第53話 声絶の魔導師⑩

 あの戦いからしばらく経過した。

 突然消え去った精霊バラキスはあれから姿を現さない。

 また襲ってくることも考えられるため、私は対精霊用の魔法陣開発を続けている。


 あの戦いで、イゼル達は仲間を失った。

 裏切った仲間の死に対して、彼女らの心中は分からない。

 共に生活する中でイゼルは時折暗い顔も見せたが、私に対してはずっと明るく振る舞っていた。

 

 そして、約束の日を迎えた。


「今日で1ヶ月、ですね」

「うん。二人が迎えに来てくれる予定だよ」


 解呪魔法陣作成の報酬金減額のために1ヶ月間私の下で働くこと。

 そんな契約関係から始まった生活だったが、契約以上に私達は良い関係を築けたと思う。

 少なくとも、別れを惜しむ程度には。 


「エイルさん。良ければなんだけどさ、私達のパーティに入って貰えないかな?」


 勧誘提案。どうやらイゼルも私と同じ気持ちらしい。

 彼女らと冒険者として生きてみるのも悪くないと思う。


「ムドウが居なくなって3人になっちゃったし、もちろんセラさんも一緒にさ」

「イゼルさん。お誘いは嬉しいのですが私は他にやるべきことがありますので」

「そっかぁ……」


 丁重にお断りする。

 私は魔法陣技師として生きると決めた。

 精霊を滅ぼすという使命もある。

 心苦しいが、冒険者稼業に割いている時間はない。


「でも、離れても友達でいてくれるよね?」

「もちろんです」


 そう答えると彼女はまた笑顔を見せてくれた。




 しばらくするとイゼルの迎えが来た。

 パーティリーダーのリックともう一人。

 私と同じく元AIの転生者、ライカだ。


「エイルはまだ続けてる? ……精霊を殺す使命」

「はい。使命ですから」


 ライカの問いかけに即答する。

 私の生みの親、永留美亜には随分と会っていないが彼女への想いは変わらない。

 逆にライカはどう思っているのだろう、そう考えているとライカは口を開いた。


「私は……休憩中、かな」

「休憩?」

「今の幸せ、壊されたくないから……もう少しだけ」


 今の幸せ、そう言いながらライカは仲間の二人を見る。

 ライカは昔と比べ随分と変わった。

 彼女は悲しみの感情を恐れ、人と仲良くなることを避ける節があった。

 そんなライカを変えたのは言わずもがな……。


「……ダメ、かな?」

「いいんじゃないですかね? 幸せに生きることを責める人なんて誰も居ませんよ。大切にしてください。折角手に入れた人生なんですから」

「うん……ありがと」


 優しく微笑み礼を伝えてくれる。

 するとライカはお返しのつもりなのか私に告げる。


「エイル、もし何かあったら……私の名前呼んで。エイルの声……記録してるから」

「おお……嬉しいですけど盗聴は程々にしましょうね……」

「じゃあちょっと控える……それからもう一つ……教えてあげる。精霊の情報」

「え、何か知ってるんですか!?」


 するとライカは側まで近寄って、内緒話でもするように耳打ちしてきた。

 それは彼女だけが知り得る、精霊の居場所の情報。

 向き直り、正面から礼を返す。


「ありがとうございます。行ってみます」

「気をつけて……ね」


 小さく手を振って、ライカは仲間の元に向かった。




 イゼル達と別れを告げ、家に戻るとセラが待っていた。


「エイル、おはよ」

「夕方ですけどおはようございます」

「帰ったんだ。イゼル達」

「1ヶ月経ちましたので。……少し、寂しくなりますね」

「そだね。既にかなり静か」

「あはは、確かに」


 イゼルが居た頃は四六時中家が賑やかだった。

 セラとも会話はするが、イゼルとの会話量はその比じゃない。

 明るく喋りが好きな、楽しい人と友人になれて良かった思う。


「貰ったんだ。お金」

「はい。約束ですから」

「友達からは貰わないとか言うかと思った」


 セラは見ていたのは私の手に持つ麻袋。

 リックから受け取った解呪報酬だ。

 イゼルのタダ働きで減額したものの、彼は約束通り1ヶ月で大金を用意してくれた。


 そしてセラの言うことも分からなくはない。

 友の呪いを治すのに金銭を要求するのは憚られるものだ。

 それでも……。


「そうですね……今回の場合は稼ぐこと以上に、価値を下げないことが大事だと思ったので」

「価値って魔法陣の?」

「それもですが……幸福の価値が下がるんですよ」

「幸福の価値?」


 イマイチ分からないといった顔でセラは首を傾げる。

 私もうまく説明できるか分からなかったが、自分の思考をなんとか言葉にする。


「リックさんはイゼルさんを助けるために努力して対価を用意した。私がそれを受け取らなければ過程が無に帰すでしょう? それは尊ぶべき善意を台無しにする行い、対価を伴わない施しに人間は幸福を感じないのですよ」


 言ってセラの顔を確認すると、納得しているかは微妙な顔だった。

 理解していても半分程度か?とも思われたが、彼女なりに解釈してくれたらしい。


「ふーん。よく分かんないけど、ようするに人間が愚かだってことだよね」

「他人事じゃないですけどね……私自身も愚かだと思いますよ。結局幸福の価値を下げたくないのも人を幸せにしているという実感が欲しいだけ。ただのエゴですし」

「やーい愚か者ー」

「今一番愚かに見えるのは間違いなくセラですけどね……」


 ふざけるセラに小言を言う。

 そんな会話をしていると、なんだか随分久々に元の生活風景が帰ってきたように感じた。







 冒険者の日々が帰ってきた。

 声を取り戻し帰ってきた日常、けれど一人欠けてしまった。

 ムドウは私達と共に過ごすのが苦痛だったのだろうか?


 ライカが彼を殺めたと聞いたときは、少し複雑な気持ちだった。

 しかし私の主観にはなるけれど、本心を打ち明けたムドウの姿はどうにも生きるのが辛そうに見えた。

 不の感情を溜め込み、与えられた呪いの力に呪われて、仲間を裏切らざるを得なくなったようで。

 ライカのそれも、彼女なりの救いだったのかもしれない。


 ムドウを許すことはできないけれど、不遇な過去に同情する気持ちもある。

 もし私にできるのなら……この世界の魔導師の在り方を彼の許せる形にしてあげたいとも思っている。


 そうしてパーティメンバーが一人減った分は私が頑張ろうとも思った。

 皆のおかげで声を取り戻せたのだから。


 彼らと共に戦える。

 負い目無く勝利の喜びを分かち合える。


 不自由無く会話ができる。

 連携のための掛け声も、他愛もない日常の話も。


 挨拶ができる。

 朝のおはようが言える。

 眠る前のおやすみが言える。

 感謝のためにありがとうが言える。


 ほんの些細なことで幸せを感じられた。

 でも一番嬉しかったのは、思ったことをすぐに伝えられること。

 歌いたいときに歌えること。

 私の思いを彼に伝えられること。


「ねえ、どうかな? 久々の私の歌、変じゃない?」

「変なわけっ……その、変わらず綺麗な声だよ」

「そっか、よかったぁ。私も好きだよ。あなたの優しい声」

「……うっせ」


 照れくさそうにしながらも、私が喜ぶ言葉をくれる姿が愛おしい。

 声を失わなければ気づけないこともあった。

 好きって言われるより、好きって言えることの方が幸せだなんて。


 今度は失くさないよう、大事にしていこう。

 私と皆を繋げてくれるこの声を。




 一人静かな空間で、届かぬはずの声を聞く。

 聞いているだけで恥ずかしくなるような甘酸っぱい声。

 仲間達の幸せそうな声。


「うん。いいね……青春の音」

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人工知能、転生 ~魔法陣技師のHellow World~ 独身ラルゴ @ralugo

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