第5話 焦りを知る

 聞き込み調査を続けた結果、噂の内容は大方把握できた。


「ラグネスはあそこの王城に入っていったらしいわぁ」


 精霊ラグネスは街の中央に住む王族に謁見するために訪問したらしい。

 それも人前に姿を晒すのはこれが初めてとのこと。


「私達も精霊がどんな姿なのかは確認しておきたい、そのためにもラグネスが王城を出るまで待機です」

「ねーじっとしてるの飽きたー」

「モルト。ステイです」

「うー……」


 不満げなモルトを軽くあしらい、王城の監視を続ける。


「にしても厳重な警備体制、本当に神様みたいな扱いねぇ」

「それも認識の書き換えによる偽物の信仰ですけどね」


 会話しながら警備を眺めていると、その警備に動きが見えた。

 建物内部の来賓を出迎えるような隊列移動、お見送りの体制だ。

 そして建物の奥から隊列の中央を歩く姿を目にする。


「ようやく出てきましたね……あれが精霊ですか」

「ふぅん。見た目は普通の女の子ねぇ」


 現れたのは少しばかり長身の女性。

 普通に歩く姿を見る限り、人間と何ら変わらない見た目だ。

 あれが精霊? 私達の敵なのか?


「あの人ワルモノ? やっつける?」

「……いえ、ここでは目立ちます。街の外に出るまで尾行しましょう」


 精霊と思われる女性の回りには王城の警備兵が大量にいる。

 美亜に深追いするなと言われている以上、無理に攻撃すべきではないはず。


 姿を見失わぬよう距離を保ちながら後を追う。

 街にいる間は凱旋でもするかのように人に囲まれながら歩いていた。

 しかし街を出た途端、警備はあっさりと離れ、その女性は完全に孤立した。


 私達も人混みに紛れることが不可能になり、仕方なく物陰に隠れ尾行を継続した。


「一人になったみたいだけどぉ」

「確かに一人ですが流石に不自然ですね。これはまさか……」


 予想を述べる前に目標が動きを見せた。


「おい! そこで隠れてるやつ。ナニモンだ?」


 振り向き、こちらを見て、声を張り上げる。

 彼女は明らかに私達の方面を見ている。


「気付かれてましたか……」

「あらぁ。どうするのぉ?」


 想定外の事態に対し、次の行動を思案する。

 バレた以上戦闘は避けた方が良いか?

 となれば尾行した言い訳を考えなくては。


「こそこそしてないで出てこいよ」


 要求されるも思考はまだ纏まっていない。

 この場面の最善策は何か。


 そんな考え事に集中するあまり、私は注意を怠った。

 予想外の行動をし得る味方への注意を。


「わかったー!」

「……え、分かった? いやちょ、モルト!?」


 判断する前に明後日の方向から元気の良い声が聞こえた。

 反応も遅れ、気づけばモルトは標的の視界に入っている。

 手を伸ばし、引き留めようとしたが今度はその手をもう一人に遮られる。


「やめなさぁい。敵はまだモルトにしか気づいてないわぁ」


 ネレイアは小声で私に静止を呼びかける。

 確かに今モルトを引き止めれば隠れられている私達の存在も気づかれる。

 こうなった以上、私達には見守る以外の選択肢がない。


「なんだ子供かよ。オレになんか用か?」

「やっつけにきた!」


 勢いだけは良いモルトの返事に精霊ラグネスは一瞬面食らった顔をする。

 しかしすぐに表情を取り戻し、今度はニヤリと不敵に笑った。


「へぇ……面白いなお前。オレが精霊だと分かって言ってるんだよな?」

「うん! 精霊はワルモノっておかーさん言ってた!」

「はっ、そーかそーか。ならお前をノした後にその母親にもご挨拶する必要がありそうだなぁ」

「むっ。そんなの絶対させない!」

「いいぜ。どこからでもかかってきな!」


 怒りと笑い、互いに異なる表現で敵意を交錯させる。


 ラグネスは余裕の表情で先手を譲ったが、それは幼い子どもが相手だと思っているからだろう。

 その油断が命取りになるとも知らずに。

 対してモルトは煽られたおかげで興奮状態、初手から容赦なく全力の様子が見える。


「いくよ! 『ブルートフォース』実行ラン!」


 モルトのスキルは先刻この目で見たばかりだ。

 大きく息を吸い、口内に光を充填させて放つ高威力の一撃。


 そのモーションを見たラグネスも嫌な気配を察知したのか身構え始める。

 しかし時既に遅く、モルトの攻撃は間もなく発射された。


「は? なんだその魔ほ……ぐぅっ!!」


 着弾。表情を崩し、スキルによる攻撃を両腕で受け止める。


 『ブルートフォース』。多属性の魔法を絶え間なく放ち続ける。

 その威力は迷宮内のそこそこ強そうな魔物も数秒で破壊し尽くすほど。


 そんな理不尽極まりない攻撃だが流石精霊というべきか、未だその姿は健在だ。

 しかし徐々に広がってゆく腕の傷を見ればそう長く保たないことは明らかだ。


「負けて、られっかぁぁぁあああ!!」

「ぅぁぁぁあああ!!!」


 両者引かず、気力を振り絞る。

 ラグネスもほぼ不意打ちの攻撃にあれだけ耐えられるのは凄いことだとは思う。

 しかしその攻防は未だ1分も経過していない。


「モルトの勝ちねぇ」

「ですね」


 遠くから見守りつつ、仲間の勝ちを確信する。

 もちろんこの自信は根拠に基づくものだ。


 『ブルートフォース』は魔力無制限、周囲の微精霊が枯渇するまで放ち続けられる。

 私の知る限り、少なくともモルトは10分以上連続で攻撃を続けられる。


「く、そが……ぁ!」


 やがて精霊ラグネスは耐えていたものの膝を崩し、高密度の光に飲み込まれた。

 その後もモルトは油断すること無く、ラグネスの姿が確認できなくなってから3分以上もの間攻撃を継続した。


 閉口し、疲れつつもやり切った様子のモルトが言う。


「ふぅ……ぼくの勝ち!」


 勝ち誇るモルトの前に精霊の姿はなく、あるのは焼け野原と何かの残骸のみ。

 

「敵ながら不憫ねぇ。見せ場もなく理不尽にやられちゃって」

「ですね……でも何事もなく目標を達成できるのは良いことですよ」

「そう言う割に浮かない顔ねぇ?」

「……どうしても考えてしまって。あれだけ美亜が警戒してた割に呆気なさ過ぎるなと……」


 勝利を手放しに喜べず、不安を拭いきれない。

 考え過ぎならそれでいい。

 しかし美亜があれほど警戒していた相手がこれか?

 それとも今回はたまたま上手く事が運んだだけ?


 思考が止められずにいると、モルトがこちらを見て呼びかけてきた。


「ねーねー見てた? ぼくが精霊倒しぶっ……!」


 瞬間、モルトは後ろに弾かれた。

 何者かの拳に顔を叩きつけられ、為すすべもなく地面に叩きつけられる。


 その光景を見て、我々は呆然とする。

 私も予感がしていたとはいえ、それはありえないことだとも思っていたから。


「あれ……痛い……なんで……?」

「クッソ。子供だと思って油断した……強いなお前」


 精霊ラグネスは苛ついた様子で言葉を吐く。

 しかしその姿は何事もなかったように傷ひとつ無い。

 あれだけの集中砲火を浴びたというのに。


「なんで……なんで!」

「なんでなんでってうるせーな。やっぱ強くてもガキはガキか?」

「違う! なんで死んでないの!?」


 取り乱し、敵に問うモルト。

 私達も同じ疑問を持ち、ラグネスはそれに軽く答える。


「あん? だって、お前が撃ったの魔法だろ? 魔法じゃ精霊は死なねーよ」


 至極当然、そんな表情で宣う精霊。

 しかし私達が知らない情報だ。

 精霊殲滅を志す私達にとって何よりも知っておくべきだった情報だ。

 

「う、嘘だ……そんなのずるじゃん!」


 声を震わせ後ずさる。

 今にも涙を零しそうなくらい表情を歪ませている。

 自分のスキルが通用しないと分かった今、モルトに戦う武器はもうない。


「さぁて、今度はこっちの番だ。悪いが今の見ちまったら……手加減はしてやれないぜ?」

「っ、モルト! 逃げてください!」


 戦意を喪失した幼き少女に対し、無常にも反撃を実行する精霊。

 私の叫びも虚しく、次の瞬間には2人の間に存在していた距離が失われた。


 呻きが漏れる。液体を零れ落ちる。

 気付いたときにはモルトの体は持ち上げられていた。

 腹部を中心に、ラグネスの指先に貫かれる形で。 


 虚ろな目をしたモルトが息をしているのか、遠目の私には分からなかった。

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