第8話 怒りを知る
拠点である迷宮から迷宮出口へ、迷宮出口から精霊ラグネスを信仰する街『ラグネス』へ。
そして街『ラグネス』からさらに先の荒野を私達は歩いていた。
目的はモルトの仇討ち。
メンバーは約束通りライカと私の二人、だけではなく……。
「二人だけのはずですが、何故ネレイアもここに?」
「面白そうだからぁ。マスターも研究室に閉じこもっちゃって暇だったしぃ」
「もう……好きにしてください」
結果、ネレイアを含めた三人でラグネスの捜索をすることに。
探知する上で頼みの綱となるライカが口を開く。
「ラグネスの音……もうすぐ」
「もうすぐって言ってもぉ。隠れる場所も何もないわぁ」
「ラグネスはこんなところで何をしているのでしょうか……?」
見渡す限り隠れる場所もない荒野。
近くにいるのなら見えてもおかしくないと思うのだが。
そんな不信感を抱くいたところだった。
「てめえらを待ってたんだよ」
意識外の方向からの声。
忘れもしない、憎悪を掻き立てる波長。
「どこから声が!?」
「声を遮る風切り音……空?」
ライカに合わせて上空に目を向ける。
そこには人影が緩やかに降りる姿があった。
人間とは異なる存在だと主張するような、降臨という言葉が相応しい登場。
着地したそれに挨拶をする。
「――――お久しぶりです。精霊ラグネス」
「よぉ。名前は知らんが、会いたかったぜ?」
望んでいた再開。
しかし喜びは皆無、ただ敵意を交差させるのみ。
警戒したまま言葉尻の意味を問う。
「待ってた、とは?」
「同胞に百発百中の占術使いが居てな。次てめえらに会える場所と時間を聞いてたんだよ」
「百発百中ってぇ……それもう未来視じゃなぁい?」
「流石精霊……チート臭い」
度を超えた能力に泣き言を漏らしたくなる。
その気持ちを抑え黙っていると、今度はラグネスが問いを投げかけて来た。
「しっかし、お前らもオレを探しに来たみてぇだな? 折角逃げられたのにノコノコ現れやがって、馬鹿なのか?」
「そうですね。愚かな行為であると重々理解しています」
煽り、嘲笑、侮辱の言葉。
けど否定はしない。
人間的欲望を満たすという愚かな目的のために、私はここに来たのだから。
「それでも私の心が、あなたを打ち負かしたいと言って聞かないので」
「へぇ……いいなお前。その意気込みに敬意を評し、きっちり返り討ちにしてやるよ!」
宣戦布告の言葉を開戦の合図と受け取ったラグネスが動き出す。
奴は右手指先に力を込め、大地を蹴った。
ラグネスの直進方向には元々一番前に出ていた私が居た。
応戦するため、私も戦闘態勢に移行する。
「スキル『スプーフィング』、
口ずさみ、発動するスキル。
私の微細な変化を察したらしいラグネスは顔をしかめるも速度を緩めることはなかった。
繰り出される貫手、精霊の指先は私の心臓を穿かんとする。
速い、が反応可能な速度。
精霊の指先にこちらの手の甲を添え、勢いを逸らすように弾く。
加えて私は、空を貫いた隙だらけの右手を掴もうと指を掛ける。
しかし狙いに気づいたらしいラグネスが一瞬早く離脱する。
「なんだ。顔に似合わず肉弾戦好きか?」
「嫌いじゃないですよ。あなたの顔面に拳を叩きつけられるので」
「はっやれるもんなら、やってみな!」
ラグネスは先程と変わらず高速の貫手を繰り出す。
しかし今度は連続、私に腕を掴まれまいと躱した貫手はすぐさま胴元に戻される。
「おらおらおら! いつまで保つかな!!」
確かに直撃すれば危険な攻撃だ。
それこそ腹部を貫かれたモルトと同じ末路を辿るかもしれない。
だが、攻撃のチャンスはそう何度もやって来るものではない。
「やれるものなら、でしたっけ? では遠慮なく」
ラグネスが腕を伸ばしきった瞬間、懐に潜り込み、体の隙間から拳を捩じ込む。
「は? いや速……がぁっ!」
裏拳が鼻頭に直撃。
よろめくラグネスから少しだけ距離を取り、一息つく。
「ふぅ……」
「痛ぇ……けどさ、お前喧嘩慣れしてないだろ」
「? 何故そう思うのです?」
「動きは速ぇし目も良いみたいだが、拳を痛める殴り方だ。実際オレよかお前の方が痛いんじゃねぇか?」
「なるほど……ご助言ありがとうございます。次からは上手く殴ります」
「この野郎……!」
攻防し、修正する。
戦いの中で学ぶ。
殴り合いの喧嘩という初めての経験を。
「ヘバってきたな! もう全力か?」
「? はい。手加減してる余裕なんて微塵もないので」
「ならこっちもそろそろ……全力でぶちのめしてやるよ!」
ラグネスの体が微発光を見せる。
その直後、攻撃を再開したラグネスがいつの間にか目の前に居た。
手捌きの貫手逸しは間に合わないと判断し後退、しかし追撃も速く、回避の苦しい状態が続いた。
「随分速くなりましたね。身体強化魔法ですか?」
「よく分かったな! ついでにまだ速くなるぞ!」
言葉通りに加速するラグネス。
真正面に居たはずが、いつの間にか気配は背後移動していた。
こちらが態勢を立て直す前に決着をつけるつもりか、止めと言わんばかりの凶撃を放つ。
その一撃は……誰に届くこともなく空を貫いた。
「がっ……ぁ?」
ゆっくりと地面に落ちる精霊の体。
その原因は首筋に強い衝撃を受けたから。
衝撃の原因は、瞬間的に背後に回り叩きつけた私の右手刀だ。
苦しそうによろめきながら、戦闘態勢を装うラグネス。
「なんで、ついてこれる……お前、全力って……」
「ええ。私はずっと全力ですよ」
「てめえ、そんな見え透いた嘘を……いやそうか。最初にスキルがどうとか……」
「教える義理はありませんね。それで、その程度があなたの全力ですか?」
「っ!? 舐めやがってクソが……!」
イラつきを露わにして言葉を吐き捨てる。
その他所で傍観者と化した二人は離れたところで会話していた。
「エイルのスキルってぇ?」
「スキル『スプーフィング』……視認対象のステータス……自分に上乗せする」
「……んんぅ?」
聞き慣れないステータスという言葉にネレイアは首を傾げる。
「ステータス、つまり身体能力……スピード、パワー、タフネス……絶対に相手のフィジカルを超える」
「そういうことぉ。じゃあエイルはぁ、殴り合いじゃ負けないのねぇ」
説明するライカ、理解するネレイア、二人はなおも戦いを見るのみで手出しすることはなかった。
その間にラグネスは殴打を受け続けていた。
傷だらけの身に治癒魔法をかけながら立ち上がる。
「がっ……げほっけほっ……」
「あなたに戦いを楽しむ余裕なんて与えませんよ。苦しんでくれないと、私が楽しくないので」
「ちぃっ! いい加減に、しろ!!」
接近しようとするも、無造作に放たれるラグネスの魔法。
回避行動を取らされ距離が空く。
「すぅ……あーはいはい。肉弾戦で勝てねぇのは十分に分かったよ。けど忘れたのか? オレは精霊だ。精霊の本領は……魔法だよ」
「? 私に魔法が使えないとでも思ってるんですか?」
「たかが人間の魔法がなんだってんだ。精霊の基礎魔力量は人間の10倍以上だ!!」
自信満々にラグネスは魔法を起動した。
掲げた手先で炎球が肥大してゆく。
奴が無詠唱で魔法を扱えるのは精霊だからだろうか?
対抗するため私も魔法の詠唱を始めた。
「あらぁ。ラグネスの話が本当なら魔法は不味いんじゃないのぉ?」
「それは……全く問題ない」
ライカは動揺することなく問いに返答する。
準備を終えたラグネスは巨大な火球を振り下ろすように射出する。
詠唱を終えた私は魔法を起動する。
「スキルで上乗せする……ステータス……魔力も含まれてる」
私の手先から現れた魔法、それはラグネスの魔法より一回り大きい炎。
手を離れ、向かい来る火球を巻き込み、二人分の火炎の波はラグネスを飲み込んだ。
辺り一面火の海と化し、中には黒い人影が一つ。
普通なら生きているはずがない、そう思いたいところだが……相手は普通の存在ではない。
黒い影は徐々に肌色を取り戻しながら、私に接近してくる。
「認めるよ。お前は本当に強い、今すっげー楽しいんだ。お前とならずっとやり合ってもいいくらいだ!」
「……あながち冗談でもないのかもしれませんね。精霊だから魔法で死なず、物理ダメージもすぐさま治癒魔法。終わりが見えないくらい厄介です」
死なない相手の討伐、最初から無謀な作戦ではあった。
魔法で死なないことは知っていた。
物理ならいけないかと思って試したが、魔法の根源たる精霊が治癒魔法を使えない訳がない。
「しかし、それでも問題ありません。私はあなたをストレス発散の道具にしに来ただけなので、壊れない玩具は大歓迎ですよ」
煽り文句の応酬。
ラグネスもまた口悪く貶してくるのだろう。
そう思っていたが、想像とは違う反応が帰ってきた。
「……んでだよ……」
「……?」
声がよく聞こえず、耳を澄ます。
「なんで誰も……オレと対等になろうとしてくれねぇ……」
聞いても真意は分からなかった。
けれどその顔は悔しそうで、どこか悲しそう。
泣きそうな顔のまま、極めて冷静な声で続けた。
「もういいよお前……遊びは終いだ」
雰囲気が変わった。
襲い来る寒気が、変化の前兆を訴えている。
秘密の箱を開けるかのようにラグネスは口を開く。
「『起きろ、エ――――』……っ!」
その瞬間、ラグネスは開いた口を閉じ、大きく後ろに跳躍した。
そしてラグネスが居た場所に多色のレーザーのような何かが降り注いだ。
遠距離攻撃、その攻撃の根本は目視できないほど遠い。
しかしその攻撃には見覚えがあった。
「あれはまさか……」
「援軍かよめんどくせぇ。まとめて蹴散らして……あん? 通信?」
何かを再開する素振りを見せたが、またも動きを止めるラグネス。
そのまま誰かと話している様子で独り言を続けていた。
「いや今すぐ帰れって……おいちょっと待て。こっちにも用事が……あ、切りやがった!」
一人で騒ぐラグネス。
通信機器を持っている様子はないが、思念を送る魔法でもあるのだろうか。
不機嫌そうな顔のまま、相手は私に問いを投げかける。
「クソ……おい、お前名前は?」
「? エイルです」
「エイル、次は絶対にオレが勝つ。それまで首洗って待ってろ」
そう言った次の瞬間、ラグネスは忽然と姿を消していた。
圧倒的優勢だったはず、ラグネスも自分の負けを認めているようだった。
しかし最後は何かを隠したまま去っていったようで、どうにも自分の勝ちだとは思えなかった。
晴れないモヤモヤを胸中に感じていると、思考の外から声が聞こえた。
ライカとネレイアではない、おそらく遠距離攻撃の主、その正体は大方予想通りの人物だった。
「駄目じゃないか。勝手に精霊と戦ったりして」
「ごめんなさい……マスター美亜」
「戦ってたのはエイルだけだけどねぇ」
バツが悪そうな顔するライカ。屁理屈を言うネレイア。
そして、何やら布で覆った大荷物を背に隠す美亜。
そんな彼女に私は一つの質問を投げかける。
「美亜。それよりどういうことですか?」
「何がだい?」
「先程の遠距離攻撃。あれは……モルトのブルートフォースです」
美亜と他の二人以外に人の気配はない。
それでも聞かざるを得ない。
たとえ期待通りの答えが得られないとしても。
「モルトは……生きているのですか?」
美亜は押し黙る。
その沈黙が何を意味するのかは分からない。
生きているのなら喜ばしいこと、死んでいるのなら今まで通り、どちらにせよ美亜なら即答しそうなものだ。
「美亜……?」
「分かっている。もう隠しても無駄だとね……先程の問いに対する回答だ。正しくは……死んでいない、だ」
観念したように白状し、美亜は背後の大荷物の布を取り去った。
隠していたものの正体を明かすように、高らかに説明する。
「固定砲台『ブルートフォース』。多属性の魔法を絶え間なく射出でき、周囲の微精霊が枯渇するまで無限に放てる。この世界のどんな兵器よりも優れた武器として、私達を助けてくれるのだよ」
台車に載せられたポッド。
先端には兵器だと言わんばかりの砲身。
そしてガラス越しに見える中身は、培養液に浸され眠る人間の姿。
「モルト……!」
もう会うことが叶わないと思っていた人との再開、それがこんなにも残酷なものなんて。
残る二人も口々に想いを漏らす。
「これは……生きてるって言える?」
「……私には分からないわぁ」
「生き死には関係ない。大事なのは、モルトは今も私達を助けてくれているという事実さ。たとえ意識がなくともね」
「……冗談、ですよね?」
「冗談のつもりはないのだよ。限られたリソースの有効活用、女神も無限に転生者を作れるわけではないからね」
「それは! ……あまりにも、非人道的な考えです……! モルトは人間で……あなたが産んだ子供でしょう!!」
「ほう? 君に人道を諭される日が来るとは、中々に愉快だ」
「美亜!!」
開き直ったのか、皮肉ったらしく憎まれ口を叩く美亜。
その笑みもすぐに消え去り、諭すように私に訴える。
「悪いがエイル。私にはもう後が無い。手段なんて選んでいられないのだよ」
「……理解はしています。目的達成を急ぐ必要があることも」
行動の合理性は分かる。
目的のために美亜は正しい行動をしている。
「でも、納得はできかねます。……失礼します」
けれどそれが、人間として正しい行いだとは到底思えない。
その場に居ることさえ耐えられなかった私は、美亜から逃げるように帰路を進んだ。
「……すまないエイル」
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