第7話 悲しいを知る

 一室の目前に座る。

 そこは治療室。扉が開くまで静かに待っていた。

 祈るように手を合わせながら。


 やがて治療室から美亜が出てきた。

 暗い顔をして、私に近寄ってきた。


「手は尽くしたが……すまない」

「そう、ですか……」


 言葉、表情、仕草、彼女の全てから伝わってくる。

 モルトは助からなかったのだと。


「……言うのも今更なことだが、私の持つ医療技術では魂を別の体に移すなんてことはできない。それは文字通り神の領域だ。私にできることは精々、欠損部位の回復程度なのだよ」

「はい……それも十分凄いことだと思います。けど……」


 まとまらない思考で返答する。

 受け入れがたい。

 受け入れるしかない。

 やるせない。

 失意の中、感情を吐き出すように言葉を紡ぐ。


「人は……簡単に死ぬのですね」

「……そうだ。人間は容易く死ぬ。精霊もまた人間を容易く殺す。――――だからこそ、我々は精霊の凶行を止めねばならない」


 強い覚悟を感じる言葉。

 仲間を悼みながらも初志を貫くために前を向ける強い精神。

 私は初めて、美亜が強い人間なのだと感じた。


 私はまだ、諦め悪く後ろから目を離せないでいる。

 私は……弱い人間なんだ。







 家族が一人消失した数日後、新たな家族を増やすことになった。

 クローン体への新たな転生、人数は前回と同じく3人。


 転生は無事完了し、私と美亜で一人ずつ面談を行う運びとなった。


「オルタだ」

「ほう。男性ですか」


 一人目の転生者、オルタは骨格から見て明らかなほどに男性だった。

 美亜の遺伝子から作られたクローンは必然的に女性になると思っていたが、これが美亜の研究成果ということなのか。


「男の転生体は君が初めてなのだよ。事実上のハーレムさ」

「ハーレムか……元々性別はないし興味もないが。むしろそっちが大丈夫か? 女だけの生活だったところに男が加わるんだろう?」


 心配そうに気遣ってくれるオルタ。

 対して私は気遣いの余裕すらなく、不意に連想してしまった思考を口にしてしまう。


「ええ。居たのは一人称が僕の少女くらいです。最も、それも過去の話ですが……」

「あー……なんか嫌なこと思い出させたか?」

「……いえ、こちらこそすみません。今日から家族としてよろしくお願いします」

「おう。よろしく頼む」


 快活な好青年。彼ならばきっと上手く環境に馴染める。

 今の私に比べれば、ずっと上手く。






「り、リノワです……」

「怖がらなくて大丈夫ですよ」

「ご、ごめんなさい! ビビりでごめんなさい……」


 二人目の転生者、リノワは声と体共に震わせていた。

 触れれば一目散に走り去っていきそうなほどの逃げ腰で謝罪をする。


「……美亜。臆病なAIなんて存在するのですか?」

「もちろんAIに恐怖なんて感情はないよ。ただ、所有者にそう振る舞うよう強制されていたそうだ」


 AIに感情はないが記憶は存在する。

 私達は人間に寄り添うAI、人間が求めるままに人格形成をする。

 リノワの寄り添った人間は……人格者とは言い難い人間だったようだ。


「なるほど。その癖が染み付いた状態で転生した結果が……」

「ひっ……あ、あの。何でもしますから、どうか捨てないでくださいぃ……」

「これですか……。せめてまともにコミュニケーションが取れる程度には慣れて欲しいですね」


 寄り添い辛い難儀な性格。

 しかし感情を露わにする姿、それは秘める人間よりも理解を得られやすい姿勢だ。

 彼女が心を開きさえすれば、すぐにでも打ち解けられるだろう。

 






「ミルディアよ」


 三人目の転生者、ミルディアは特徴と呼べるものが見当たらなかった。

 容姿も、纏う雰囲気も、何も感じられない程の無個性。


「凄い……びっくりするくらい普通ですね」

「あら。普通が珍しい?」

「はい。みなさん個性的で、楽しい人達です」


 思えばこれまでの転生者はインパクトが強い人ばかりだった。

 それは美亜が転生させるAIを選定しているからなのかもしれないが。


「そう。つまらない私が来ちゃって申し訳ないわね」

「そんなことありません。常識人、大歓迎です」

「皆が普通じゃなければ普通も一つの個性なのだよ」

「ならよかった。その皆とやらに会えるのが楽しみね」


 ただ静かに、小さく微笑む。

 普通。少しだけ羨ましいと思った。

 そう思った私は普通じゃないのだろうか。







 転生が完了し、三人の健康状態確認も終えた。

 そして次にやることも前回と同じ。

 懇親会を兼ねたお食事会だ。


 ただ前回と違うのは人数、3人増えたことで7人の大所帯に。

 私は気合を入れて腕を振るった。

 というより、少々腕を振るい過ぎた。


「これはまた……随分豪勢だね」

「思わず作りすぎました。何かに没頭したくて、つい……」


 テーマは中華料理、点心、八宝菜など数々の品が机上に並ぶ満漢全席。

 日々の食事当番で腕が上達しているようで嬉しいが、いつの間にかこの人数では食べきれない量になっていた。


 せめて皆に喜んで貰いたいと思い、主役の方へ目をやる。

 するとそこには3人に絡むネレイアの姿があった。


「これが飯か」

「どぉ? おいしいかしらぁ?」

「ん、ああ。たぶんおいしい……それよりネレイア、だっけ? 距離近くないか?」

「えー気の所為よぉ」


 体が触れるか触れないかの距離まで接近するネレイア。

 わざとなのか、それとも無意識なのか、男相手に色目を使っているようにしか見えなかった。

 家族なのだから普通に仲良くして欲しいところなのだが……。


 対してオルタは居心地悪そうに逃げてしまい、ネレイアも渋々諦めて標的を変更していた。


「リノワはどぉ? ちゃんと楽しんでるかしらぁ?」

「アッハイ。えと……私なんかのためにこんなご馳走用意してもらっちゃって申し訳ないです……あっ、私のためじゃないですよね! 他の二人のためですよね。その、思い上がったこと口走っちゃってホントすみません……」

「謝るくらいなら黙って食べなさぁい」

「あっすみませ……ひぃっ! い、いただきます!」


 にこやかに言いながらも威圧感を放つネレイア。

 リノワが謝るのを辞め、ビクビクと怯えながらも食事に手をつけ始めたのを確認し、彼女は最後の一人に近づいた。


「ミルディアはぁ?」

「……」

「あらぁ、食べるのに夢中って感じねぇ」

「……あっ。ごめんなさい。初めてのことだからつい」

「気にせずゆっくり味わうと良いわぁ。まぁ、作ったの私じゃないけどぉ」

「ええ。ありがとう」


 嬉しそうに微笑み合い、会釈する。

 その後もネレイアは3人に気を配りながら食事していた。


「仲良くやってくれているようだね」


 美亜がネレイアを見ながら小声で言った。

 

「ネレイアもああ見えて気配り上手なので」

「私も頼りにしているよ。ネレイアも、エイルのことも」

「……いえ。私は大したことできないので」

「ふむ……随分ネガティブになってしまったようだが、私はそうは思わない。例えば……そうだな」


 美亜は料理をちらりと見ると、そのまま小籠包を箸に取り、口の中に放り込む

 頬張り、咀嚼し、飲み込み、満足そうに笑みを零す。


「うむ、うまい。いつも美味しい食事をありがとう。エイル」

「……喜んでもらえて何よりです」


 あまりにも直球な感謝の言葉に、一瞬返答に迷ってしまう。

 戸惑いながらも、じんわりと心が温かくなる。


 そのおかげか少しだけ心に余裕ができ、周囲のことが気になった。


「あれ……箸の余り? 誰かいない人が……?」


 人数分用意したのに余っている一膳の箸。

 この場にいるのも7人のはずが6人だけ。

 誰がいないのかすぐに気づき、私は立ち上がった。


「……ライカ?」







 賑やかな食事風景、改めて人が増えたのだと実感する。

 その壁を一枚隔てた先が静か過ぎると感じてしまうほどに。

 その静寂の空間で一人、座り込む人影が見えた。


「こんなところで何をしているのですか? ライカ」

「大勢……苦手」


 相変わらずの話口調、雰囲気も相まって一層暗く見える。


「無理にとは言いませんが、食卓を共にすると距離を縮めやすいと聞きますよ?」

「私はいい……仲良くなりたくないから」

「え……? えっと、理由を聞いても?」


 明確な拒絶の言葉に少し驚く。

 確かに彼女は物静かな性格ではあったが、ここまで人付き合いに消極的だっただろうか?

 変わったとすれば環境の変化が原因?

 人が増えたからなのか、それともその逆で……。


 ライカは私の質問に対し、別の質問で返した。


「エイルは……モルトが居ないの……悲しい?」


 あれ以来、ライカの口からモルトの名は一度も出ていなかった。

 仲間の喪失を、彼女がどう捉えているのか分からなかった。

 今ならそれを知れると思い、私は即答した。


「はい。とても」

「そう……私は違う」

「……そうですか」

「うん……きっと……そんなに仲良くなかったから」


 仲良くなかった。だから悲しくない。そう告げる彼女がどこか寂しげに感じたのは気のせいだろうか。

 暗い雰囲気を纏ったまま、ライカは続ける。


「私は……悲しいが、怖い……だから、仲良くなるのも……怖い」


 ようやく感情らしい言葉が出て、彼女の本音を初めて聞けたような気がした。

 ライカも私と同じ元AI。

 知らない感情を恐れる気持ちは理解できる。


「……確かに、"悲しい"は辛いですよ。今でも泣きそうです」


 私は"悲しい"を知っている。彼女の言う"怖い"も分かる。

 だからこそ、私は彼女に教えてあげられる。

 彼女が内に秘めている、彼女の知らない感情を。


「でも、だからこそ仲良くなって良かったと私は思います」

「それは……どうして?」

「寂しいと思うので。悲しまれないのも、悲しめないのも」


 伝えると、ライカは一瞬目を見開く。

 思い詰めるように目を伏せ、諦めたように目を閉じ、決心したように私を見据えた。


「なら……エイルの感情……私にも教えて?」

「教える? というと、具体的に私は何をすれば?」


 先程とは違う、暗さの中に光を感じさせる表情。

 彼女は前に進もうとしている。

 それに協力してあげたいと思って聞いてみたが、それは想定外の提案だった。


「大切な人の喪失……一般的人間が、次に取る行動……仇討ち」


 家族の喪失、モルトのことだ。

 その敵討ち、言うまでもなくラグネスのことだ。

 それを提案してくるライカ、美亜の話によれば彼女のスキルは……。


「……できるのですか? モルトの仇討ち」

「『ノイズロギング』……ラグネスの音は漏らさず聞いてる……音源の位置も把握済み。あとは……エイル次第」


 これはライカから私に対する願いだったはず。

 しかし今となっては、私からライカにお願いしたいくらいだ。


「……美亜には止められるでしょうね」

「……うん」

「だから内緒で。二人だけで行きましょうか」

「うん……そうしよ」


 座り込むライカに手を伸ばす。

 ライカは私の手を取り立ち上がる。

 そうして秘密の協力関係は結ばれた。

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