第32話 事業のコネクション②
突然言われた治癒魔法陣取り締まりの言葉。
治癒師クランと治癒魔法陣、繋がりは見えるが取り締まるという言葉の真意が見えてこない。
「理由を伺っても?」
「大した話じゃないわ。私達治癒師クランは治癒魔法とポーションを売っているの。数ある治癒師クランの間でも治癒料金の相場がある。そんな中で突然現れたのがあなたよ。治癒魔法陣を求めてこの街に来る人も少なくない」
理路整然と話す彼女の説明は分かりやすいもので、その目的もおおよそ把握できた。
治癒魔法は一般魔法ではあるものの詠唱は複雑な上使用魔力量の多い、上級者向けの魔法と言えるからこそ売り物にもなるだろう。
そこで誰でも治癒魔法を容易に使える魔法陣を作れる私が突然現れた。
要は同業種で新参者の私に圧力をかけに来たわけか。
「そういうことですか。イザベラさんの懸念点は治癒魔法の価格暴落ですね」
「正解よ。今後あなたが治癒魔法陣を売り続ける中で、競合のいないあなたは治癒魔法陣の価格を容易く操作できる。あなたの意志一つで私達の築き上げてきた業界が簡単に崩れるのよ。そんなの脅威でしかないし、あなたの存在が目障りだと思わなくもない」
次々と私に対して辛辣な言葉を投げかける美女。
しかし言葉とは裏腹に彼女から敵意を感じない。その目はまるで私という人間を測っているようだった。
「けれど結局、それは私達売り手の勝手な希望なのよ。世界が治癒魔法陣を求めているなら私達が世界に合わせるべきなんだって分かってる……だからここが妥協点。エイルさん、私達はあなたの治癒魔法陣を受け入れるから、その代わり治癒業界の重役として価格だけは取り締まらせて欲しい」
イザベラは苦しそうな表情で、それでも覚悟を決めたように声を絞り出した。
世界の望むものと売り手の望むものは違う。それは分かっているけれど……妥協という言葉は好きではない。
(どうせなら全員が幸せになれる形にしたい、そう思うのはエゴなんですかね? ……いや、別にエゴでも構いませんね。それを受け入れる決心は既にしましたし)
夢を掲げたあの日のことを思い出し、私は一つの提案を差し出した。
「じゃあいっそ、私が描く治癒魔法陣全部買い取りません?」
私の提案が予想外だったのか、イザベラの表情が大きく崩れた。
「私としては願ってもない話だけれど……いいの? 独占市場を自ら手放すことになるのよ?」
彼女の言う通り、目先の利益を考えるなら独占市場は非常に強力だ。
けれどその力は私一人で扱える物ではない。
「いやー私としては利益よりも面倒ごとを避けたいんですよ。取引先や価格の管理なんて私一人じゃ手が回りませんし。あんまり派手なことやらかすと最悪暗殺されかねないなって……もしかして私が断ってたらそうするつもりでした?」
「そうね。選択肢になかったとは言わないわ」
「おっふ……ともかくですね、それなら治癒師クランの最大手様が仲介してくれれば私も楽になるなーと思っただけですよ。いかがですか?」
相手は有名らしい権力者、ならば機嫌を損ねて良いことなど一つもないと思い散々下手に出たが、その甲斐あってかようやく目の前の権力者は表情を緩めてくれる。
「そういうことなら、答えはもちろんイエスよ」
「ほっ……よかったです」
トラブルは回避できたようでひとまず胸を撫でおろす。
そしてイザベラが少し弾んだ声で話を進めようとすると、不意に横槍が入った
「それじゃあ早速契約の詳細を……」
「面白そうな話をしているね。僕も混ぜてくれないか?」
話しかけてきたのは見慣れない男性。
イザベラの知り合いだろうか? と思っていると彼女は纏う空気を変えて冷たい声で対応した。
「……これはこれは『
「『慈愛の祈者』のリーダー様に覚えてもらっているなんて光栄だな。ここに来た理由は……多分貴女と同じですよ。この店で魔法陣が大量に売り出されているって聞いてね」
それを聞いて男の目的が自分であることを察する。
どうやら自分の思っている以上に噂というのは広まっているらしい。
しかし噂が広まること自体は悪くない、むしろ良い兆候と言えるだろう。
知名度が上がれば事業の信頼も得やすくなるのだから。
「初めまして。魔法陣技師のエイル・ミズリアです。そちらは?」
「ああすまない。Aランククラン『叡智の求者』リーダーのヘルエス・カルステッドだ。イザベラさんと比べると見劣りするかもしれないけど一応Aランクトップと言われているよ」
「おおー……」
Aランク、となるとSランクの一つ下。しかしそのトップということはSランクに一番近い存在なのだから彼も十分な実力者なのだろう。
「ひょっとしてSランクとAランクトップのリーダー2人が偶然出会うのって凄い場面だったりします?」
「人によっては腰を抜かすかもね。そっちのセラ?って子の反応が薄いのも珍しいけど」
「世間知らずの小娘ですみません……」
「私の腰が屈強すぎてもうしわけない」
「面白い娘たちだね」
呆れられるが失礼だと思われている様子はないようでよかった。
冗談を言いつつ素直に感心しているとAランククランリーダーの男が話を本題に戻した。
「うちのクランは魔道具専門の店をいくつも経営していてね。実はこの店もその一つなんだ」
「……どうせ知らないだろうから補足しておくけど、『叡智の求者』ブランドの魔道具と言えば業界最大手よ」
「そうなんですか? 凄いですねぇ」
「仮にも同じ業界で働こうって言うんなら知っておくべきなんじゃない……?」
今日何度目か分からない呆れのお言葉。
しかし話の中心にあるヘルエスは呆れる様子もなく、真剣な面持ちで話を続けた。
「けど……君の話を聞いて気が変わった。エイル・ミズリア。僕のクランに入らないか?」
予想外の勧誘、私が反応に戸惑っているとイザベラが絡み始めた。
「あら、先輩を差し置いて抜け駆け?」
「だったらイザベラさんも誘えばよかったのでは? 僕はただ自分のクランをSランクに上げるために最善の選択をしているだけですので」
「言うわね。若さと勢いのある子は嫌いじゃないけど」
寛容に笑う美女を横目に、優男は再度私の方へ振り返った。
「さて、どうかな? 悪い話ではないと思うんだ。さっき言った通りうちのブランドの魔道具は飛ぶように売れている。それが魔法陣なら利益はもっと大きくなるだろうね」
「……確かに、クランに入るのならヘルエスさんのクランこそ私にとっての最善なのかもしれませんね」
「理解が早くて助かるよ」
今でさえ十分な収入を得られている。それだけ魔法陣を求める人は多いのだろう。
そこで有名なブランドの名前を使わせてもらえるとなれば事業として成功するのは間違いないと思う。
「でもお断りします」
「……それは残念。理由を聞かせてもらえるかい?」
息を詰まらせながらも涼しい顔で聞いてくるヘルエス。
だがどんな説得を受けても私の答えは変わらないだろう
「私、雇われるの嫌いなんです。雇われの技術者なんて道具として使い潰される未来しか見えませんから」
ただ端的に、はっきりと答えるとその場の一同が面食らっていた。
彼らには自己中心的な回答に思えるのだろうが、この答えに至ったのは私の前世の記憶が関係してくる。
永留美亜、彼女の人生は人を雇ってから狂い始めた。最終的には雇われの技術者となり、虐げられて自らの命を手放した。
そんな彼女の破滅を傍で見てきたからこそ、私は雇用関係を信じられなくなってしまった。
するとしばらく呆けていた男が口を緩ませた。
「……っく、あははは! いやすまない。本当に面白い子だなぁ……ますます欲しくなる」
「えぇ……?」
これだけきっぱり断ったのにまだ諦めないのか、と顔を歪める。
こういう面倒な人間にこそ雇われるわけにはいかない。偏見もあるかもしれないけど、私の脳がこの男を危険だと認識している。これが直感というものだろうか?
そう思考する私の横で男を制止する声が聞こえた。
「ね、そろそろ遠慮してもらえない? これ以上何言ってもエイルは首を縦には振らないよ」
「む……」
私の顔色を見たセラが助け船を出してくれたようだ。
そんなに酷い顔をしていたのだろうか? 感情のなかった頃の記憶だというのに、それだけ鮮烈で不快な過去だったということか。
しかしいつまでも暗い気持ちでいるわけにも行かない。少しでもいいから、今は前を向こう。
「ありがとうございますセラ。それからヘルエスさん。クランには入りませんが、お得意様になりたいということであれば大歓迎ですよ」
「……確かに。これ以上関係を悪くするよりそっちの方が有益そうだ」
「ふう……ありがとうございます」
ようやく引き下がってくれて話は収束した。詳細の取引については後日話し合うことになり、その場は解散することになった。
トップクラン、元の世界で言う大企業の重鎮達との対話は重圧を感じながらも得られるものも多かった。
有名人とのコネクションというのも新たな取引先を探すのに役立ちそうだ。
そんな風に軽く受け止めてしまう私は、まだまだ甘いのかもしれない。
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