第10話 え? 俺なんかやっちゃいました?

◇マチルダ視点


ルアーナは非常に優秀です。

礼儀作法や文字の勉強を受け持っている家庭教師から”天才”と言わせるほどです。

普通はこのくらいの年齢の子供は授業自体を嫌がったり家庭教師の言うことを聞かず、授業がなかなか捗らないものです。

ルアーナの場合、何時も嫌がることなく授業を受け、静かに家庭教師の言うことを聞いてます。

それだけでも驚きなのに、ルアーナは大抵のことを一度聞いたら理解し、実践します。

家庭教師の言葉ですが、小さい子供というのは大人が言った言葉を正しく理解することが難しいものだそうです。

語彙や経験が足りず、何を求められているのか理解できないことが多いそうです。

その場合は根気よくやって見せたり、絵を書いて説明する必要があるそうです。


ルアーナは理解すれば言われた通りに実践します。

言葉や指導内容に分からないところがあれば質問すらしてくるそうです。

ただ、ひとつ気になることと言えば、ルアーナは何時も眠そうにしているようです。

時間を見つけては昼寝をしていると侍女のエルダから報告が上がってきています。

きっと授業を集中して受けているため疲れがたまるのでしょう。


ルアーナとは別の問題も一つあります。

異母兄のセルジュ様は礼儀作法の授業を真面目に受けてくれないそうです。

礼儀作法はじっとしていたり、動きが丁寧でゆっくりしたものも多いのでエネルギーが有り余っている男の子には辛いものがあるのでしょう。

そして何より礼儀作法の必要性を本人が理解できていません。

学ぼうとしていない者に教えるのは非常に困難を伴います。

礼儀作法の必要性など、小さい子供には到底理解できないことです。

なので”そういう物”としてとにかく反復練習で教え込むものだそうです。


ルアーナが優れているため、相対的に普通のセルジュ様が悪目立ちする形になってしまっています。

母のアウグスタ様がルアーナを引き合いに出し、セルジュ様に厳しくあたっているとも聞いています。



そんなことを私室で考えていると「こんこん」とドアがノックする音が聞こえました。


「誰です?」


「エルダです。奥様。」


「入りなさい。」


「失礼します。」


ドアを開け、ルアーナ付きの侍女エルダが入ってきました。


「何用かしら?」


「その……、ルアーナ様が奥様に面会を求めております。」


「面会? 実の子なのですからわざわざ許可など取らなくても会いに来て良いのよ?」


「私もそのようにお伝えしたのですが、礼儀作法の授業で目上の方に会う場合は先触れするようにするよう習ったとのことで……。」


ルアーナは本当に習ったことを正しく理解し、実践しているのですね。

親の欲目なく、本当に天才なのかもしれません。


「わかったわ。ルアーナに『いつでもあなたの都合がよいときに訪ねてきなさい』と伝えて。」


「承りました。奥様。」


エルダが礼をして下がると程なく、ルアーナがやってきました。

エルダがノックをし、ドアを開けると背筋を伸ばししずしずと歩きながら入ってきました。


「ごきげんよう、お母さま。」


そう言いながら多少ぎこちないながらもカーテシーを披露してくれました。


「素晴らしいわ、ルアーナ。でも母に会うのにそのような礼儀作法は無用よ? お父様は国でのお立場があるから必要だけど、私は無位無官……、えーっと礼儀を必要とされる立場にはないわ。」


「そうなのですか?」


「そうよ、礼儀は忘れて子供らしく甘えて頂戴。」


そう言うとルアーナはパッと華が咲いたように笑顔になるとタタタッと私に駆け寄って抱き着いてきました。

私はしゃがんでルアーナを受け入れます。


「わーい! お母さま!」


「可愛い私のルアーナ。」


こうして見ると本当にただの甘えん坊な子供です。


「それで今日はどうしたのかしら?」


「お母さまにお願いがあってきました。」


「何かしら?」


「魔法を教えて下さい!」


「!!」


その言葉に私は息をのみました。

思い出されるのは苦い記憶。

ルアーナに魔力放出の魔道具を着け、魔力枯渇により気絶させてしまった時のことです。

あの時は本当に生きた心地がしませんでした。


「ルアーナ、魔法を使うのはとても難しいことなのです。あなたはまだ幼く、基礎を学ぶのも危険なのです。あなたは覚えていないと思いますが、以前、私はあなたに魔法を教えようとしたことがありました。しかし、その結果、あなたに魔力枯渇を起こさせてしまいました。魔力枯渇は耐えがたい苦痛です。場合によっては命に係わるかもしれません。ですのでもう少し体が大きくなってから……」


「あ、お母さま。魔法自体は使えるんです。」


そう言ってルアーナは手のひらの上に水球を浮かべて見せたのです。


「「え!?」」


エルダと私の驚きの声がかぶりました。


「無詠唱で!? しかも安定して水球を浮かせ続けるなんて……!」


魔法というのは本来詠唱し、発動させます。

精霊や世界の理に呼びかけ、その一端を借り受ける形で行使するものです。

すべて自身の魔力で魔法を構築するには途轍もない魔力量を必要とします。

それより……。


「黒目黒髪のあなたが水魔法……?」


魔力の属性は生まれ持ったのもです。

その属性は顕著に体へ現れます。

髪と目の色。それを見れば属性は分かるものです。

ルアーナは黒目黒髪。

私と同じ闇属性のはずです。


「え? 属性は変えられますよね?」


そう言ってルアーナは水球を氷に、土に、風に、火と次々と変えて見せた。


「そ、そんなバカな……」


私の常識が崩れ去った瞬間でした。

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