第33話 気高き慈愛①
イザベラ・フラム。Sランククラン『慈愛の祈者』リーダー。
彼女と初めて会った翌日に私達は再会した。
目的は治癒魔法陣の売買契約を締結するため。
「誓いを認める……っと、これで契約成立ね」
「『霊属誓約』の成立。つまりこの契約を破ればペナルティとして魔力を失うわけですね」
「そういうこと」
この世界のルール、私も既に一度経験して知っている。
この世界に来た初日にセラと交わした誓約、私はセラに隠し事ができず、セラは私に嘘をつけなくなった。
騙し討ちのような形だったため良い思い出ではないが、今回の霊属誓約は何度も落とし穴がないか考えた末のモノ。
この誓約によりイザベラを恨むことにはならないはずだ。
「これから末永くよろしくね」
「はい、良い関係を築きましょう!」
「よろしくー」
改めて二人で親和の挨拶を述べた。
そんな私達をイザベラは不思議そうに見る。
その視線の理由は分かっている。
今の霊属誓約を結ぶ際に、イザベラ一人に対し私とセラの両方が誓いを立てたことが不可解なのだろう。
「契約を結ぶのはどちらか片方で良かったのだけれど……」
「いえ、魔法陣事業は二人で始めたことですから。私は優劣のない対等な関係でありたいんです」
「私はどっちでもいい。エイルがそうしたいならそれでいい」
セラも同意してくれたため、契約は二人で行った。
これは私の持論も多分に含まれてしまうが、代表者を決めるということは実質的な事業の取締役になるのだろう。
それは見方を変えれば雇用関係にもなり得る。
雇用関係という言葉に私の心は拒絶反応を起こしてしまい、気づけば代表者の決定を拒んでいた。
しかし私の思いなど知らないイザベラは恍惚とした表情になる。
「ご馳走さまです」
「えっ、何故私達を拝むんですか?」
「何でもないの。何でもないけど……美しき女同士の友情、とても良いと思うわ」
私とセラの関係性を見て何故か喜ぶイザベラ。
その理由について、今までの彼女を見るに心当たりが無いわけではない。
「やっぱりイザベラさんって、その……女性が好きなんですか?」
同姓愛者。前世でこそ性の多様性は受け入れるべきという風潮があったが、この世界ではどうなのだろうか?
時代感で言えば排他されそうな存在だが……。
しかしそんな思考も杞憂に終わる。
「いえ? 恋愛的な目で視る気はないわ。私はただ見てるだけで良いの」
「え? 見てるだけって?」
言葉の意味が分からず聞き返す。
軽い気持ちで聞いたのだが、彼女の性癖は私が考えるよりも業の深いモノだった。
「私、可愛い女の子を見てると健康になれる体質なの」
「なる……ほど?」
「二人居れば2倍お得だし、二人の関係性を見れば妄想が膨らんで無限にお得なのよ。分かる?」
「えっと、セラは分かりますか?」
「分っかんね」
言っていること自体は理解できた。
目の保養、と言うやつか。これは私のまだ知らない心の在り方、下心だ。
理解した以上彼女の趣味嗜好を否定するつもりはないが、同時に共感もできそうにないと思った。
これも性の多様性の一つなのか……? 人間の心は奥深いものだ。
そんな彼女だが仕事の話になれば切り替えは早く、今もまた唐突に真面目な表情に切り替わる。
「ねぇエイルさん。このあと時間あるかしら」
思わぬ問いに私は顔を引き攣らせた。
(これは……地雷質問! 軽い雰囲気で質問しておいて安請け合いしたら最後、面倒事に巻き込まれること必至というあの質問です! どどどどう答えれば……)
内心でドキドキと心臓を高鳴らせながら、慎重に言葉を選ぶ。
「えっと……要件を先に聞いても?」
「ちょっとついて来て欲しい場所があるのだけれど……忙しいならまたの機会にするわ」
またの機会、ということはここで断ってもまた誘われるということか……。
大事な契約相手のお願い、あまり無下にするのも良くないだろう。
それに私からもイザベラにお願い事が一つある。
「分かりました。けどそれが終わったら私のお願いも一つ聞いてもらえませんか?」
「私にできることなら構わないわよ? じゃあ早速行きましょうか」
私の願いは即時聞き入れられた。やはりトップクランのリーダーなだけあって懐の深さを感じる。
そして返事の後は即行動。
そのバイタリティに戸惑いつつも後を追いかけて質問する。
「それで目的地というのは?」
「迷宮よ」
「ああ迷宮……え、迷宮?」
◇
迷宮。その存在はセラから聞いたことがある。
魔物が生まれる場所。各地に迷宮の入り口が存在し、その一つ一つの最奥には強大な魔物の王が潜んでいると。
普段森に現れる魔物も迷宮から溢れ出したモノらしい。
「騙されました……ついて来るだけで良いって言ったのに」
「人聞き悪いわね。迷宮について来て貰ってるだけじゃない」
「そんなコンビニ感覚で連れて来られても困りますよ! ここ魔物出るんですよ! 危険なんですよ!」
現在私達は迷宮の中を進んでいた。
身を竦めながら、突然魔物が現れてもいいように警戒しながら歩を進める。
対してイザベラとセラは堂々としているものだから私が異常な臆病者にすら思えてくる。
そんな私を安心させようとしてか、イザベラは声をかけてくれた。
「コンビニ? が何かは分からないけれど大丈夫よ。この迷宮、既に攻略済みだから」
「へ? 攻略?」
「数年前にね。私達含むSランクギルド2つの大規模攻略隊を編成してここに来たのよ。だからここは今最も安全な迷宮と言っても過言ではないわ」
「なーんだ。それなら安心ですね」
安堵した私は少しだけ警戒を解き、普通に歩くことにした。
するとセラが私の袖を引っ張り、ある方向を指差していた。
「エイル。あれ」
「セラ? どうかして……あの、イザベラさん」
「何かしら?」
「なんか普通に魔物いるんですけど。たくさんいるんですけど。しかも強そうなんですけど」
「魔物がいるのは当然でしょう? 迷宮なのだから」
「嘘つきじゃないですか! 何が安全ですか! 私戦いたくありませんよ!?」
視線の先には村で見たシェルゴブリン、火を纏う狼、長爪の大猿。それらが計13体。
それは今まで見た魔物の群れの中でも明らかに強大。
危険を感じ取り、後退りする。
その横でイザベラは毅然とした態度で言う。
「別に心配する必要ないわよ。言ったでしょう? 付いてくるだけで良いって……あの程度の数。敵にもならないわ」
その表情を見て、背筋が凍るくらい寒気を感じた。
魔物を見たとき以上の危機感、それはおそらく強者特有の空気感。
戦闘モード剥き出しのイザベラはこめかみ辺りに指を突きつけ、唱えた。
「『たうはいうるねうでるいーてれい』」
魔法の発動、バチンという音と共にイザベラの指先が弾ける。
衝撃を受けたように頭を揺らし、すぐに復帰する。
今のは電気魔法? それを頭に浴びせて何を……?
「あの、イザベラさん?」
「少し待ってて貰える? すぐに片付けるか……らっ!」
瞬間、彼女は駆け出した。
その速度は凄まじく、足が速いの一言で済ませられるものではない。
一瞬で魔物との距離を詰め、魔物は彼女の速度に追いつけない。
その勢いのままイザベラは拳を叩きつけ、殴り飛ばす。
およそ人間のモノとは思えない腕力。魔物の頭部は陥没していた。
しかしよく見ればイザベラの拳も青紫色に変色している。彼女の力に体が耐えきれていないのか?
「まず一体。『はいいーてあるろーいおねうがん……」
次いで魔法の詠唱をしながら別の魔物に向き直る。
魔物も危険を察知し反応はする。
しかしイザベラの動きは魔物の反応を凌駕し、攻撃行動に移られる前にローキックで全体を凪ぎ払う。
「あるうるたうおむ・おむふぇる・すーるはいいおねういーて』」
10秒にもおよぶ長文詠唱、その終わりを迎えたのかイザベラの体が淡く光る。
一目では何の魔法か分からなかったが、彼女の一点に注視して把握する。
それは拳、痛々しく変色していた手の甲が見る見る元の美しい肌色へと回帰する。
イザベラ・フラムが率いるクランの象徴、治癒魔法だ。
そして彼女は体に帯びる発光が収まらぬうちに次の魔法の詠唱を始める。
「『ふぇるろーあるめあいーて』、『ふぇるれいいーてつーぜらいーて』……さて。熱いのと冷たいの、どちらがお好みかしら。もちろん差し上げるのは苦手な方よ」
発動した魔法が手に宿る。左手は火炎、右手は氷刃に包まれ、さらに体は治癒魔法が継続している。
3属性魔法の維持、それに気づくと同時に彼女の戦闘スタイルをようやく理解する。
身を削るほど強大な身体強化での近接戦闘。そして傷ついた体を治癒魔法で瞬時に癒す。
「なんというか……随分粗っぽい戦い方ですね」
「すっごい雑。でも、強い」
美しい相貌からは想像できないほど泥臭い戦い方。
だがセラの言う通り間違いなく強い。少なくとも中級魔物を圧倒するほどに。
これがイザベラ・フラムの実力、Sランククランリーダーの名は伊達じゃないか。
その狂戦士ぶりを私達はただ眺め、立ち尽くしていた。
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