第39話 逃げたい

■地味子(エディッタ)視点


私の名前はエディッタ・ペートロニッラ・ヴェーナ 。


私はあまり自分に自信が持てない。


礼儀作法の練習も上手くできない。

お母様から何時も注意されてしまう。


それにこの髪の色。

黒い色は不吉だと言われる。

正確には私の髪は黒色ではない。深い藍色。

だけどそんなの関係ないみたい。

黒っぽく見える髪だったら不吉なのは変わらない。

そう言われたのを聞いたことがある。


お母様は「黒は不吉な色ではないのよ。それにあなたの髪はとても綺麗な藍色よ。」と言ってくれるけど、そう言ってくれるのはお母様だけ。


執事もメイドもお父様ですら「不吉だ」と言う。


ジュリアーナ王女殿下のお茶会。

それに参加が決まった時は、とても怖く思った。

知らない人が沢山いる。

皆きっと私のことを「不吉だ」と言うだろう。


お母様にそう不安を漏らすと一つの話を教えてくれた。

混沌の魔女と呼ばれた方の話。


その方は黒目黒髪で周囲から不吉だといつも言われていた。

だけど、公の場において決して卑屈にならず、いつも堂々とされていたという。

モンスターの襲撃を受けた街を守るため、闇魔術を駆使しモンスターを混乱させ同士討ちにし時間を稼いだそうだ。

そんな活躍をしたにも関わらず、逆恨みされて陰口を言われることは多くなってしまった。

それでもその方は常に堂々と、下を向かずに常に前を向いて美しくあった。

その方は当時とても人気のあったカッコいい伯爵令息から求婚され、幸せな結婚をされたという。


「良いですかエディッタ。人は常に見ています。陰口を叩いた人も、叩かれた人がどのような行動を取ったかも。その方――マチルダ様は常に美しく堂々とされていました。最後に幸せな結婚をされたのもマチルダ様が間違ったことをされていなかったからです。あなたも堂々と美しくありなさい。そうすれば見てくれる人はいるものですよ。」



お茶会当日。

お母様は堂々としていなさいと言うけどとてもそのように出来ない。

嫌悪の視線が私の髪の色に向けられている気がする。

ヒソヒソ聞こえる話声が私の悪口を言っているような気がする。


目を瞑り、耳を塞いでしゃがみ込みたい! そんな衝動にかられる。


とても前を向いて堂々と歩くことなんて出来ない。

俯かないで歩くのがせいぜいだ。

視線から逃れるように速足になってしまう。

こんな歩き方では優雅さなんて感じることは出来ないだろう。


そんな時、会場が大きくざわついた。

皆が視線を向ける先を見ると一人の少女が堂々と、そして優雅に歩いていた。

歳は私と同じくらいで黒目黒髪であった。

不思議と一目見ると目を離せず、視線で追ってしまう。


(凄い……。)


その少女を見る視線の多くは決して好意的なものではなく、聞こえる声も悪意に満ちている。

そんなことはまるで気にしていないようで悠然としている。


(あんな風になれたら……。)


そうは思うものの、私自身に向けられるさげすんだような目で見られると恐怖で震えてしまう。

席についての自己紹介も散々だった。

緊張と恐怖でつっかえつっかえ話したせいで嘲笑されてしまった。


誰からも話かけられず時間が経ち、私をさけるように皆席を立っていく。


(これからどうしましょう?)


招待者であるジェリーナ王女殿下へ挨拶に行かなければだけど、私なんかが行ってよいのかな?


何もせずに帰るわけにもいかず、されど行動へ移す勇気も持てず、席でうじうじと悩んでいたら3人組の少女に声を掛けられた。


「あちらで話さない?」


優しく笑顔でかけられた声につられ、ノコノコとついて行ってしまった先は人気の無い場所だった。


ふいにドンっと押され、木にぶつかりそうになった。

何事かと振り返ると先ほどまでの優しい顔からニヤニヤと嫌らしい表情に一変させ、次々と罵倒を浴びせてきた。

木を背にし、3人に囲まれているので逃げることが出来ない。

髪の色についてバカにされ、そこから人格や存在まで否定されていく。

あまりの言いように私は存在してはいけないのか、とか自分がまるで無価値な存在に思えてくる。


(なんでそんなことを言うの? 私が何をしたっていうの?)


この場からいなくなりたい! 逃げ出したい! なんとか逃げられないか? 

勇気を出して「黒髪じゃない」と否定しても、まったく聞く耳を持ってくれない。


もうどうしたらいいか分からなくなったときにその人は現れた。


「……何をしているのかしら?」


凛とした声があたりに響いた。

黒目黒髪の少女が3人からまるで庇うように私の前に立った。


彼女の存在に気が付いた3人組はギョっとした表情を浮かべ一歩引く。


「……あ、あなたには関係ないわ!」


明らかに同様している主犯格。

黒髪の少女は、相手の主張を一顧だにせずどんどん問い詰めていく。

私が黒髪では無いこと、そもそも黒髪だから何が悪いのか、私が言いたかったことを全て言ってくれた。

最後にはジェリーナ王女殿下への不敬罪まで話が進み、3人組は尻尾をまいて逃げ出していった。


「大丈夫だったかしら?」


そう優しい笑顔で問いかけてくれた彼女。

しかし、私は突然の出来事と緊張のせいで上ずった声で返事をし、バッタのようにお辞儀をしてその場から逃げ出してしまった。

別に彼女が悪いわけじゃない。ずっとここから逃げたいと思っていた。

だからそのチャンスが来たと思ったらつい逃げ出してしまったのだと思う。


去り際に彼女の声が聞こえた気がした。


人の多いところに辿りついてようやく一息つけた。


(あんな目にあったから人目のあるところにいましょう……。)


そう思って元居た席に腰を掛ける。


(あの人は最後になんておっしゃってましたっけ?)

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