第30話 生者の決別②

「じゃあ……始めてもらえるか?」

「分かりました」


 合図に応えるように、私は魔法陣を起動する。

 すると遺体は土色のドームに包まれ、ドームは熱を帯び、上部の穴から煙が上がった。

 摂氏1000度、人体を骨になるまで焼くのに適した温度。

 焼成完了まで1時間、私達は煙を見守る。


 火葬場を前にしてしばらく経過し、やがてクレハが沈黙を破った。


「一個、聞いてもええか?」

「はい? 構いませんよ」

「あんたらはどうして今の仕事しとるん?」


 そう質問する彼女の顔はどこか思いつめるような顔をしている。

 意図は分からなかったため、私は深く考えずに返答する。


「魔法陣技師を始めたのは……気づいたら魔法陣を描けるようになってたから、ですかね。上手い事お金稼げそうだなと思って始めました」

「私は楽に稼げればなんでもよかった。何もせずダラダラ生きるのが夢」

「お、おお……思ってたより俗物的やな」

「どやぁ」

「褒められてませんよセラ」


 期待してた回答じゃなかったようでクレハは腑抜けた反応をした。

 転生などの細かい事情は端折ったが、結局生活するためのお金が欲しいというのは事実だ。

 もし私にとっての仕事に対する考えで付け加えるとすれば……。


「でも私も最近、夢ができたんです。IT改革……って言っても分かりませんよね。要するに、世の中をもっと便利にしたいんです。私の魔法陣で」

「はー。そらまた大層な夢やな」

「はい。私の手で多くの人を幸せにできれば、私もいつか幸せが分かるようになるかなって」


 何気なく言ったつもりの言葉。

 しかしクレハは思うところがあったのか顔つきを変えた。 


「そか……あんたでも幸せは分からんのやな」

「クレハさん?」

「……すまん。余計なこと言ったわ。気にせんでええよ」


 気にしなくていいと言う割には未だ浮かない顔。

 正直なところ、クレハに対する距離感を測りかねている。

 傷心中であろう彼女にどの程度踏み込んで良いものか。

 しかし誰かが寄り添わねば彼女は一人になる。

 せめて今だけは、私がその役目を担わないと。


「クレハさんは……これからどうするおつもりですか?」


 一歩踏み込むつもりで聞く。

 すると彼女は軽く答えてくれた。


「せやなぁ。幸せに生きろてみんなに口うるさく言われとるし探してみるつもりやけど……その前に一個、やらなあかんことがあんねん」

「やることって何?」

「――――復讐。村を滅茶苦茶にした元凶を探し出して叩き潰す。……幸せ探しはそれからやな」


 軟らかい表情から飛び出る重苦しい言葉。

 それはそうだ。身内を皆殺しにされて何も思わないはずがない。

 今までは村を維持するために外に出られなかったのかもしれないが、今彼女を縛るものはもうない。


「あんたらは止めるか? 復讐なんて不毛やて」


 その問いかけは、自分が間違った道を進もうとしている自覚があるということなのか。

 彼女は私達になんて答えて欲しいのだろう?

 その希望には添えないかもしれないけれど、私は私の考えの元に答えを出すだけ。


「別に、好きにすればいい」

「同意見です。クレハさんの怒りには正当性があるかと。個人的にも犯人さんのこと嫌いなので早急に処分されて欲しいですね」


 セラに続いて答えると、クレハは呆気に取られたような顔をしている。

 純粋な気持ちを答えたつもりだったが、そんなに変な答えだっただろうか?


「あんたら……中々頭のネジ飛んどるなぁ。背中押されるとは思っとらんかったわ」

「む。エイルと一緒にしないで。私はまとも」

「セラ。主観じゃ分からないことの方が多いですよ。諦めましょう」


 変だったのは私達自身だったらしい。

 けれど先ほどまでの思いつめた顔が今は軽くなったように見える。

 少しは役に立てたということだろうか。

 そんな会話を交えてしばらく炉から上る煙を見続け、埋葬まで完了したのはその日の夕方だった。


「全工程、無事完了です……長らくお待たせしてすみませんでした!」

「いやいや十分やて。うち一人じゃ碌に弔えんかったやろうし、ほんま助かったわ」


 墓地に置かれた一際大きな墓石を一瞥し感謝を述べるクレハ。

 想定より遅れはしたものの、依頼主には満足いただけたようだ。

 

「さてと、後は報酬やな。悪いけどうちそんな金持っとらんし、村のみんなの遺品から払わせてもらうわ。そのくらいならみんな許してくれるやろ」


 大人数から受け継いだ遺産、計上すれば莫大な金額になりそうだ。

 確かにそれだけの富があれば私がどれだけ吹っ掛けた金額を提示しても支払えそうではある。

 がしかし、


「いいえ遺品はクレハさんが持つべきです」

「ええ……せやかて報酬なしってわけには……」


 困ったように考え込むクレハ。

 私だって今回の案件はかなり手を焼いたつもりなので相応の対価は欲しい。

 だから報酬はお金ではなく別の形で受け取ろうと考えていた。


「代わりに、私達をここに住まわせて貰えませんか?」


 私の提案にクレハは目を丸くした。

 村に住む。つまり住人に加えて欲しいということ。


「うちはええけど……こんな曰く付きの村に住みたいんか?」

「まともな拠点を持ってない私達にとっては十分魅力的ですよ。毎日の宿代も馬鹿になりませんから。セラもそれでいいですよね?」

「土地代無料の一軒家、超お得」

「だそうです」


 元より私達は定住できる拠点を探していた。

 しかし報酬として貰おうと思い立ったのはクレハの生存を確認してからだ。

 彼女もいきなり一人での生活というのは苦労も多いはず。

 私達は念願の拠点を手に入れられる。私達が住めば助け合って生活できる。

 全員得する道があるのなら選ばない手はない。


「そういうことならまあ……村人一人の寂しい村やけど、住んでくれると嬉しいわ」


 そうして一度滅びたスリウス村は再興の兆しを見せる。


「これからよろしくな。セラ、エイル」


 新生スリウス村。村長、クレハ・メイデス。現在住人は3名。

 






「ほんま、ええ人達やなぁ」


 埋葬を終えた夜。クレハは墓地に来ていた。

 一際大きな墓石の前に座り込み、彼女は語りかける。


「みんなもごめんな? 熱かったやろ。うちもホントは土葬がよかったんやけど……うちが弱いせいでごめんなぁ」


 骨になるまで燃やしたのだ。彼らに痛覚が残っていたなら阿鼻叫喚だったろうに。

 それでも土葬にしなかった理由は自分の弱さを知っていたから。

 骨だけになれば私の固有魔法は使えない。

 

「お別れも済んだ。みんなにはもう頼らん……でもなロイク、あんたはまだ駄目や」


 葬儀も終わりほとんどの村人とは永遠の別れを告げた。

 しかし一人だけ、まだ完全に別れていない男がいる。


「あんたが余計なこと言うからうちは死ねんくなった。その癖自分は言い逃げか? それはあかん。言葉には責任持たなあかんなぁ」


 あの日意識が薄れゆく中で聞こえた声。

 ロイクは死の直前に熱弁した。

 あの言葉のせいで、私は死にきれず譲渡した生命力を自分に戻してしまった。


「うちのカッコいいとこ、特等席で"視"せたるから……最後まで見守って貰うで」


 村人の遺体は全て一ヶ所に集め燃やした。

 しかしクレハは火葬前、ロイクの体の一部を収集していた。

 その体の一部は瓶に詰められ、現在クレハの手の中にある。


「うちも好きやよ。ロイク」


 クレハは握りしめた瓶に生命力を注ぎ続ける。

 最愛の男と共にあり続けるために。

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