第34話 気高き慈愛②

「お待たせ。全部片付いたわ」


 戦闘を終えたイザベラは体の汚れを拭き取り、元の美しい姿に戻っていた。

 あれだけの動きをして息も切らしていないのは身体強化の影響か素の体力か。

 そもそもあれは身体強化なのか?


「最初に頭に打ち込んだのは電気魔法ですか?」

「ええ。痛覚遮断と身体能力のリミッター解除。その電気信号を脳に送ったの」


 平然と答える。対してセラは「何言ってんだこいつ」と言いたげな顔をしている。

 確かに専門知識に近い話、人間の身体機能は脳が無意識的に制限をかけていると言われている。イザベラはその身体機能制限を電気魔法で麻痺させたらしい。

 と、理屈では分かるものの簡単な話ではない。

 脳の電気信号なんて極微弱なもの、それを電気魔法で操ろうとすれば余程精密な魔法操作が必要だ。


「そんなことして体は大丈夫なんですか?」

「大丈夫なように訓練したのよ。麻痺、熱、冷却。私は治癒魔法以外でも治療に使えそうな魔法は全て極めるようにしてるの」


 治癒魔法は多くの傷を癒す。しかし万能というわけでもない。

 例えば麻酔、治癒魔法に痛み止めの効果は無いためその場合は麻痺を代用するのだろう。

 治癒魔法の穴を埋めるために他の魔法を極める。

 流石治癒師クランのトップ、と言ったところか。


「そろそろ先に進みましょうか」


 頼りになる場面を見せつけ私達を率いるイザベラ。

 そんな彼女だが、歩き始めて数分で意外な一面を見ることになった。

 後を追うように進んでいたところ、イザベラは足を止めた。


「……ごめんなさい。道に迷ったわ」


 素直に謝る姿は、今まで強大に見えていた分可愛らしく写った。

 方向音痴、どれほど凄い人でも多少抜けているところはあるらしい。


「ま、まあまあ。来た道は覚えてますから、とりあえず進んでみましょうか」


 フォローしつつ、来た道とは逆方向に進む。

 進むだけなら良かったのだが、道の選択となれば初見の私には判断しかねる。


「ちなみにこの分かれ道、どちらが正しい道かは……?」

「もちろん忘れたわ」

「使えね」


 最早自分の無能を隠すことなく堂々とする姿にセラは口悪く罵った。

 しかし別れ道、どちらが目的地に辿り着ける道なのか、もしくは両方目的地に繋がっているとしてもどちらが安全な道か。

 分からない以上両方の道を調べてからルート選択すべきか? 

 するとセラも同じことを考えていたのか、珍しく提案をしてきた。


「どーする? 二手に別れて調べてみる?」

「二手に別れるなんてとんでもない。貴女達を引き離すのは一番あり得ないし、そんな貴女達を私も側で見ていたいのよ。分かる?」

「分かり(たくあり)ません」


 威厳のある姿はどこへやら、先程のイザベラへの感心は完全に失われつつある。

 そんな彼女の強い要望もあって、私達は片方の道を3人で進むことにした。


「ああ、こっちの道で正解みたいね。見覚えのある空間、ここは魔物の集落よ」


 イサベラが口を開いたのは通路を抜け広めの空間に出たところだった。

 そこには朽ちた木材などで作られたいくつものハリボテ、その裏に隠れる小さな影。


「魔物が生れ落ちる場所だからね。戦いに向いていない、隠れるだけの魔物も当然いるわ」


 影の正体は私達人間を見ても襲わず、ただ怯えるばかりの小柄な異形。

 魔物の子供、ということだろう。 


「……やっぱり、討伐しないといけないんですよね」

「成長すれば強い魔物になって人間を襲う。なら弱いうちに討伐すべきよ。情は捨てなさい」


 躊躇せず、イザベラは魔物に接近する。

 無抵抗な命を摘み取るために、その右手にはナイフを握らせて。


「意思疏通ができない以上、共生なんてできるはずないのだから」


 約60体、それらが死に行く姿も、やはり私とセラはただ眺めるだけ。

 イザベラは冒険者として正しいのだろう。それこそトップクランのリーダー、迷宮においても模範的行動をしているだけ。

 私だって合理的判断だと理解している。

 分かっているのだが……。

 これが冒険者、私が魔法陣を売りつけている相手か。

 






「さて。目的地も目前だしそろそろ貴女を連れて来た理由を話しましょうか」

「目的地?」


 私達が迷宮に来たのはイザベラがついて来てほしいと言ったから。その理由を彼女はまだ話していない。

 ここまで護衛のように魔物と戦って、そうまでして私達に何をさせたかったのだろう。


「この迷宮、攻略は済んだと言ったわね。けれど本当は全ての攻略が終わったわけじゃないわ」


 説明しながら歩いていると、通路の先に扉が見える。

 仰々しい大扉、まるで重鎮が住まう居所のような。

 例えるならRPGゲームのボス部屋のような。


「迷宮最深部の大空洞。ここにはかつて迷宮の王がいた」

「迷宮の、王」

 

 迷宮の王。その響きで分かるのは、おそらく強いのだろうということだけ。

 何を持って王とするのかは種族によって変わるのかもしれない。人間の権力者に求められるのは血統や政治能力であり、戦闘能力は必ずしも必要ではない。

 しかし魔物の王。種族がバラバラで秩序はないと思われる環境。であれば戦闘能力が高い存在こそ頂点に近い存在と言えるだろう。

 その強大さを想像し、今その王の部屋にいることに対して身震いする。


「そんな顔しなくても大丈夫よ。王は私達が討伐した。犠牲も出してしまったけれど……もうこの部屋に危険はないわ」

「そう、ですか……」


 安心させるための言葉なのだろう。

 しかし犠牲という言葉を聞いてしまうと素直には喜べない。

 暗い雰囲気、それを無視するようにセラが聞いた。


「で、何して欲しいの?」

「ああそうだったわね。一番奥の壁なんだけど、見える?」


 イザベラの指差す方向、王座と思われる台座のさらに奥の壁。

 そこには他の壁と違って巨大な黒色紋様が刻まれていた。


「あれは壁画? いえ……魔法陣、ですか」

「そう。エイルにはあの魔法陣を読み解いて欲しいの」


 その存在に気づけば、私に頼んできたのも理解できる。

 私はおそらく人間の中で唯一魔法陣を読み解ける存在だ。


 イザベラは迷宮を攻略済みだと言った。しかしその攻略は完全ではないとも。

 それは迷宮の王を倒したが、謎がまだ存在しているという意味なのだろう。

 迷宮は未だ魔物を産み続けている。

 そういうものだと受け入れても良いのかもしれないが、迷宮の最奥にこれ見よがしに重要そうな魔法陣があれば懸念するのも当然だ。


「その依頼、承りました。セラ、解読用のメモ用紙をくれますか?」

「合点」

「ありがとうございます。それではしばらくお待ち下さい」

「お願いするわ」


 セラから用紙を5枚受け取り、壁画に近づく。

 私が依頼を了承したのは2つの思いから。

 1つはここまで連れてきてくれたイザベラへの義理を果たすため。

 もう1つは、単純な好奇心。

 謎の魔法陣に対して私の知識欲は昂ぶっていた。

 迷宮に刻まれた巨大な魔法陣、あなたの使命を私は知りたい。

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