第36話 気高き慈愛④
「今日のことはギルドに報告して対策を練るわ。おそらくどの迷宮も同じで魔法陣を破壊すれば付近の街まで被害が及ぶようになっているのでしょうし」
迷宮脱出後、今後の方針をイザベラが話した。
対策、と言ってもすぐに迷宮の破壊には踏み切れないだろう。
街の人を避難させようにも時間はかかる。時間がかかれば迷宮の王は復活する。
この問題に関しては課題が山積みだ。
「それから……改めて謝罪するわ。協力してくれたのに疑ってしまってごめんなさい。お詫びと言ってはなんだけど、約束通りあなたのお願いとやらを聞くわ」
約束、それは迷宮の同行を依頼されたときにこちらが提示した条件だ。
私はお願いの内容を言わなかったにも関わらずイザベラは快諾してくれ、今それを聞き入れようとしてくれている。
その彼女の義理堅さに感謝して、私はお願いを言う。
「そうですね……会ってもらいたい人がいるんですけど、いいですか?」
「? もちろんいいわよ」
了承を得て、私達はその人物の元へ向かう。
行き先はとある村、住民は私達含め3人、会わせたい人物はその村の長。
年端も行かぬ少女、名はクレハ・メイデス。
「ただいまです」
「お帰りーっと……お客さんか?」
見知らぬ女性に気づきクレハは身構えた。まだ外部の人間は苦手らしい。
彼女は外部の人間に身内含む村人を皆殺しにされた過去がある。トラウマになっていてもおかしくないほどの過去だ。
そんな少女に対してイザベラは優しく声をかける。
「初めまして。私はイザベラ・フラム。貴女の事情はエイルから聞いているわ」
「あー……そか。話したんか……」
落胆するクレハ。目線の先には私がいる。
少女は私の口の軽さに辟易したのかもしれない。
自分の知らない人間に、自分の嫌悪する過去を勝手に話される。気を悪くさせても仕方のない行いか。
しかし私も考えなしに話したわけではない。
「すみませんクレハさん。これからのことを考えるとどうしてもイザベラさんには話しておく必要があったんです」
「この先? なんのことや?」
なんのことだかさっぱりと言った表情。
それもそのはず、これは私が勝手に最善と判断し進めた話だ。
しかし伸るか反るか最後に決めるのは少女自身。
あくまで提案、私はクレハに一つの選択肢を提示する。
「クレハさん。イザベラさんのクランに入りませんか?」
イザベラのクラン『慈愛の祈者』はSランク治癒師ギルドの最大手。
私はイザベラにクレハの加入を依頼した上で、クレハにこの案を提示した。
「なんでその提案しよう思たん?」
唐突な話に対する当然の疑問だ。
その答えは以前何気なくした話が起因する。
「クレハさん、前にそろそろ仕事見つけないとって話してましたよね」
「ああ、そんなこともあったなぁ」
「無職、うらやま」
「いや録に貯金もないし、先行き不安なだけやよ……」
「セラの妄言は放っておくとして、あのときから考えていたんです。クレハさんの固有魔法、あれは魔物を操るよりも人を助ける方が向いてると。そしてそれは……治癒魔法に限りなく近い、しかし治癒魔法では助けられない人間すら救える可能性を秘めています」
少女の固有魔法は生命力操作。魔力と生命力を相互変換でき、生命力を他人に譲渡できる。
傷を治す力こそないが、瀕死の人間でも生命活動を維持できる。
魔物の死体を操り軍隊を作るよりも、クレハには人を助ける人道的な力として固有魔法を活用して欲しい。
そんな思いを私は告げる。
「クレハさん。治癒師になってみませんか? あなたの魔法ならきっと、誰よりも多くの命を助けられます」
精一杯のプレゼン。強制するつもりはないが、現状維持で燻っているだけではクレハのためにもならない。
少女に必要なのはきっかけだと私は思っていた。
「んー、随分急な話やなぁ」
「そう……ですよね。すぐに決められなければ考える時間を作っても……」
クレハの芳しくない反応をみて思い直す。
私の思考をクレハが知るはずもなく、寝耳に水で心の準備も整っていない。
まだ心の傷が癒えきっていないのかも、私には分からない。
だから話の決定を延期の方向に持っていこうと考えた。
しかしそんな心配、彼女には必要ないようだ
「でもやってみたいわ。他にやることもないしな」
気持ちの良い決断、その姿を見て、彼女らしさというモノを垣間見たような気がした。
そして、クレハのそんな姿を見て笑みを溢したのは私だけじゃなかった。
「答えは決まったみたいね」
「おう。で、うちはあんたのクランに入って何すればええ? それとも、入るために試験でもするんか?」
前向きに治癒師の道を進もうとするクレハ。
対してイザベラは今一度問を投げかけた。
「その前に一つ、あなたはどうしたいの? 私のクランに入ったらまず何を目指す?」
まるで面接のような質問。
イザベラなりにクレハの人柄を見ようという考えだろうか?
「ん? せやなぁ……まずは村の皆の仇を取る。そんでもって――――幸せになる。村の皆の思いを無駄にせんためにも、な。そのために今はできること増やさなあかんねん」
「そう……」
その答えに満足したのか不満を抱いたのか、微妙な表情で顎に手を添える。
その考える様子を見てクレハが困っていると、次いでイザベラは質問した。
「確認したいのだけれど、村の家屋っていくつか借りられるかしら?」
「ん? ええけど何に使うんや?」
村の家屋は先住民の遺産。私とセラも遺品整理した後の家屋を一つ借りている。
その他の家屋については少しずつだが整理を進めているみたいだ。
そしてクレハの逆質問にイザベラは答えた。
「スリウス村に『慈愛の祈者』の拠点を一つ構えるわ。私もしばらくこの村で活動しつつ、貴女の教育をする」
「は?」
「え?」
「おおー」
イザベラの発言に私達は三者三様の反応を示す。
拠点を構える。クランの代表が駐在する。その二つは事業の観点から考えれば簡単に決定していいことではないはずだ。
「イザベラさん、大規模クランのトップですよね?」
「そうね。構成員数は1520人よ」
「すっご……いや、ならなおさらですよ。帰らなくていいんですか?」
「大丈夫、うちの幹部は優秀だから私がいなくてもクランを上手く回してくれるわ」
謎に自信げなイザベラ。
しかし彼女の大丈夫は全然大丈夫に聞こえなかった。
彼女の幹部とやらは見たことないが、きっとこの自由奔放なリーダーに苦労させられていることだろう。
次いでイザベラは意思を表明するように、クレハに声をかける。
「それに、頑張る女の子に貸す力は惜しまないわ。絶対にあなたの力になって見せる」
心強い言葉、彼女の一言からは大規模組織のトップにふさわしいカリスマ性を感じられた。
イザベラのような器の大きい人間の元なら、雇用者も不幸にならずに済むのだろうか……。
対してクレハは目を見開き、すぐにその目を伏せて、控えめに言う。
「……協力してもらっても何も返せへんよ?」
「構わないわ。報酬は……目の保養ってことで」
「おお……よう分からんけどあんたも変な人ってことだけは分かったわ」
「おもしれー女」
クレハの憎まれ口。それは照れ隠しか、イザベラを嫌悪する気配は感じなかった。
そしてまたも切り替えの早さを見せるイザベラ、立ち上がりクレハの肩に手を置く。
「と言っても、手続きも必要だし一度この子を本部に連れて帰るわね」
「ええ……いや急に言われてもうちにも準備が……」
連行されそうになり戸惑うクレハ。
目を泳がせる彼女を見て、その迷いの理由を私は察する。
村を離れることが怖いのだろう。
しばらく村を出ていなかったから、知らない地に一人で向かうのが不安なのか。
村を守り続けてきたから、村から目を離すのが心配なのか。
私の想像通りならば、彼女の安心の一助になれるかもしれない。
「大丈夫ですよクレハさん。村は私達が守りますから」
クレハは私の声を聞き、私の目を見て、顔を綻ばせた。
「……せやな。じゃーちょっと行ってくるわ」
「また会いましょう。エイル、セラ」
「はい。二人共お気をつけて、行ってらっしゃい」
「いってらー」
出会いと旅立ち。
現状維持は幸福に生きる簡単で最善の方法かもしれないけど、目標があるならいつかは変わらなければならない。
辛い過去があれど前を向き、変わるきっかけを逃さず目標へと歩みを進める。
その姿が忘れられない。この感情に見合った言葉があるのなら、それはきっと尊敬だ。
私は今、クレハ・メイデスに尊敬の念を抱いている。
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