第28話 死の隣人⑥

 私の固有魔法は先天性、生まれつき使えた。

 「生命力操作」の魔法。魔力と生命力を相互変換、さらに生命力の譲渡もできる。

 無生物に生命力を与えても意味はない。しかし生物だった無生物なら動いてくれる。

 すぐに生命力を与えれば生前となんら変わらないように蘇るが、死して半日以上経過すると生命力を与えても魂は戻らず命令に準じるだけの人形になり果てる


 初めて魔法を使用したのは5歳のときだった。

 小型魔物の死骸に魔法をかけてみたら意のままに動かすことができた。

 余りに興奮して両親に見せた。けど両親はあまり良い反応をしてくれなかった。

 それはそうだ。娘の魔法が生物を操る非道なものだとしたら人間としては畏怖の対象であり、親としては心配にもなるだろう。


 だから私は嘘を吐いた。私の魔法は魔物しか操ることができないと。

 それでも私は気味の悪い魔法を使う子供と避けられた。子供からも、大人からも。

 そんな私を避けなかった数少ない存在は両親と、ロイクだった。


「なんで避けるんだ? 支配者っぽくてカッコいい魔法じゃん。いつか村がピンチのときに救ってやって見返そうぜ!」


 私の魔法はロイクの少年心を刺激したらしく、それから私達は仲良くなった。

 

 大人たちからは危険だから村の外にはあまり行かないようにと言われていたが、私達二人はこっそり冒険しにいった。

 近隣の森で魔物の死骸を探して洞窟の中に隠し、生命力を与えた。

 仲間が増えていくみたいで楽しかった。


 そんな少し残酷な遊びを楽しんでいる最中、村が魔物の群れに襲われた。

 いつもなら村の自警団が追い払って終わりだった。

 けれどこのとき襲ってきた魔物は中級、普段相手する低級魔物とは段違いの強さだった。

 村の自警団は壊滅寸前、明らかな村のピンチ、私とロイクは目を合わせた。見返すチャンスだと。


 いつもの洞窟に行って集めた魔物たちに命令を下す。

 私達が集めた魔物は低級50体、それを12体の中級魔物に襲い掛からせる。

 中級相手じゃ低級魔物なんか簡単に薙ぎ払われるが私の魔法で操る魔物が倒れることはない。

 ゾンビのように襲い掛かり、疲れ始めた敵の隙をつけば手負いの自警団でも倒すことができた。


「これがクレハちゃんの魔法なのか? 凄いな!」

「よくやってくれた。助かったよ」

「村を救ってくれてありがとう」


 褒められた。村の役に立てた。私は心底嬉しかった。

 そんな喜びも束の間、視界の端で悲しんでいる人がいる。

 それは母だった。何故悲しむのか、理由を知るために近づく。

 母が泣き顔を見せる先には父がいた。

 自警団だった父は魔物との交戦で大きな傷を負い、仰向けに倒れていた。


 喜びから一転、私の心は落ち着きを失う。

 このままじゃ父は死ぬ。

 私の魔法なら父を助けられるかもしれない。

 それをすれば私の魔法が人間にも使用できることがバレてしまうけど、でも父が助かればみんな喜ぶはず。

 みんなまた、私を褒めてくれるはず。

 魔法を行使しようと手を伸ばす。すると父は私の腕を掴んだ。

 突然のことに驚いていると、父は私に耳打ちした。


「……俺に魔法は使うな。折角認めてもらえたんだから……幸せに生きなさい」


 優し気に笑い、私の腕を握る力が弱くなり、やがて父は息絶えた。

 母の慟哭を聞きながら、私は父の最後の言葉について考えていた。

 父は私の嘘に気づいていたんだ。私の魔法が人間にも使えるって。

 そして父が止めたということは、知られればまた私は避けられてしまうのだろう。


 私は父が死ぬくらいなら村八分にされたって構わないとも思った。

 けど父はそれを望まなかった。父は私の幸せを願った。

 その願いを無視して蘇らせても、父は幸せになれるのだろうか。

 考えても子供の私に答えは出せなかった。

 それでも考え続けて時間が経過し、気づけば半日が過ぎ父を蘇らせられる期限はとっくに過ぎていた。


 父を助けなかったことを後悔しない日はない。

 だからせめて、父の願いだけは叶えたいと思った。


 父の言う通り、私は変わらず魔物にしか魔法を使えないことにしている。

 その代わり、今後村人が死ななくて済むように強力な私兵を作ることにした。

 今回倒した中級魔物シェルゴブリン全てに生命力を与え、今まで集めた低級魔物は埋葬した。

 低級魔物を大量に残しても操作するには私の魔力量が足りない。それに魔物の血は別の魔物を呼び寄せてしまうことを知った。保有する魔物の数は少ない方が危険も少ない。きっと今回もそのせいで……。


 私兵の数を減らした分、個々の戦力を増強した。

 魔物に命令して魔物を倒しお金を稼ぐ。稼いだお金で武器や防具を揃えれた。

 訓練も行った。命令に従ってくれるとはいえ動きはバラバラだ。

 前衛、中衛、後衛と役割を与えスムーズな連携ができるように慣れさせた。

 強くなった私兵で野良のシェルゴブリンを狩り私兵を増やす。


 村の門番や高台見張り番も私兵に任せた。

 村の防衛を自警団が必要ないくらい強固にし、村に宣言した。

 私が村を外敵から守る。村の守護者になると。


 宣言から5年間、その間村の魔物被害はゼロ。私を避ける者は誰もいなくなった。

 私も村での平和な生活に幸せを感じていた。


 そんな日々の中、外の街の偉そうな人間が村にやってきた。

 どこで噂を聞きつけたのか、私が魔物の小軍隊を持っていることを知っている口ぶりだった。


「君を勧誘しに来た。こんな寂れた村じゃ君は窮屈だろう?」


 随分な物言いに私は心底腹が立った。

 私の気持ちを勝手に決めるな。

 私は今が一番幸せだ。この幸せを邪魔されたくない。

 私がいなくなればこの村はまた危険に晒される。

 もう誰も死なせたくない。


 その一心で私は客人に罵詈雑言を浴びせた。

 客人は私が何を言っても涼しい顔で聞き流し、粘り強く勧誘してきた。

 どれだけ話しても平行線、客人は呆れたように立ち上がり、去り際に言った。


「今日は帰るけどまた来るよ。君の気が変わる頃に」


 不気味に笑う客人、最後に一喝して追い払った。

 気分が悪くなったけれど、いくら勧誘に来ようが私の意志は変わらない。

 無視して今まで通りの生活をすれば大丈夫だろう。


 そう思っていた翌日の深夜、就寝していたところで不意に目が覚めた。

 見れば目の前に覆面の不審者、そいつは私の口に液体を流し込んでいた。

 突然のことに惑い少しだけ飲んでしまったが、すぐに不審者を払いのけて吐き出した。


 誰だ、そう尋ねても不審者は声を発さず逃げようともしない。

 警戒して注視していると、急激に眠気が襲ってきた。

 寝起きとはいえこの眠気は異常だ。となれば原因は別にあり、心当たりと言えば目の前の不審者が飲ませてきた液体しか考えられなかった。

 おそらく飲まされたのは睡眠薬、意識が朦朧とする中で最善策を考え言葉にする。


「1号2号! そいつを殺……いや……村を、守……れ……」


 窓から側仕えの使役魔物が入ってきたのを確認し、そこで私の意識は途切れた。


 早朝、私は目を覚ました。

 知ってる天井、体調に変化はない。昨晩の出来事は夢だったように思えてしまう。

 しかし部屋を出た瞬間、夢ではなかったと悟る。


 母が死んでいた。

 村は誰も外に出ていない。

 全ての家に訪問して、全員同じように目を覚まさなかった。

 一晩で村が滅んだ。


 これは後で調べて分かったことだが、死因は毒だった。

 村全体で共有している井戸水、そこに遅効性の致死毒を入れられた。

 勿論私も井戸水を飲んでいたが、私が死ななかったのは深夜に侵入してきた不審者に解毒薬を飲まされたらしい。

 そして解毒薬を飲んでいない村人は就寝中に毒が回り死に至った。

 何故私だけ生き残ったのか、それは数日前に来た偉そうな客人の謀略だった。

 私を勧誘するため、逃げ道をなくすために私以外の村人全員を殺した。


 生まれて二度目の絶望、二度目の大切な人の死。

 私が何をした? 村の皆と平和に暮らしたくてできる限り防衛を強化した。

 魔物被害も失くし、もう誰も不幸にならないと思った矢先にこれだ。


「お父さん。うちもう我慢は嫌やよ……」


 父の願いは私が幸せに生きること。

 そのために私は父を助けることを我慢した。

 今度は村の全員が死んだ。

 誰もいないということは、ここで生命力操作の魔法を行使したとしても誰も気づかない。

 全ての死を隠蔽してしまえば、また今まで通りの生活に戻れる。


 ただし魔法の行使には一つだけ難点がある。

 村人207人、全員を蘇らせ生命維持するには膨大な魔力が必要だ。

 私の魔力だけでは圧倒的に足りない。だが、方法がないわけではない。


 私の固有魔法は生命力操作、魔力と生命力の相互互換ができる。

 つまり、寿命と引き換えに魔力を生み出すことが可能だ。


 そんなことをして私がどれだけ生きられるのかは分からない。

 でもこのまま長く生きたって絶望が長引くだけ。

 どれだけ短い人生になるとしてもやるしかない。


 父の最後の願いを叶えるために。







「さて行きましょうかセラ。依頼を完遂しに」

「うむ。村のお掃除にしゅっぱつ」


 撮影魔法陣を届けてから3週間後、私達はクレハの依頼通り村へ赴くことにした。


「本当にもう誰も起きてないの?」

「クレハさんが言ってたんです。自分の魔力、体力的にもその辺りが限界。そこで終わるように調整するから、魔物や人に荒らされる前に後処理を頼めないかって」

「ふーん」

  

 相変わらず自分で聞いておいて興味なさそうに返事するセラ。

 クレハが外部の人間である私に全て打ち明けた理由、それは外部の人間にしかできないことを頼みたかったから。

 村人の埋葬、彼女からの依頼だ。


「でも井戸水に毒って、エイルも飲みかけてたよね」

「本当ですよ……あのときクレハさんが湯飲みを奪ってくれなきゃ私もロイクさん達の仲間入りでしたね」


 最初にクレハの家に訪問した時のことを思い出す。

 初見は態度が悪いだけの少女に見えたが、今にして思えば誰も傷つけないための行動だったのだろう。


「あの井戸使い続けてるってことは、クレハも毒を飲み続けてたってこと?」

「ですね。飲まされた解毒薬の効果か多少免疫はできていたみたいです。それでも怖かったでしょうね。いつ体に異変が起きてもおかしくないのに、毒と分かりながら飲み続ける。それを拒まないのは、不自然なくあの村で過ごし続けるため……」

「すごい不器用」


 誰にも言えない大きな秘密を抱え、秘密を悟られないよう人知れず苦労する。

 全ては何事もなかったかのように振舞うため。

 そんな苦労が必要になったのも、彼女達が死ななきゃいけなくなったのも、全ては身勝手な他人のせいだった。


「一人の人間の謀略で一つの村が滅ぶ……簡単に死ぬんですね。人って」

「うん。人間弱い」


 話を聞いた限り、村が滅ぶことになった元凶は極悪人だ。

 ただ平和を願う人々の生活を私利私欲のためだけに破壊する。

 クレハのような優しい人間がいる一方で、真逆の人間も存在することは覚えておかなければならない。


 そんな会話をしているうちに目的地に到着した。

 村の前に立ちふさがっていた門番の魔物は地に伏している。

 八百屋の店主、農夫、井戸水を運ぶ女性、子供の集団、それらも全て息絶えている。

 踏まないよう足元に気をつけて慎重に進む。


「エイルはこれ見て平気なの?」

「えっ?」


 唐突な質問。

 平気か、という言葉の意図を図りかねているとセラは補足した。

 

「たくさんの人が死んでるけど、怖くならない?」

「怖い、ですか。特に思いませんけど……元々亡くなられていることは知ってたからですかね?」


 確かに今足元で寝ている人達が活動している姿は一度目にしているので、もう会話もできないと考えると何も思わない訳ではない。

 たぶん、これが寂しいという感情なのだろう。

 しかし人はいつか死ぬものだ。死とは恐れるものなのか?


「ふーん。エイルならもっと取り乱すと思ってた。けどクレハが死のうとしてるのも止めなかったし、意外とドライ?」

「そうですか? 冷たいですかね私」

「うん。冷酷非道。人の心がない」

「それは流石に言い過ぎ……えっそこまでじゃないですよね?」


 いつものセラの軽口だとは思ったが、私は否定しきれなかった。

 今は人間でも元は機械、自分に心が備わっているのかなんて未だに分からない。

 私に答えられるのは知識に基づいた持論だけだ。


「でも、人の不幸がどれほどのものかなんて私には分かりません。だから初対面の私がクレハさんの選択に口出しなんてできませんよ」

「……ん。そだね」


 納得してくれたようで、セラはそれ以上追及してこなかった。


 そのまま地に伏す者達の横を過ぎ去り先に進む。

 彼らも全員埋葬するつもりだが、今は先に確保すべきものがある。


「着いた。クレハの家」

「無断で申し訳ありませんが……お邪魔します」


 返事が返って来ることの無い家に上がり込む。

 私達がクレハの家に来た目的、それはとあるモノを確保するため。


「写真、探さないとね」

「はい。一生残る思い出、そう言って魔法陣を売りつけたのは私ですから。私には彼らの写真を守る責任があります」


 自身のすべきことを再確認し、家捜しを始める。

 しかし居間を一通り探してもそれらしき紙束は存在しない。

 となれば写真があるのはやはり、クレハの部屋だろう。


 部屋を前にして数回ノック、やはり返事はない。

 ドアノブに触れ、ゆっくり回し、私は動きを止めた。


「エイル? 入らないの?」

「……そうですね。入りましょう」


 何故戸を開くことに躊躇したのかは自分でも分からない。

 分からないけれど、私は覚悟を決めてドアノブを引いた


 足元に注意し、ゆっくりと彼女の部屋に踏み込む。

 そして私は部屋の一角を見て、深く安堵した。


「ああ……よかった」


 クレハの部屋で最初に得た視覚情報はクレハの母親、次いでロイク、最後にクレハ。

 それらの倒れ伏す姿とクレハの手に握られた分厚い紙束、写真だ。

 続いて聴覚情報、静寂に包まれる中……ひっそりと聞こえる一人の寝息。


「選んでくれたんですね。幸せを探す道」


 深く眠る三人のうち、一人だけ肩を揺らす少女。 

 呼吸し、熱を持ち、写真を握る手の力は緩まない。

 死に包まれた村の中で小さく灯る一つの生。


 クレハ・メイデスは今、確かに生きている。

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