第29話 生者の決別①

「埋葬って何が主流なんですか?」


 ふと気になり、セラにこの世界の埋葬方法について聞いてみた。


「何って……火葬か土葬じゃない?」

「あっそこは普通なんですね」


 常識でしょ? と言わんばかりの顔のセラを見て一人納得する。

 埋葬方法となると宗教問題にも発展する。

 この世界に宗教があるという話は聞いていないが、生活が違う以上常識が違うことも考慮するべきだろう。

 火葬の概念が存在しない世界で当然のように火葬すれば罰せられるかもしれない。

 常識の齟齬は人間関係を破壊し得るデリケートな問題だ。


「他に何かあるの?」

「他ですか……私が聞いたことあるのは鳥葬くらいですかね」

「チョウソウ?」

「ご遺体の肉を鳥達に食べて貰うんです」

「うっわ……どうやったらそんな惨いこと思いつくの?」

「えっいや私が考えたわけじゃ……!」


 早くも私達の仲にも不和が生まれ始めたそのとき、この場にいるもう一人が動く気配を感じた。

 クレハ・メイデス。再開してからまだ一度も目を覚ましていない彼女が起き上がり、瞼を開こうとしていた。


「ん……」

「おはようございます。それとお久しぶりです。クレハさん」

「おはよ」

「……おお。あんたらか。おはようさん」


 思いの外元気そうな返事に少し安堵した。

 部屋の惨状から察するに彼女は生命力が枯渇するギリギリまで村人たちの生命維持を施していたのだろう。

 207人分の魔法の負担から解放された今なら、魔力の自然回復で元の健康を取り戻せるだろう。

 体が問題ないとなれば、今確認すべきは心の方か。


「クレハさん。眠る前のこと、覚えてますか?」

「……覚えとるよ。全部」

「では……!」


 ぐぎゅるるるる。と少女の腹部からなる大きな音に私の言葉は遮られる。

 生命力操作の魔法を持っているとはいえ、彼女も人間なのだからエネルギーを摂取しなければ生きられないのも摂理だ。


「先にご飯にしよ」

「……ですね」

「すまんなぁ」


 そんな緩まった空気で朝食の準備に取り掛かった。

 メニューは温かいパン粥。

 クレハは病み上がりのようなものなのでお腹に優しい食事の方が良いだろう。

 そしてドリンクにお茶を差し出すと、クレハは顔を強張らせた。


「あんたらこの水……」

「魔法で生成したお水を沸かしました。心配しなくても分かってます」

「……そか。ならええわ」


 この村で差し出される水と言えば危険性を疑うのも無理はないだろう。

 クレハは安心したように表情を戻し、黙々と食事を始める。

 それにならって私とセラも食べ始めた。

 終始無言の朝食、食べ終えて茶を一服したところでクレハはようやく口を開いた。


「うし、エイルさん。そろそろ始めてもろてええか?」

「はい!? あえっと、何がですか……?」


 突然始めると言われ、何のことか分からず聞き返す。

 察しが悪いせいでまた苛立たせてしまうかと思ったが、そんなこともなくクレハは明るい態度で申し出てきた。


「そやな。改めて正式に依頼するわ。村のみんなの埋葬」

「あ……分かりました。早速取り掛かりましょう」


 言われて思い出す。それこそが今日村に来た本来の目的だということを。

 クレハを除く総勢207人の村人、昨日を命日として私は埋葬の準備に取り掛かった。


 まずはご遺体の運搬。

 数が数なだけに時間はかかるが、一人一人丁寧に弔わねば。


 私が動き出そうとしたところで、クレハから声をかけられた。


「なあ、ほんとにうち何もせんでええの? 魔物1、2の操作なら大して負担にならんし力仕事でも手伝いたいんやけど」

「ダメですよ。魔法の無理に使ったせいで死にかけたばかりでしょう。回復するまでしばらく魔法禁止です」

「そうかぁ」


 聞き分け良く引き下がるクレハ。


 初めて会ったときと比較して随分丸くなったように思うが、今の彼女こそが本来の姿なのかもしれない。

 魔法の秘密、村の秘密、誰にも言えない秘密を一人で抱え込んだ結果彼女は他者を遠ざけるしかなくなった。

 大切なものは失ったが、重荷も一緒になくなったお陰で心が軽くなったように見受けられる。


 話が一段落ついたところで今度こそ作業を開始した。


「エイルがんばれー」

「……え? あんたは手伝わへんの?」


 外野で座り込むセラにクレハは思わず突っ込みを入れる。

 まるで他人事、二人でもかなりの重労働だと言うのに片方のサボりを見ては黙っていられなかった。

 しかしセラは悪びれもせず間延びした返事をする。


「働きたくなーい」

「ええ……あんたら仕事仲間とちゃうん? 一人に頼りきりでええんか?」

「エイルは紙作るだけでいいって言ったし」


 まるで子供のようなワガママ。

 それを見たクレハは、複雑な気分になった。

 自分がどんなワガママを言っても世話をしてくれた、一人の男のことを思い出して。


「セラさんだっけ? 別にあんたらの関係に口出しする気もないけど……適当しすぎるといつか見放されるで」

「……むぅ、仕方ない」


 クレハの一言で、気だるそうにしながらもセラは立ち上がった。


「エイル。人運ぶの全部やるから、他の準備進めといて」

「えっ。手伝ってくれるのは嬉しいですけど、全部は流石に……」

「別に単純な力仕事の方が楽だし。それに」


 セラは言いながら魔法を発動した。

 彼女の手から生み出された何枚もの紙はご遺体の下に滑り込み、それは宙に浮いた。


「人間くらいの重さなら紙に乗せて運べる」

「おおー」

「ほー……なんでもええけど丁重に運んでな?」

「分かってる。流石に今回は適当にやらない」

「普段ものぐさな自覚はあるんですね……」


 自他ともに認める面倒くさがり、関係の薄いクレハから見てもセラの印象は変わらないらしい。

 役割が決まったところで作業に移る。


 私が次に用意するのは人数分の骨壺と墓石。

 用意と言っても既に準備は済ませてある。


 まず材料。木材石材共に村が保管しているもので足りることは確認済みだ。

 そして作成のための魔法陣も既に完成している。

 墓石に刻む名前も名簿リストを事前に貰っていたため抜かりはない。


「お墓は一つでいいんですか?」

「ええよ。みんな家族みたいなもんやし、一緒に埋めたって欲しいわ」

「……本当にいいんですね? 火葬で」

「……ええよ。そうでもせんとうちが諦めきれんかもしれんから」


 これは最終確認。クレハは最後まで埋葬方法を迷っていた。

 土葬ならしばらく遺体が残る。

 つまり彼女の魔法で動かせるということ。

 どれだけ葛藤したのかは分からない。

 けれど最終的には未練を立ちきることに決めたらしい。


 事前の要望通りということで、持参した火葬魔法1枚と墓石彫刻魔法陣1枚、骨壺組み立て魔法陣207枚を起動するのが私の仕事だ。

 枚数こそ多いが単純な構築にしたため魔力量も私一人だけで十分足りる。

 ……これだけ聞くと私の仕事が楽そうに聞こえるが、準備期間の3週間は超絶忙しかったので許して欲しい。


 と、やることは決まっているため淡々とこなすだけだと思っていた。

 しかし思いの外作業は順調には進まなかった。

 例えば作業開始から2時間が経過した頃のこと。


「もう無理充電切れ。おやすみ」

「……いや疲れるのは分かるけどな。にしてもお昼寝って呑気なやっちゃなぁ」

「ごめんなさいクレハさん……セラは昼にしか寝られないらしいんです……」

「は?」

「夜頑張るから許して……すやぁ」

「はぁ……よう分からんけど難儀やなぁ」


 セラの謎生活スタイルにはクレハも困惑していた。

 さらに翌朝、セラの運搬が完了したところで私は指摘された。


「で、この量を埋める穴はどうやって掘るの? まさか人力?」

「あー……その……今から魔法陣描くので少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか……」

「ん、よろ」


 葬儀に必要な物の準備ばかり考えるあまり、埋葬作業の方法について失念していた。

 魔法陣の追加作成を余儀なくされた私はすぐに取り掛かった。


 そして全ての準備が終わり、私達は葬儀を始める。

 目の前には一ヶ所に集められた200を越える遺体。

 少女はしばらく目をつむり、覚悟を決める。


「じゃあ……始めてもらえるか?」

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