第52話 声絶の魔導師⑨
巨大な魔物が霧散し、小型のゴブリンが数体形作られた。
魔物の下敷きになっていた精霊バラキスは不満そうに立ち上がる。
「のー。ムドウくんが殺されたの」
「……たぶんライカですね」
この場にライカが居ない理由を考えれば予想するのは容易だった。
裏切りの仲間をどう処断するかは彼女ら次第、部外者が口出しすることでもない。
「せっかく逃したのに……腹立つから八つ当たりしてやるの」
「お好きにどうぞ。できるものなら」
「言質取ったの。じゃあこうしてやるの。"ヨイヤミ"」
動きが鈍くなりつつあるゴブリンをあしらっていたところだった。
その内目の前の一体がバラキスの手の動きに合わせ変化を見せた。
膨張、爆散。生命の形を崩し、闇の塊が露出した。
「また大きくするのですか?」
「魔物にはしないの。だって、形無い魔法にすれば殴れないの」
闇はそのまま襲いかかってきた。
回避のため方向転換するも、避けきれず左手に纏わりついた。
「む……左手の中に……」
「言ったはずなの。あたしの闇魔法は生きてる。だから生き物に取り憑けば……その支配権はあたしのモノになるの」
すると左手は私の意思に反してゆっくり動き出す。
抵抗しても徐々に首元へと自身の手が迫ってくる。
「なるほど……」
それに対応するように、左手を右手で掴む。
そして力一杯左手を引っ張った。
ゴリッという音の後、左手の動きは静止した。
「の!? お前頭おかしいの? 自分の腕を破壊するなんて……」
「関節を外しただけ……のつもりでしたが、勢い余って骨を折ってしまったかもしれませんね。それでも痛みが大したことないのは闇黒魔法とやらのおかげでしょうか」
取り乱す精霊に対し努めて冷酷に返す。
痛みがないわけではない。
しかし何故だろう、精霊を前にすると酷く合理性を最優先してしまう。
これが使命に駆られた本能というやつなのか。
「けど自分で体を壊してくれるなら、同じことを繰り返せば良いだけなの」
「……繰り返せるといいですね」
「? どういう意味なの?」
「私はむしろ、未だに魔法が使えているのが不思議なくらいですよ」
私の言葉にバラキスは使役していた魔物の様子を注視する。
見て、操作して、首をかしげる。
「魔物の動きが鈍い。闇黒魔法の出力が落ちてるの?」
「ようやくですか」
「何を……まさか、最初の魔法陣のせいなの?」
バラキスの出した解答に模範解答を示すために、懐から一枚の紙を取り出す。
それは開戦時に起動しておいた魔法陣だった。
「ご名等。この魔法陣は一定範囲内の微精霊を逃がす魔法、精霊と言えど微精霊がいなければ魔法も使えないのでしょう?」
「……むぅ。確かにあたし達の回りだけ異様に微精霊が居ないの」
「そして、私が最初に発動した魔法陣は一つじゃありません。当然微精霊避け魔法陣の有効範囲外に置いてきました」
「の? …………っ!」
「今更逃げても遅い。私の狙いは魔物なんかじゃなく最初からあなた一人ですよ、バラキスさん」
開戦時に発動し地面に置いた魔法陣、それが今や強い光を放っている。
その光指す方向にいるのはバラキス、彼女もそれに気づき回避行動に移ろうとする。
しかし一瞬遅い。
時間差での魔法発動、魔法陣から何十本もの矢が射出される。
ドスっ、と鈍く響く数度の音。
バラキスは逃げ切れず、そのうち数本に背を射抜かれた。
「ぅっ……づぅ、こんな、矢なんか……」
「ただの矢なわけないでしょう。魔法名"ボムアロー"。その名の通り、弾けますよ」
「のっ……!!」
バラキスに打ち込まれた部位が不自然に膨らみ、爆ぜる。
矢が弾けたのは先端部分、つまり体の内部で爆発が起きたのだ。
結果、バラキスの体は腹部から胸部付近に大穴が空いた。
それと同時にバラキスが作り出した魔物も霧散した。
しかしそれは、バラキスの死を意味しているわけではなかった。
「ふむ。微精霊がいなければ精霊の"魔法で死なない"という性質も超えられるかもと思いましたが……そういえば精霊は体内で微精霊を生成できるんでしたね。私も詰めが甘い」
既に再生が始まっている童女の体。
精霊は魔法で死なない、それは身を持って知っていることだが、その事実を目の当たりにするのは久々のことだ。
「すごく痛いの……の? あいつはどこに……」
顔面の再生が完了しかけ、ようやく視界を取り戻したバラキス。
しかし敵の姿が見当たらない。
辺りを見回そうと振り返ろうとした次の瞬間、腹部に強い衝撃が与えられた。
見れば何者かの拳がみぞおちにぶつけられている。
「ぉ゛……!」
「魔法で殺せないなら仕方ない……殴り殺すとしましょう、か!」
「の゛ぉ!」
両拳を合わせてバラキスの頭上めがけて振り下ろす。
たまらず地に倒れ、立ち上がりを試みる童女。
その余裕は与えんと蹴り飛ばしてやる。
「幼い少女の姿なら手加減されると思いましたか? でも残念。私はどんな姿だろうと、精霊は死ぬまで殺します」
「がっ……ぁ……!」
踏み潰す。
顔面を、頭蓋を、骨が砕けても執拗に。
体を跳ねさせて逃げようとしても追い尽くす。
再生されかけの体を徹底的に破壊する。
「……ムゴいな」
「うん……あんな冷たい顔のエイルさん、初めて見た」
後方から小声で聞こえたが、構わず攻撃し続ける。
しかし相手もやられるばかりではなく、呻きながらもアクションを起こした。
「ぉ゛……ぁあ゛! よ゛……ヨルノムレぇぇえ!!」
「む……!」
醜い姿を隠すように吹き出す黒いモヤを見て、瞬時に飛び退く。
やがてモヤから形成された魔物が彼女を守るように囲う。
「許さない……絶対に殺して……!」
血まみれの顔面を憎しみに歪めながら治癒魔法をかけていた。
やはり物理攻撃ならば精霊を殺せるということか? しかしそれにしては頭蓋を砕いたというのに未だ動けるというのはタフ過ぎる。
精霊を殺す魔法の開発、その研究の一環として今回作った魔法陣も試したが結果は失敗。
次はどう殺すか、そう思考を始めた瞬間だった。
「…………え?」
自身の目を疑った。
血液を撒き散らし、再生仕掛けていたバラキスの体。
ずっと目を離さずにいたはずだった。
「消えた……?」
しかし今、バラキスの肉体は私の視界から完全に消え去っていた。
◇
「は?」
一瞬のうちに景色が一変した。
暗い夜空の下で対峙していた魔方陣技師がいない。
「これは召喚魔法……誰があたしを……」
今見えているのは見慣れた景色、光に満ちた精霊の住まう拠点。
辺りを見渡すと、一つの人影が見つかる。
「お前は……セラ! なんで勝手に呼んだの? あたしはまだ負けてないの!」
勝負に横槍を入れられ激しく苛ついた。
しかし目の前の精霊、セラフィウスはそれ以上の怒りを露にしていた。
胸ぐらを捕まれ、顔を至近距離まで近づけられる。
「そんなのどうでもいい。エイル・ミズリアの抹殺は私に一任されてる。何で手を出した?」
「それは……ちんたらやってるセラが悪いの。落ちこぼれには任せてられないの」
勢いに気圧され顔を背けてしまったが、こちらも引く気はない。
謎の精霊エイル・ミズリアを殺すのは最早精霊の間では共通の目的なのだから。
「はぁ……確かに私は
「っ……最強の精霊、白帝セラフィウス……」
対面相手の以前の異名を思いだし、一歩引かされる。
能力を失う以前の彼女は、次期大精霊候補と呼ばれるまでに抜きん出た才能を持っていた。
「…………大精霊様には勝てないくせに」
「それ、今関係ある? バラキスは私に勝てる?」
「……ごめんなさいなの」
「何に対する謝罪?」
追い詰めるような質問攻め。
彼女があたしに何を言わせたいかは分かっている。
「むー……分かったの! エイル・ミズリアには二度と手出ししないの!」
「ん、おけ」
満足そうに頷き、胸ぐらを離して去っていく。
ただの口約束、しかし破ればどんな目に遭わされるか。
何もできず、ただ溜め息を吐く。
「……ほんとムカツク奴なの」
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