第50話 ギルド長は混乱した!


応接室に案内され、ソファーに座って待つ。

家具は華美ではないが、そこそこの質だ。

こういった部屋を備えているということはそれなりに来客があるってことだな。


コンコンとドアがノックされ、執事が返事をする。

ガチャっとドアを開けて大きなおっさんが入ってきた。

いかつい顔にはげた頭、傷だらけの顔、筋骨隆々とした体、それでいて窮屈そうに礼服を着こんでいるのはなんともアンマッチだ。


「ギルド長をしておりますボルドと申します。」


俺も立って挨拶を……


「御領主様が御息女。ルアーナ様である。」


しようとしたら執事がカットインしてきた。

貴族の礼儀で言えば執事が正解だ。

しかし、どうしよう。このままだと俺の望んだ展開になりようがない。


「ギルバード。」


ギルバードってのは執事の名前だ。


「は! お嬢様、何でございましょう?」


「あなたの献身はとても嬉しく思います。しかし、お父様は『冒険者となり常識を学べ』とおっしゃっておりました。しからば、貴族の子女としてではなく『ただのルアーナ』としてこの場に挑みたいと思います。」


「おぉ! ご立派でございます! お嬢様!」


……ギルバードってこんなやつだったかな?

もうちょっと前は黒目黒髪がらみで蔑みの目を向けられていた気がしたんだが……。

いつ忠誠心が天元突破したんだ?


ちょっと鑑定してギルバードの来歴をみたら原因がわかった。


お孫さんが不治の病に倒れていたそうだ。

聖属性魔法でいつもブイブイ言っている神殿すらお手上げの状態。

それを聞きつけたママンが聖属性魔法と俺が考案した陽の気を利用した治療法を両方試し、見事完治させたみたいだ。

(ちょっと前にママンも闘気を習得した)

その時、礼を言うギルバードにママンは俺が治療法を考案したことを話し、俺のおかげだと伝えたようだ。


なるほどね。そこで爆アドを稼いだわけだ。

しかしこのままだとちょっと困る。まさかずっといるわけじゃないよね?


「私は一人で交渉に当たりたいと思います。あなたは帰り、お父様とお母様に私の覚悟を伝えてください。」


「……お嬢様、それではお迎えはいかがいたしましょう?」


「冒険者は貴族と違います。自分のことは自分でやらねばならないのです。」


俺はギルバードの目を見てつづけた。


「貴族ならば馬車も用いずに移動したとあっては『品が無い』と安くみられるでしょう。しかし、冒険者が馬車で送り迎えされたとあっては『物見遊山』と言われ、逆に侮られることになるでしょう。」


「なるほど。確かにお嬢様のおっしゃる通り、下々の者どもに軽く見られては家名に傷がつきますな。では私はこれにて失礼させていただきます。」


深くうなずき、ギルバードは帰っていった。


「ボルド様、失礼しました。」


ボルド氏は俺たちの茶番に静かに付き合ってくれていた。

なかなか忍耐強い人だ。


「……いえ、ルアーナお嬢様。それで本日はどのような御用向きで?」


言葉を慎重に選びながら話ている。

めちゃくちゃ警戒されているね。


「はい。本日は私の冒険者登録をしに来ただけなのです。」


「冒険者登録? お嬢様が?」


一瞬、何言ってるんだコイツ? って表情が浮かんだけどすぐにそれを消して無表情になった。


「はい。当家の者がわざわざギルド長をお呼びしてしまったため大事になってしまいましたが、冒険者登録をしに来ただけです。」


「はぁ。」


思わずっといった感じで間の抜けた声で返事が来た。


「お父様より『冒険者となり、常識を学んで来るように』と言われましてこちらへお邪魔させていただきました。」


「常識? 常識ですか?」


まぁ、そう思うよね。

俺も思ったもん。


「はい。常識です。私は常識が欠如しているようでして、お父様が言うには冒険者をすれば学ぶことが出来るそうです。」


「お嬢様は礼儀正しくとても素敵なレディに見えますが……冒険者にならなければ分からない常識? そのような物はあるのでしょうか?」


常識的な強さらしいよ?


「お父様はそのようにおっしゃいました。」


これが俺の我がままだったら言いくるめて追い返せばよい。

しかし、これが親の言いつけで仕方ない場合では対処の方法がないだろう。


「不躾なお願いで大変お困りかとは思います。ですがご協力いただけますと助かります。」


本当は俺が冒険者をやりたいと言い出した。

しかし、ボルト氏が受け取った情報からはあたかも親父の命令で仕方なく冒険者をやることになった風に見えることだろう。

俺も勘違いさせるように言ったしな。

こうやって上司からの命令で仕方ないんです~ アピールをして他部署に協力をお願いすると結構やってくれる。

ポイントは上司から言質を取ることだ。

それさえあればどっちが言い出したかなんて関係ない。

全部責任を上司になすり付けることが出来る。

自分も被害者なんすよ~ って思わせながら他部署に手伝って貰える。


「えー……、いや、しかし、冒険者というのは荒れくれ者の集まりでして、その……。」


「もちろん全て自己責任でやらせていただきます。こちらにご迷惑が掛からぬようお父様から一筆したためいただいた書状もございます。」


俺はそう言って親父に書いてもらった書状を渡した。

中には、俺の身に何が起ころうが決して冒険者ギルドに責任が発生しないことなどが書かれている。

特別扱いしなくて良いことや、ケガは全て自己責任。他の冒険者が俺に何かしても犯罪以外は決して罰しない等々。


書状を読み進めてボルド氏の顔色はだんだん青くなっていく。

まぁこんな紙切れ一枚じゃ何の保証にもならないとか思っているのだろう。

貴族なんて理不尽だからな。

しかし、ここまで書かれたら断ることが出来ない。

どうしたものか? って気持ちだろう。


「私のことも一冒険者として扱っていただければ結構です。呼び捨てでも『そこの!』でも『おまえ!』でも好きにお呼びください。」


「……お嬢様、いや、ルアーナ。いいか、ここは子供の遊び場じゃない。冒険者になるにはそれなりの実力を見せてもらわなきゃならねぇ。わかるな? えぇ?」


ボルド氏はドスを聞かせた声で脅すように言ってきた。


(おっと! 実力を見せろって? そうそう、冒険者ギルドって言ったらこれだよね!)


「はい!」


俺は満面の笑みで元気に返事をした。

ボルド氏は俺の顔を見てギョッとして「……常識、……常識かぁ」とつぶやいた。

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