第37話 偽乳? いえ、コルセットです。
そんな感じで様々アップデートをしながら日々を過ごしていたらママンに呼び出された。
「え? お茶会ですか?」
なんでもジュリアーナ第一王女が主催するお茶会に参加せねばならないらしい。
本来ならば社交の始まりは12歳からである。
12歳で貴族学校へ通うことになる。
それを機に社交も徐々に始まるというわけだ。
まずは学校内で授業の一環として行われ、最後の卒業時に夜会が開かれ、正式にデビュタントすると言った流れだ。
お茶会などもそこから徐々に始まるものだ。
8歳の私に声がかかるというのはずいぶんと気が早い話だ。
「ジュリアーナ様自身の発案らしいの。ジュリアーナ様は同年代の子供たちに大層興味があるらしいわ。子爵以上の令嬢で8歳~12歳は全員参加とのことよ。」
それはまた大規模なお茶会だな。
礼儀作法などは問題無い。
問題があるとしたらこの黒目黒髪だ。
「ルアーナ、あなたはその瞳と髪の色で周囲からいろいろ言わるかもしれません……。その……。」
あぁ、ママンもそれが心配か。
「お母さま、黒目黒髪が謂れのない差別を受けていることは知っています。でもそれには本当に根拠がありません。そのような噂に踊らされている人は自らの愚かさを周囲に喧伝するだけです。それに私はこの色がとても気に入っています。」
「……そうね。あなたの言うことは何も間違っていません。しかし、周囲から悪感情を向けられるのは思いの他心が苦しくなるものです。」
悪感情ね。確かに多感な時期にそんなものを浴びせられたらキツイかもしれない。
しかし、スルースキルを極めた俺の前では無意味だ。
「ふふふ、心配してくださりありがとうございます。どこのどなたがそのような態度を取ったかはきっちり記憶しておきますね。」
何時か機会が来たらきっちり報復していく所存だ。
「……えぇ、そうね。こちらが弱気になることは無いかもしれないわね。ルアーナ、愚か者たちに隙を見せてはいけません。僅かな隙でもそれを誇張し吹聴して回ることでしょう。姿勢や言葉使いには常に気を付けて。」
「分かりました。お母さま。」
「そう言ったことに加担しない方もいるわ。私の時もそのような方がいました。とても礼儀正しく姿勢が綺麗な方でした。何時も困った時はその方の作法をこっそり真似したりしてましたね。堂々として隙を与えなければ愚か者は大したことは出来ないものです。」
そのあとママンの経験談をいくつか聞いた。
姿勢が綺麗な方の話も教えてもらった。
本当の上位層はそう言ったイジメに参加してこないそうだ。
手口についてもあれこれ聞いた。
女同士のイジメは陰湿と聞いたことがあったが、なるほどね。わざと飲み物をかけてきたり、へんな噂話を広められたりするわけね。
一通り対応策を考えておくとしよう。
そしてママンからもう一つ大切なこととして教わったのがコルセットだ。
今の俺は8歳児なのだからして胸もくびれもほとんどない。
だがそれだとドレスが綺麗に着こなせないらしい。
そこでコルセットで強引に姿形を整えるというのだ。
……つまりニセ乳である。
パッドですらない。固いコルセットで胸の形状を出すだけだ。
中身はスカスカ。
これ何も知らない男子はコルセットで出来た胸の膨らみにドキドキしたりするんだろうなぁ。
なんとも夢のない話だ。
そしてお茶会当日。
場所は王都にある王城の一角だ。
初めて登城したよ。
同年代の子たちと会うのは王子達を除くと初めてだ。
皆一様に胸にふくらみがある。
一部には本当に膨らんでいる子もいるのだろうけど流石にわからんな。
鑑定を使えばわかるだろうがそこまでしてほしい情報でもない。
ドレスという恰好を考えると確かに胸の膨らみや腰のくびれ、お尻の丸みがある方が映える。
しかし、子供が着る分にはぺったんこで凹凸が無くても可愛らしいと思うけどな。
この年代からコルセットで誤魔化していたら男性は結婚し初夜を向かるまでずーっとわからないな。
これも貴族というやつなのだろうか。
いや、この世界でもロリコンが幅を利かせているのかもしれない。
前世でブルマという体操服が小学生女子の標準とされていた時代があった。
あれを定めたのは間違いなくロリコンである。
機能性だけで考え、それが有用だと判断されていたのならば男子も同じようにブルマになっていたはずだ。
女子だけに採用されていたことを考えれば何かしらの思惑があったと疑わずにはいられない。
コルセットもそうあるべきだと定めた変態がいるはずだ。
狙われる側になってみると本当に恐ろしいな。
ロリコンの妄執って奴は。
油断するわけにはいかないな。
ちょっかい掛けられたらすぐに
ロリコン死すべし慈悲はない。
それを考えるとイジメなんて国家的変態行為を前にしては霞んでしまうな。
俺が会場に入ったことで早速周囲から視線を受けている。
ひそひそ話をしながら顔を歪めている奴らがいるな。
聞き耳でも立ててみるかな。
魔力でネットワークを構築し、ひそひそ話している奴らの近くにマイクデバイスを設置する。
うーん、ちょっと抵抗があるな。
魔法を疎外する何かがあるのかもしれない。
まぁ、王城だものな。
何かの警戒網があるかもしれない。
しかし、そんなものに引っかかるような間抜けではない。
きっちり迷彩を施し、妨害魔法・探知魔法系に引っかからないように構築していく。
「やだ。黒目黒髪の子がいるわ。」
「例の子でしょ。混沌の魔女の……。」
「まぁ、あの方まだ貴族に籍を置かれていたの? てっきり卑しい冒険者にでもなっていると思ったわ。」
「それにしてもよくこのお茶会に参加出来ましたわね。恥ずかしくないのかしら?」
「辞退なさらないなんて、厚かましいわね。」
なるほど、なるほどぉ。
レベルが低いな。
まぁ、小学生だと思えばこんなもんか。
悪口を言っている連中をざっと鑑定してみると身分が低いやつらが多いな。
不安なんだろうなぁ……。
お茶会という馴染みの無い環境でさっさと仲間を見つけるには共通の敵を作るのが手っ取り早い。
それにイジメる側に回れば、イジメられる側になる可能性は下がるからな。
仲間を作る簡単な方法ではあるがお勧めはしないぞ?
陰口というのは意外とリスクがある。
誰々があんなことを言っていた、と言った形でそれ自体が噂になる可能性がある。
それに誰かを悪く言うという行為自体が自分自身の品位を下げる。
悪事に対するハードルを下げてしまうのだ。
人を悪く言うという行為はそれ自体が悪事である。
それに慣れると他の悪事に関するラインが下がるのだ。
「これくらいは大丈夫」と考えるラインが世間とどんどんずれていく。
そしてそれを誰も止めてくれない。
最後は法のラインを越えて犯罪者になっているという訳だ。
自動車の運転で考えると分かりやすいかもしれない。
スピード違反は誰もがやっているので実施する心理的ハードルが低い。
時速10kmオーバーくらいは大丈夫、それに慣れてくると時速20kmくらいは……30は……となっていき、最後には人を跳ねるのだ。
スピード違反で人を跳ねたとなればそれが時速10kmオーバーでも世間は許してくれない。
「みんなやっているから!」「これくらいは大丈夫と思った!」なんて言い訳は通用しない。
「取り締まりをやってなければスピード違反はやっていい」と考えるようでは悪事に対するハードルが大分下がった状態と言えるだろう。
そういう人はもう犯罪者予備軍だと俺は思う。
時速10km上がるだけで衝突エネルギーは段違いに上がる。
仮に車の重量を1tと仮定すると時速40kmの場合での衝突エネルギーは60,500ジュール、時速50kmの場合は95,220ジュールとなる。
1.5倍になるのだから引かれた方の生存率もお察しいただけることだろう。
この結果を見ても時速10kmオーバーくらいと言えるだろうか?
話が思いっきりそれた。
ルールや法律を自己解釈で捻じ曲げていくのはリスクを伴う。
悪口も同様だ。
人を呪わば穴二つってこった。
さて絡まれても面白くない。
早速対策その一を発動するとするか。
闘気を全身に纏い、それを薄く周囲へ引き延ばす。
これをされると俺に対し悪感情を抱いていると威圧され、良感情を持つと安心感を感じるのだ。
そのうえで背筋を伸ばし、前を見る。そして淑女らしくふるまう。
どや! 隙が無かろう?
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