第51話 声絶の魔導師⑧

 4枚の魔法陣を起動、魔法が完了し紙が崩れてゆく。

 それと同時に、男の手足に刻まれた刻印が消え失せる。


「解呪完了です。手足に異常はありませんか?」

「問題なく動く。助かったよ」

「それは何より、では行きましょうか。イゼルさんが呼んでいます」


 4人パーティのリーダー、リックを連れて移動する。

 イゼルとライカ、加えて仰向けに寝そべるムドウの元へ合流する。


「お疲れさま……リック」

「いや俺は何もできなかったよ……だからイゼル。ありがとう」

「うん。本当はリックにもたくさん話したいことあるけど、今は先に聞きたい話があるよね」


 3人が頷きあい、一箇所に視線を集中させる。

 その先には気力を失い起き上がる様子もない中年男性の顔があった。


「教えてもらうぞムドウ。裏切った理由」

「……話してどうする。どうせお主らには理解できんよ」

「それでも……聞かなきゃ納得もできない」


 落ち着いて話しても和解する意思は感じられない。

 今までのように笑い合うことは、できそうにない。


「ねえムドウ。さっき"魔導師が憎い"って言ってたけどそれと私の声を奪った理由、何か関係してる?」

「……ああ。ワシは魔導師が嫌いだ。魔導師なんて職業がなければ……セツナが死ぬこともなかった」


 3人はセツナという名前に聞き覚えがあった。

 それはムドウが過去に語ったことのある、彼の娘の名前だった


「娘は魔導師に憧れた。生まれつき魔力障害の病を持っていたのに、あの子は夢を諦められず魔法学校に通い続けた。そして娘は……魔導師になる夢と、魔導師の作った環境に殺されたのだ」


 心底悔しそうに顔をしかめるムドウ。

 その視線の先は虚空を仰ぎ、続いてイゼルに向けられる。


「ワシは憎いよ。娘の病を治せなかった世界が、娘を苦しめた世界が。その世界の中心にいる魔導師という存在が……イゼル、お主が声を発するだけで酷くストレスを感じる。呪うだけじゃ足りない。ワシは今心の底から、お主の喉を引き千切ってやりたい」

 

 仲間に向けられた殺意の申告。

 しかし今のムドウにその余力は明らかにない。

 かける言葉が見つからず沈黙するしか無かった……イゼル以外は。


「言いたいことはよく分かったよ。でも身体不自由な人の苦しみが理解できるならさ、分かるでしょ? ……私も、ムドウのことは許さないよ」


 被害者としての糾弾。

 疑いようのない本心からの言葉は、半端な同情よりも深く響く。


「そうじゃろうなぁ。セツナも自分を責めるくらいなら……親のワシを責めてくれればなぁ……」


 消え入りそうな声で呟く。

 消えぬ娘の幻想をいつまでも追いかけて。

 彼の優しさを再び垣間見たリックが聞く。


「ムドウ。一応聞くが、もう一度仲間になる気はないか?」


 ムドウは目を見開いた。

 一瞬迷うように目を細め、やがて瞑る。


「……バカか。ワシの想いは変わらん。寝首をかかれたくなければさっさと殺せ」

「そうか……」

 

 幻想を見ていたのはリックも同じだった。

 4人での日々を忘れられず、あの頃に戻れないかと。

 

 それを拒絶したムドウは無防備に体の力を抜く。

 その姿を救いを求めるようにも見えた。


 ……救いの手は、予想外の方向から差し伸べられた。


「殺しちゃダメなの」


 突如現れた新たな声、新たな姿。

 ここにはリック率いる元4人パーティに加えてエイルしか存在しないはずだった。

 6人目はいつの間にかそこにいた。

 その顔に見覚えがあったのは、ムドウだった。


「お主は……呪印魔法をくれた……」


 その言葉に反応し、ムドウ以外の全員が一歩飛び退く。


「こんな小さい子がムドウに?」

「呪印魔法……こいつのせいで……!」


 ある意味では騒動の元凶、ムドウの裏切りのきっかけ。

 黒髪の童女は言う。

 

「ムドウくんはあたしが契約した数少ない人間なの。折角作った駒を失うのは惜しいの」

「駒、か。小娘が随分生意気なことを言ってくれるわ」


 憎まれ口を叩くムドウだったが、その体を起こす気配はない。

 体のダメージは大きく、最早自力での脱出は困難と童女は判断した。


「だからとりあえず逃がすの。"ガンアルタウイーテ"」


 童女の手がムドウに触れた瞬間、地面が光輝いた。

 その光に吸い込まれ、ムドウの体は消え去った。


「お前、ムドウをどこにやった!!」

「ハウスに逃がしただけなの」

「どうやって……!」

「転移魔法、ですね」


 動揺無く、冷静に回答したのはエイルだった。

 彼女が答えられたのは、その童女と似た存在を見たことがあったから。


「人間が知らない魔法。加えて人間に固有魔法を与える存在……あなた、精霊ですね?」

「うん。あたしはムドウくんと契約して固有魔法をあげたの。ムドウくんは契約通り、エイル・ミズリアの元に私を案内してくれた」


 追い求めてきた存在。

 それはお互いに言えることだった。


「大精霊ラフィアス様の娘、名はバラキス。エイル・ミズリアを消しに来た精霊なの」

「私も会いたいと思っていましたよ。ちょうど試したかったんです――――精霊あなたたちを滅ぼすために開発した魔法を」







 2枚の魔法陣を持ち、両方の魔法を起動。

 魔法陣は発光状態を維持する。

 その紙の片方を地面に置き、もう片方を懐に仕舞う。


「2枚の魔法陣? なんの魔法なの?」

「内緒です」

「む……まあいいの。どんな魔法でもあなたを消せればそれでいいの」


 言いながらバラキスは掌から何かを発生させた。

 黒いモヤのような謎の魔法。


「黒い……闇魔法ですか?」

「ただの闇魔法じゃないの。あたしの闇魔法は生きているの」

「魔法が生きている?」


 闇魔法は謎の多い魔法だ。

 人間から見れば光を遮るだけの魔法、しかし闇魔法自体に魔物の引き寄せる性質があるらしく、使用者が少ない魔法。

 その上ただの闇魔法ではないと言われれば最早予想もつかない。


「見せてあげるの。――――闇黒魔法、"ヨルノムレ"」


 童女は手を動かし闇魔法を操作する。

 黒いモヤは密度を高め、次第に形を成す。

 すると闇は急に弾け、闇の中から蠢く何かが現れた。

 その姿は、この世界ではゴブリンと呼ばれるモノに近かった。


「これは……魔物が生まれた!?」

「あたしの魔法は魔から生を産む闇黒魔法、大精霊様から授かった名は"闇帝バラキス"」


 自己紹介をしながらバラキスは次々と魔物を生み出す。

 通常のゴブリンとは違う異形の姿、強化でもされているのか。

 数が5体にまで増えたところでバラキスは動いた。


「さあ、エイル・ミズリアを攻撃するの」


 号令に従い、5体の魔物が動き出す。

 それを後方から見ていた二人が声をかける。


「エイルさん! 私達も援護を!」

「せめて魔物だけでも俺たちに……」


 助けられた恩を返そうと、助力を申し出てくれるイゼルとリック。

 しかし、私はそれを遮るように返答する。


「いえ、必要ありません。この程度なら魔法陣も不要です」


 魔法陣以外の武器は持ち合わせていない。

 あるのは自身の肉体と、生まれたときから持っていた特異の力。

 その力の名を口ずさむ。


「スプーフィング、起動ラン


 久方ぶりのスキル発動、次いで襲いくる敵を目視する。

 連携するでもなく闇雲に突進してくるのみ。

 それを軽く受け止め、一体一体蹴り飛ばす。


「むう……魔法も使わず野蛮なの。見た目によらず脳筋なの?」

「失礼な。ちゃんと脳細胞で構築されてますよ」


 童女の煽りを魔物の攻撃のついでに受け流す。

 転生時に与えられたスキル、"スプーフィング"の能力は身体強化。

 目視した敵の身体能力や魔力、所謂ステータスを自身に上乗せする。

 つまり、単純な力比べなら必ず相手を上回るということ。


「数を増やそうが無駄です。その数だけ私は強くなる」

「ふーん。なら量より質、もっと大きいのをぶつけるの。"ヨルノツドイ"」


 彼女が魔法を発動すると、目の前のゴブリン達が黒いモヤに変化した。

 その黒いモヤ達は一つに集まり大きく、そして形を作る。


「ヒュージゴブリン。踏み潰せなの」


 出来上がったのは一体の巨大なゴブリン。

 その体格差は2倍以上、"スプーフィング"では体格まではコピーできない。

 魔物が大地を踏み鳴らしながら接近してくる。


「……こんなに大きくして良いのですか?」

「む? どういう意味なの?」


 疑問顔の童女を横目に、眼の前の敵を見据える。

 迫りくるゴブリンの足裏、その重量で踏まれれば無事では済まないだろう。

 しかし大きくなった分動作は鈍く隙が多い。

 攻撃を避けつつ、懐に入り腹部に手を当てる。


「こういう手合は殴るのではなく……押す」


 触れた部位に力を一気に込めるゼロ距離打撃。

 重心の変化に大きく後退し体勢を崩すゴブリン。

 その大きな体躯を揺らし、倒れた先には童女がいた。


「の!? のぉぉっ!!」


 魔物の体に押しつぶされる小柄な精霊は悲痛な叫びをあげた・


「武術の真似事、意外と上手くいくものですね。」

「すごいな……魔法陣なしでもこんなに強いのか」


 倒れる伏す精霊と魔物を眺めていると、後方で様子を見ていたリックらが近づいて声をかけてきた。


「お褒めに預かり光栄です。が、そんなことよりあなた達は仲間の心配をしてください」

「仲間? ムドウのことか?」

「……ううん。エイルさんが言ってるのはたぶん……」


 仲間の心配、というのは皮肉などではない。

 彼らがムドウを仲間だと思っているかは置いておくにしても、彼女らにはあと一人仲間がいる。


「ライカはどこに……?」







 イゼルは彼に大切なものを奪われた。

 彼女が何よりも大切にしてきた声を、彼女の誇りを一時的にとは言え奪ってしまった。


 リックは彼に大切なものを壊された。

 信じ続けることで彼が維持してきた仲間との関係性を、感情任せの裏切りで破壊してしまった。


 彼女達はきっと、もうムドウの仲間ではいられない。

 じゃあ、私は?


「私はまだ……何もされてない。だからまだ……ムドウの仲間でいられる」


 私だけはまだ彼に何もされていない。

 彼に一度も呪われていない。

 けど、私の大切なものを傷つけたことには変わりない。


「仲間だけど……許すことはできない。だからせめて……ムドウの最後の頼み、聞いてあげる」


 彼に残された唯一の仲間として願いを叶えてあげよう。

 彼が最後に私達に向けた言葉、あれはきっと彼が漏らした唯一の本音。

 自責し、八つ当たりに仲間を呪って、でも殺すほどの度胸もない。

 そんな半端に優しい彼を早く楽にしてあげよう。

 

「人を呪わば穴二つって言うけど……あなたに穴二つなんて贅沢。二つの耳の穴……一つに繋げるね」


 ノイズロギング。

 特定の音を盗聴するスキル。

 さらに最後に触れた者にその音を聞かせることができる。


 その音自体は同じものだけれど、音量は可変だ。

 そして……音量に上限はない。

 

「ノイズロギング、起動ラン。ムドウの心音を共有」


 ムドウは今、自分の心音が耳に届いたことで気づいたはずだ。

 何が起こっているのか、そしてこれから何が起こるのか。

 だからなのか、心音と共に微かな声が聞こえた。


『……ありがとう。ライカ』


 お礼の言葉、やはり彼は半端に優しい。

 罪悪感は薄れたけれど、死んで欲しくないとも思ってしまった。

 一瞬の迷いを振り払い、小さく囁く。


「共有先、ボリューム……一万倍」


 瞬間、耳にしたのは急激に逸る鼓動。

 ドッドッドッと速いペースの心音が徐々に落ち着いてゆく。

 やがて、音は止む。


「心音停止確認……さよならムドウ」

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