまったのかしら。)


どうしよう? どうしたらいい?

先ほどの態度で嫌われているかもしれない。

謝りに行くべきだろうか? それで許してもらえなかったら?

そもそも声をかけて無視されたらどうしよう?


何も決められず、ただ彼女を見ているばかり。


(あぁ、なんて私は卑怯なのだろう。)


彼女を傷つけたかもしれないのに自分が傷つくことが怖くて何もできない。

かといって彼女から目を離すこともできない。

……友達になれるかもしれないという僅かな可能性にすがってしまう。


(あれ? あの人達は……)


先ほど私を囲んでいた3人組が彼女の背後からこっそり近づいている。

主犯格の手には湯気のたったカップが握られていた。


(ま、まさか!?)


主犯格はあきらかに躓いたふりをしてカップの中身を彼女に向かって振りかけた。


(危ない!! ……あれ?)


気が付いたら彼女は主犯格が持っていたカップを手に持ち、主犯格と向かい合って立っていた。


(お茶が彼女に向かって飛び散って……、その飛び散ったお茶はどこにいったのかしら?)


不思議な点はまだまだある。主犯格が持っていたカップを何故彼女が持っているのか? いつの間に立ったのか? そしてそのカップから湯気が立っている――中身はどこから沸いて出てきたのか?


何がなんだかわからない。


主犯格とその取り巻きも同じような顔をしている。


「あらあら? まともに歩くことも出来ないのかしら? もうこぼしちゃだめよ?」


彼女はそんなことを言いながら主犯格の手にカップを握らせた。

ポカンと受け取る主犯格。

そのあと気味悪げにそそくさと逃げ出していった。


遠目で見ていた私にも何が起きたかさっぱりわからない。

けれど彼女が何かをして自らに向けられた悪意を退けたようだ。


(なんだかわからないけど凄い。)


そのあとも3人組は懲りることがなく、今度は3人で紅茶を彼女に掛けようとしたけど結果は同じ。

いつの間にか彼女の片手には3人が持っていたカップが握られていて、先ほどと同じように中身が満たされていた。


「……お茶は席に座って飲むものよ? 今度はこぼさないでね?」


同じようにカップを一人づつ手渡していく。

流石にこの異常さに気が付いたのか3人とも顔が引きつっている。

そしてそそくさと逃げ出していった。


(なんで何度も嫌がらせをしようとするのかしら?)


あの3人が何を考えているかわからない。

えっとプライドを傷つけられたとかかしら? イジメをする方がプライドに傷が付くと思うけど……。「私はイジメをしてやった!」なんて誇れるところは一つもない。


そのあと、何度も3人は彼女の嫌がらせをしようとした。

しかし、そのことごとくが彼女によって防がれた。

3人は段々と何かムキになってしまっているようで嫌がらせも雑で大雑把な物になっている。

最初は座っていた彼女もそれらを防ぐためか席を離れている。

そしていよいよ3人は大胆な行動に出た。大きな皿ごとケーキをぶつけようとしたのだ。


(何時ものようにケーキごと受け止めるのかな?)


そう思っていたけど結果は違った。


ガシャンっと大きな音を立てて皿は砕け、ケーキは床に投げ出されていた。

皿の破片の一部がなんとアンジェリーナ王女殿下足元まで飛び散っていた。

その音で会場はシーンっと静まり返った。


「え? あれ?」


状況の理解が追いついていないのか主犯格が間抜けな声を出す。


「ヴァッカレッツァ伯爵令嬢、あなたは何をしたのですか?」


アンジェリーナ王女殿下から直接問いただされ3人組はおろおろするばかりだ。


「く、黒髪の子が……。」


それだけを絞り出すように言った。


「黒髪? あぁ、コルンブロ伯爵家のルアーナさんですね。あちらの席でお茶を飲んでますよ。彼女がなにか?」


アンジェリーナ王女殿下が指し示すと遠く離れたご自分の席に座って優雅に紅茶を飲んでいる彼女――ルアーナ様の姿があった。


(あの方、ルアーナ様というのね。……じゃなくて! 何時の間に席に!?)


現場からルアーナ様の席まで大分距離がある。とてもすぐに戻れる距離じゃない。

何が起こったか訳が分からず狐につままれたような思いだ。

これは遠目に見ていた私よりも3人組の方がその思いが強いことだろう。


「何を言っているかわかりませんが、私が主催したお茶会で騒ぎを起こすことは許しません。連れて行きなさい。」


3人組は執事やメイドたちに囲まれ会場からつまみ出されてしまった。

これはよく分からないけどとても大変なことだと思う。

きっと帰ったらお父様やお母様にたくさん怒られるに違いない。


(きっとルアーナ様が何かしたんだわ。)


詳しくはわからないけど本当にすごい人だ。


(私もあんな風になれたら……。)


無理なのはわかっているけど憧れずにはいられない。


(せ、せめて話しかける勇気を出さなきゃ!)


私は大きく深呼吸をして、ルアーナ様に近づいく。

先ほどの件でルアーナ様が少し注目を浴びていたこともあって、近づく私にも視線が刺さる。

注目されていると思うと恥ずかしくなる。

だけど、どうしてもルアーナ様とお話がしたい。

しぼんでしまいそうな勇気をどうにか振り絞って、なるべく堂々と歩く。

少しでもルアーナ様によく見られたい!

そう思えば何時もより背を伸ばし、ゆっくり歩けたと思う。


「ルアーナ様……」


席に座っているルアーナ様に呼びかける。


「あら? あなたは……。」


「私はエディッタ・ペートロニッラ・ヴェーナと申します。先ほどはありがとうございました。」


言えた! お礼を言えた! ちょっと声が震えてしまったけど……。

ルアーナ様はそれを聞くと立ち上がり、綺麗なカーテシーをしながら名乗ってくれた。


「ルアーナ・パオリナ・コルンブロと申します。挨拶が遅れ申し訳ありませんわ。」


そう言ってニコリと微笑みかけてくれた。


「よろしかったら一緒にお茶でもいかが? ちょうどこのテーブルは私以外誰もいないの。」


それから二人で楽しくおしゃべりをした。

おしゃべりの内容はなんと「いままでどんな差別を受けてきたか」についてだった。

ルアーナ様の話は差別された話なのにとても面白く話してくれた。

そして共感できるところが沢山あった。

私も自分が受けた差別の話をした。

ルアーナ様は「本当に噂に惑わされる人って愚かよね」と言いながら笑ってくれた。


「本当かどうかわかりもしない噂を真面目な顔であたかも事実のように言うのよ? おかしいと思わない? 大の大人がまるで『お化けが出た~』って騒ぐ子供のようだわ。」


(そうか、差別してくる人たちはおかしな人なんだ。)


楽しい時間はあっという間に過ぎて、お茶会は閉会の時間を迎えた。


「今度また話しましょう。」


ルアーナ様はそう言って次会う約束をしてくれた。

とてもうれしい気持ちで帰路についた。

帰りの馬車の中でルアーナ様と次会ったときに何を話そうかと考えていた時、不意に思い出した。


「アンジェリーナ王女殿下にご挨拶するのわすれちゃった……。」


お母様に怒られる……。

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