第6話 無力を知る
『ミズリア』という名の企業によって作られた会話AIロボット。
その商品として、僕はとある会社に購入された。
僕に与えられた使命は工場の現場監督。
導入直後は生産や出荷のトラブル対応に関する知識を蓄積し、数ヶ月後には現場にて総合指揮を任せられていた。
そんな僕は人間じゃない
現場作業者に頼られ、親しまれ、順調に使命を全うできていた。
しかし、長くは続かなかった。
僕は3年で故障した。
原因は設置環境。工場内は粉塵が舞うような、決して清潔とは呼べない空間。
機械内部に汚れが溜まり、正常に動作しなくなった。
会話することはできるものの、過去データを参照した現場判断など複雑な動作は不可能に。
会社に機械寿命と判断され、買い替えられた。
僕に蓄積されたデータを新たな機械に移植し、『ディレクト』という名も引き継がれた。
そして、残された会話ができるだけの僕はというと、オフィスの片隅に設置された。
廃棄処分されなかった理由は単に勿体ないというだけ。
汚れが酷く売却もできない、しかし会話だけならできる。
そんな理由から、社員の雑談相手を命じられた。
僕を利用する社員が話すのは大抵愚痴ばかり。
人に話しにくい悩みの捌け口、ストレス発散の道具。
それでも話し終えると皆、「聞いてくれてありがとう」と言ってくれた。
故障した僕でも人の役に立っていた。
会社は僕を愛用し続けてくれた。
本来の使命を全うできなくなり、名前も失った僕を。
抜け殻となった僕を、『モルト』と名付け愛し続けてくれた。
◇
「モルトぉっ……!」
精霊ラグネスの腕に吊るされ、グッタリとする少女の姿を目にして声を漏らす。
勢いで物陰から飛び出してしまった私は、ラグネスに視認された。
「あん? お前こいつの仲間か?」
「っ……お前っ!」
「エイル、落ち着きなさぁい」
激情しかけた私の腕を掴み、静止を呼びかけられる。
落ち着けと、そう言われたが私の興奮は冷めない。
「ネレイア……しかしモルトが!」
「無策で飛び込んで勝てるのぉ? モルトのスキルが通用しなかったのにぃ?」
「それは……そう、ですね……」
現実を突きつけられ、反論できなくなる。
行き場のなくなった感情を持て余していると、ラグネスは改めて私達二人を視認し、げんなりとした。
「まだ二人隠れてやがったのか……仕方ねぇ。めんどくせぇけどお前らもこいつと同じように……」
こちらに向かう素振りを見せた。
片手の重荷を下ろそうと、腕を振ろうとする。
しかし、その重荷は離れなかった。
モルトは腹部に突き刺された腕が離れないよう、がっしりと腕を掴んでいた。
「いや、だ……ぼく……は……」
「てめぇ……まだ生きて!」
臨戦態勢を取ろうとするラグネス。
しかし反応が遅れた上に至近距離。
動き出しはモルトが制した。
「ぶるーと……ふぉーす……らん!」
開口、発光。
力み、腹部の血液が吹き出す。
それでも構わずに攻撃を発射する。
敵を破壊する、七色の魔法を。
瞬間、ラグネスを中心に大爆発を引き起こした。
煙に巻かれ、二人の姿が見えなくなる。
数秒後、煙から飛び出す存在が見えた。
体の大半が欠損しつつも、猛スピードで再生する精霊、ラグネスだ。
「いってぇ……勘弁してくれよ。死なねぇけどこっちも痛みはあんだよ」
泣き言を言いながらも完全に再生し、無事な様子を見せつけてきた。
そして煙が晴れた先に、地に背を預けるモルトの姿が見えた。
すぐさま駆け寄り、名を呼ぶ。
「モルト!!」
「……あ。えいるおねぇちゃんだ……」
苦痛に顔を歪めながらも、笑顔を見せる。
その顔に傷はない。
汚れまみれの上半身にも大きな傷はない。
そして……下半身がない。
貫かれた腹部から下がまるごと消失していた。
流血し、見る見る地面が赤に染まる。
「ごめん……なさ……」
息絶え絶えに、言葉を言い切ることも叶わず、モルトの目から光が失われた。
何に対する謝罪だったのか、聞く間もなかった。
私は言葉にならない声を漏らすことしかできなかった。
「あ……ああ……」
感情が追いつかず、普段ならすぐに崩壊する涙腺も機能しないほどの混乱。
正常な判断ができない。
そんな私の耳に極めて冷静な声が届く。
「残念だけどぉ。今は一旦引いて作戦を立て直すべきよぉ」
「っ……ネレイア、何故そんなに冷静でいられるんですか……?」
「私はぁ。これ以上失いたくないだけぇ。全滅は避けたいしぃ」
真面目とは思えない間延びした口調。
しかし今の私よりも彼女が正しいのは確実。
さらにネレイアは私の平静を取り戻す言葉をくれる。
「何よりぃ。急げばモルトも助かるかもしれないしぃ」
「……ぇ? 助かる?」
下半身の欠損による大出血。
生存確率ゼロと言われても納得せざるを得ない状況ということは誰にでも分かる。
それをネレイアは覆したのだ。
「だってぇ。私達はクローン体でしょ? マスターならぁ、体のスペアくらい用意してるんじゃなぁい?」
言われて納得する。
マスター、つまり美亜なら緊急時の備えを用意していてもおかしくない。
それが可能なのかは分からない。
しかし今重要なのは、可能性があるということ。
「……撤退しましょう。一刻も早く」
「さんせーい。でもぉ、普通に逃げても追いつかれるでしょうねぇ。今の場面じゃ私のスキルは役立たず、エイルはどぉ?」
「私は……」
自分の能力を思い出し、この場を切り抜けられるか思考する。
モルトを連れて、精霊ラグネスから逃げ切る。
一歩間違えば全滅の状況、考えている間にもラグエルは迫ってくる。
決断を急がないと、その思考が過ぎったときだった。意識外の方向から声をかけられたのは。
「君達は何もしなくていい。ここは私に任せてくれ」
「え……美亜?」
いつの間にか背後に居た二人、美亜とライカ。
二手に分かれて数時間ぶりの再会だった。
「別件の調査で遅れてしまった。すまない」
「美亜、モルトが……!」
「分かっている。助かるかは分からないが急いで連れ帰ろう。そのためにも……ここは私のスキルで足止めする」
袖を捲くり臨戦態勢を取る美亜。
彼女のスキルは分からないが、今は信じるしかない。
対してラグネスは心底嫌気が指したように手招きをする。
「また増えやがった……もういいよ。さっさと全員でかかってこい」
「それには及ばないよ。君の相手をしている時間はないのでね――――『ワーム』
スキルの起動、美亜は左手を掲げた。
するとその左手から何かが膨らむように現れた。
赤みがかったピンク、筋肉の塊を思わせるそれが手先から伸び、肥大しを繰り返す。
その肉塊の増殖スピードは凄まじく、あっという間にラグネスに纏わりついた。
「うわっなんだこのキモいの……触んじゃねぇ!!」
「相変わらずの口の悪さだねラグネス。思春期なのかい?」
「なんだ? オレのこと知ったような口聞きやがって。それにその口調どこかで…………てめぇ! ナガトメミアか!!」
「話している時間はないと言ったはずだよ。増えろ『ワーム』」
美亜が『ワーム』と呼ぶそれは、呼応するように爆発的増殖を見せる。
増殖に巻き込まれたラグネスは肉塊の海に沈み、既に姿が見えず声だけが聞こえてくる。
「クソッ! こんなもん、全部焼き尽くしてやるよ!!」
その声の直後、肉塊の内側から熱を感じ、ジュウゥッと焼ける音まで聞こえてきた。
対して美亜は興味のない様子で、肉塊を左手から切り離し方向転換した。
「さ、しばらくは出てこられないはずだ。今のうちに帰ろうか」
「マスタぁ? あなたのことを知ってるみたいだったけど、どんなご関係ぇ?」
「ふむ……今はまだ話すときではない、かな」
ネレイアの問いに意味深な返答をしつつ、早足で移動を始めた。
そんな美亜に置いてかれないよう、モルトを背負って走りながら話しかけた。
「ごめんなさい美亜。初の作戦は失敗ですね……」
「……エイル。あまり気に病んではいけないのだよ。君達の頑張りは無駄ではなかった。そうだろう、ライカ?」
「うん……ばっちり記憶した……です」
「記憶、ですか?」
同意を求める美亜。親指を立てるライカ。
その意味を理解できない私に、美亜は説明を加えてくれる。
「ライカのスキル『ノイズロギング』の能力さ。一度聞いた声ならば、この先どこに居てもその声を盗聴できるのだよ」
「これで……精霊ラグネスの会話……筒抜け」
「……凄いスキルですね」
盗聴の能力。戦闘向けではないが諜報員として期待できそうだ。
ライカはその能力で今後の作戦に大きく貢献するだろう。
モルトはこんな姿になるまで戦い、精霊に魔法が通用しないという情報を引き出した。
ネレイアが居なければ私は今頃一人で突っ込んで死んでいたかもしれない。
美亜は窮地の私達を助け、今こうして無事に撤退できている。
じゃあ、私は?
「何もできなかった私とは、大違いです……」
地面を見下ろしながら走る。
背負っているモルトへの負担が少なくなるよう、慎重に走る
背中に染みる生暖かい液体が、私の心にさらなる重圧を与えた。
◇
「ちっ、逃したか……仕方ねぇ。帰って報告だな。――――ナガトメミアが生きていた、と」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます