第31話 事業のコネクション①
この世界に来て、人間になって、魔法陣技師になってから早くも4ヶ月。
極貧だったあの頃と比べて生活も大きく変化した。
とある案件の解決したことで無料で住める拠点を手に入れた。
食事も硬いパンだけの質素なモノから彩りと栄養のある豊かなものに。
その収入源と言えば当然……。
「今月納品分の100枚、写し終えましたー!」
毎月魔法陣100枚の模写、そのノルマを今しがた達成した。
納品先は最初に売りに行った魔道具専門店、売れ行きは好調らしく店主からも是非にと納品をせがまれている。まあお陰で仕事に困らないのでありがたい話ではある。
「おつー」
「あっセラ、お茶ありがとうございますー」
湯呑を二つ運び席に着くセラ。
二人向かい合ってで熱いお茶を啜り一呼吸して落ち着かせる。
「順調、ですね」
「うむ。じゅんちょー」
「何が順調なん?」
「あっ、クレハさん」
私達に話しかけてきたのは同年代ながらこの村の村長を務める少女、クレハ・メイデスだ。
現在私達は彼女の家の隣の家屋を借りて生活しているためよく顔を見せに来る。
「私達の魔法陣事業の話ですよ。経営が安定して、拠点も手に入れた。このまま進めば事業拡大も夢じゃありません!」
「ほーそらよかったなぁ」
この世界に来た日から始めた魔法陣事業。
生活資金もままならないくらい困窮していたあの頃じゃ考えられないくらい順風満帆だ。
それもそのはず、何せこの事業は赤字になりようがないのだから。
仕事に必要なのは紙、ペン、インクのみ。
そのうち紙はセラがいくらでも用意してくれる。
現在の定期納品だけで言えば毎月の必要経費銀貨5枚に対し、魔法陣100枚納品で金貨300枚(銀貨3000枚相当)の報酬を得ている。
資金も集まってきたし、次のステップに進んでもいい頃合いかもしれない。
「うちも体力戻ってきたし、そろそろ手に職つけなあかんかもなぁ」
彼女はしばらく寝たきりの生活だったが、ようやく一人で歩けるまでに回復した。
一時は瀕死の状態まで追い込まれたが、それも元々は彼女自身の魔法の影響。
クレハの持つ固有魔法は『生命力操作』。魔力と生命力を相互変換し、生命力を他人に譲渡することも可能。
魂を持つものに生命力を与えれば死した者でも延命させ、魂持たぬ亡骸に生命力を与えれば物言わぬ従者を作り出す。
神の奇跡とも言えるほどに強大な力を、小柄な肉体に有している。
「急ぐ必要もないんじゃないですか? クレハさんなら引く手数多でしょうし」
「だとええなぁ」
フォローしつつ、緩い空気間で会話は進む。
そうしてお茶を飲み終える頃に私は立ち上がった。
「さて、早速お店に納品しに行きますかね」
「おー。気ぃ付けてな」
「はい。行ってきます」
「きますー」
私に続いてセラも立ち上がり、クレハは留守番。
それが今の私達の平和な日常。
◇
「こんにちはー! 今月の魔法陣の納品に来ま……した……?」
今月のノルマから解放され晴れ晴れとした気分で挨拶しながら入店。
しかし私のテンションに対して店内の様子が何やら不穏だ。
「おお! ちょうど良かった。こちらのお客様が君をご指名だ」
「私を?」
店長の指差す方向を見ると高級そうな装備に身を包んだ女性がこちらに近づいてきた。
「あなたがこの店に大量の魔法陣を卸しているというのは本当?」
「そうですけど……どういったご用件で?」
この店で私を指名するということは魔法陣絡みだとは思っていた。
しかしこの女性は吟味するような目。
さらに私とセラを交互に見てくるので不安になった。
「用件の前に、お二人の関係を聞いても?」
「私とセラの関係ですか?」
何故そんなことを? 魔法陣の件と関係あるのか?
いまいち状況が呑み込めていなかったが一応答えることにする。
「改めて聞かれるとなんでしょう。友達とも家族とも違いますし。同居人と言いますか……」
「一言では言い表せない関係」
セラの誤解を生みそうな言い方にドキリとさせられる
確かに霊属契約で隠し事ができなかったりと一言で言い表すには難しいかもしれない。
対して女性はさらに意味深な表情になった。
「……ビジネスから発展する恋、そういうのもいいわね。捗るわ」
「何の話です? 恋って……私達女同士ですけど」
「だからいいんじゃない!」
「わっ!?」
「っと失礼。取り乱したわ」
突然の異常な言動。
それは常人には理解できそうになく、私は理解できる気がしたものの分かりたくなかったので思考を放棄することにした。
「これは……危ない人に捕まってしまった感じですかね?」
「絶対やべーやつ」
セラと目を合わせて小声で話す。
二人の認識は一致した。何より謎の女性の目つきは常軌を逸している。
逃げるべきか? しかし懇意の店長からの勧めで相談を持ち掛けられているし……と、迷っている間に女性は話を進めた。
「積もる話もありそうだし座りましょう。店主、そこの席借りるわね?」
「へい! お好きなようにしてくだせえ!」
何故か必要以上に畏まる店主に余計疑心が募る。どこかの権力者か?
私はとセラは招かれるまま付いていき、腰を据えると同時に女性は口を開いた。
「先に真面目な話からしましょうか。まずあなた達はどうやって魔法陣を手に入れているの?」
随分と偉そうに聞いてくる女性。
いきなり訪ねてきて先程の異常発言、モノを請う態度とは思えない上からな言葉。
悪印象のオンパレードだ。無遠慮過ぎて心がざわつく。初めての感情だ、これが怒りか?
「あのですね、人にモノを尋ねるなら自己紹介くらいしてもらえませんか?」
我慢できずに苦言を呈すると、女性はキョトンとした顔になる。
まるで私が変な発言をしたような空気、意味も分からず黙っていると女性は聞き返してきた。
「ええと……もしかして私のこと知らない?」
「? 初対面ですよね?」
「そうなのだけれど……」
どう説明したものかと困ったような顔をする。
私も訳が分からず黙っていると、セラが助け船を出してくれた。
「エイル。一応その人有名人」
「そうなんですか? 私世間知らずなんです。ごめんなさい」
「それ自分で言うのね……。自惚れのつもりはないけれど、自分のこと知らない人と話すのが久々でつい戸惑ったわ」
その言葉に嫌味などは感じられず、本心だということがすぐに分かった。
理解し難いことだが、そのような背景があるのなら納得はできる。
それからすぐに女性は淡々と自己紹介を始めた。
「私はSランククラン『
誇ったような表情で名乗りをあげる。
きっと誰に対しても自慢のできる自己紹介なのだろう。
ただしそれは、私以外の人間に対しての話だ。
「えっと……クランってなんですか?」
「嘘でしょ……あなたどんな田舎で育ったの……?」
何やら可哀そうな目で見られてしまう。流石にもう少しこの世界の常識をもう少し勉強しないといけないかもしれない。
そして毎度のことながらセラが私に補足説明を耳打ちしてくれる。
「クランは冒険者が組むギルド公認の派閥、冒険者ランクと同じような階級付けがある。説明するまでもないけどSランクは一番上のランク、そのSランクに到達したクランは現状4つだけだから四大派閥なんて呼ばれてる」
「ほうほう。つまりイザベラさんは凄い人ってことですね!」
「うーん頭悪そうな感想」
自分でもIQの低そうな反応をしてしまったと後悔しながらも、イザベラが話を進めたそうにしていたのでそちらに反応することにする。
「それでそろそろ私の質問に答えてもらえる?」
「あ、そうですね。では自己紹介から……私はエイル・ミズリア、魔法陣技師です」
私の一言でイザベラの表情は数度変化した。
戸惑い、理解、呆れなど複雑な思いを顔だけで表しながらも口には出さず、やがて一つの結論のみを私に確認してきた。
「……響きから察するに、あなたは魔法陣を作れるってこと?」
「はい。あなたも信じませんか?」
敢えて付け足した「あなたも」という言葉、いくら世間知らずの私でも魔法陣を描けることが普通でないことは経験則で理解している。
それを伝えたいがための表現だったが、彼女も気づいてくれているようだった。
「信じ難い話だけど嘘だとは思わないわ。あなたにはここ数ヶ月間魔法陣を納品し続けた実績があるもの。むしろ今更大量に発掘したとか言われる方が信じられない」
それは同情などではなく、状況証拠からの理論的な結論。
その上で思いの外あっさりと信じてもらえてしまったため少しばかり拍子抜けだった。
そしてイザベラは話を続けた。
「それでそろそろ本題に入っていいかしら?」
「本題、ですか?」
「まず知らないだろうから先に説明するけど、『慈愛の祈者』は治癒師クランなの。クランって言うと魔物との戦闘を生業にするところが多いけれど、商業や農業みたいな生活に寄り添い金銭を稼ぐクランもある。私達の場合は治癒魔法やポーション、人の怪我を治すクランの最大手ってところね」
「へぇ……会社みたいなものなんですね」
「ん? 会社って?」
「気にしないで。エイルは独り言が多い」
セラのフォローに感謝しつつ、私は段々とこの世界の社会事情が把握できてきたように感じていた。
元の世界と照らし合わせて考えるのなら、クランは企業でギルドは政府といったところか。
個人が一般客に物やサービスを売買するにもクランを作りギルドの許可が必要となるのだろう。今まで無秩序に思えていた世界だったが意外と統治されているようだ。
となれば私の魔法陣事業もクランを立ち上げる必要があるのだろうか? 色々と調べる余地があるらしい。
「説明ありがとうございます。では今度こそご用件をどうぞ」
「じゃあ単刀直入に言うわね。あなたが売ってる治癒魔法陣、私達に取り締まらせてほしい」
出された提案は二つ返事で快諾できるようなものではなかった。
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