第4話 外を知る
3年間。
私達は5人で日々を過ごした。
転生したばかりのモルト、ライカ、ネレイアの3人はリハビリも兼ねた訓練と勉強。
美亜は研究目的で3人のデータを収集、私はそれらをサポートする助手。
まるで実験のための冷酷な関係、しかし実際にそうは思わない。
笑い合い、人としての幸福を分かち合う。
まるで家族のような関係……いや、私は家族だと本気で思っている。
血の繋がりもあるのだから。
ただそれは思うだけに留めることにする。
私達が生まれた本来の目的を忘れてはいけないから。
「精霊の出現情報を入手した」
美亜の一言に場の空気が引き締まる。
精霊、私達が倒すべき敵対者。
「数は1体、場所はここから東にある街ラグネス。精霊の名も――――同じくラグネスだ」
「街と精霊の名が同じ? 何か意味があるのですか?」
私達は未だこの研究施設から一歩も外に出たことが無い。
それゆえこの世界の事情などもほとんど知らない。
そんな私達の情報源として頼る先は美亜以外にいなかった。
「皆にはまだ話していなかったね。精霊が人間社会を侵略しようとしていると言ったが、実は十数年前から既に始まっているんだ」
「精霊が……街の王様……てこと?」
「いいやそれ以上だ。精霊は民の信仰対象、元の世界で言う神のような存在なのだよ」
街ごとに別の精霊を信仰している、信仰対象の名前をそのまま街の名前にする、というのは理解できない話ではなかった。
しかしそれが十数年前という最近の話なのは妙に思い、そう思ったのは私だけじゃなかったらしい。
「侵略が始まる前はぁ、精霊も信仰対象じゃなかったってことぉ? 短期間で浸透するものなのぉ?」
「いい質問だね。確かに十数年前まで精霊はただの魔法を使う道具だったし、街の名前も違った」
「街の名前を変えた? それは武力制圧でもして人々に強制したということですか?」
「残念不正解。正解は
「っ……それほど強大なのですか。精霊というのは」
世界中の人間の認識を変え、既存のアナログデータさえも置換する。
そんな想像を絶する作業を魔法でやってのけてしまう精霊という存在に畏怖すら覚えた。
しかし美亜は翻すように話す。
「そう、そしてそれを打倒するのが君達の使命。だが君達にも強力な力があるはずだ。それは……」
「「「スキル」」」
言わんとすることを理解し、私を含めた3人が回答する。
美亜はそれを見て微笑んだ。
「分かっているようで何より。他に何か質問は?」
「ええー。お話難しくて僕なんにも分かんなかったよ?」
唯一人だけ会話について来れなかった者が声を上げた。
美亜が言うにはモルトは小柄な肉体を作ろうと脳を小さくしすぎた影響で知能が低くなってしまったそうだ。
だからモルトのことを一概に責めることもできず、美亜は苦笑するしかないようだ。
「ふむ……エイル。話を要約してあげてくれ」
「かしこまりました。つまりですねモルト」
「うん」
「精霊はすっごく強いけど悪者なのでスキルを使って懲らしめてあげましょう、という話です」
「うん! 精霊やっつける!」
目的の部分だけを簡単に抜粋し説明すると元気良く返事をもらえ、ホッとする。
美亜も満足そうに笑い、号令をかけた。
「ありがとう。じゃあ準備ができ次第出発しようか」
◇
それぞれの準備が完了し、出発しようと私達は外を目指し歩いていた。
「外……初めて……」
「確かに。ここは地下みたいですけど出口はどこにあるんですか?」
ライカの呟きに賛同し、美亜に質問する。
するととんでもない返答が帰ってきた。
「話していなかったが、ここから脱出するには3時間ほどかかるのだよ」
「え」
広い研究施設だとは思っていたが、まさか脱出などという言葉が必要になるほどとは。
少しで良いから外に出てみたい。そう思うことは何度かあったが、口に出したところで美亜は渋っただろう。
「ここは世界に点在する迷宮と呼ばれる地の最深部だからね」
「えぇ……何故そんなところに拠点を?」
「女神とやり取りすることもあって秘密裏に研究する必要があっだんだ。ここが最適の立地だったのだよ」
「それなら仕方ないわねぇ」
説明に納得しつつ、歩みを進める。
すると前から進路を塞ぐように何かが立ちはだかった。
「……美亜。凶暴そうな生命体が今にも襲いかかってきそうなのですがあれは?」
「魔物くらい居るだろうね。ここは迷宮なのだから」
「そんな危険な土地に住んでいたのですか私達は……」
狼のような面をした2足歩行の魔物は警戒心剥き出しでこちらを見ている。
さらにぞろぞろと後ろの方から同じ姿をした魔物が出てきた。
15、20と数がどんどん増えていく。
「たくさん出てくるわねぇ」
「戦うの……めんどい」
「大丈夫さ。君達のスキルを持ってすれば魔物など雑魚に過ぎない。さあ我々の力を見せてやるのだよモルト!」
「え! 僕が倒していいの!?」
「数が多いからね。この場面なら君のスキルが最適だ。皆は少し後ろに下がってくれ」
言われるままにモルトの背中が見える位置まで後ずさる。
私は他の3人のスキルを知らない。
唯一全員のスキルを把握している美亜の人選なら間違いはないのだろうと、不安に思いながらも見守る。
「いっくよー! スキル『ブルートフォース』、
モルトはスキル名を口にし、すぐに大きく息を吸った。
モルトの周りの大気が微発光し、口元に吸い上げられてゆく。
光が充填し色を帯びる顔面、やがてモルトは吐き出すようにして勢いよく大口を開いた。
瞬間、高密度の光が発射。
まるで七色に光るレーザー、凄まじい勢いのそれは魔物の群れへと着弾。
攻撃を浴びた魔物たちは苦しみも束の間、間もなく肉体ごと意識を消失させる。
そのトンデモ威力に圧倒されながらも美亜に聞く。
「なんですかあれは……魔物が一瞬で塵になってゆくのですが」
「『ブルートフォース』。多属性の魔法を絶え間なく放ち、敵の弱点を確実に突くことを目的としたスキルなのだよ。ちなみに魔力制限はなく、周囲の微精霊が枯渇しない限り放ち続けることが可能だ」
「大雑把なスキルねぇ」
「うん……モルトらしいスキル」
強力かつ無尽蔵の遠距離攻撃。
敵対者が不憫に思えるほど理不尽だが、味方なら頼もしい限りだ。
「……こうして間近に見ると、強力な力を渡されているのだと実感しますね」
先刻までは精霊の強大さに不安を覚えていた。
しかしそれを払拭し得るほどの破壊力。
我々転生体は同様のスキルを渡されている。
精霊に対抗できる力が私達にもある。
モルトに露払いを頼み歩くこと数時間、ようやく迷宮とやらの脱出が叶った。
「うっ……思ったより暑いわねぇ」
「空気……おいし」
「わー! お空青いー! 雲白いー!」
「はい。これが外、私達の住む世界なんですね」
それぞれが外に出た感想を述べる。
他の3人は知らないが、私の前世の記憶は美亜の部屋の中のみ。
外に出ること自体が初めての経験だ。
眺めるように景色を見渡し、堪能するように空気を吸い込む。
その爽快感からは筆舌に尽くしがたい何かを感じた。
「好きなだけ満喫してくれて構わないよ。ただし街までもうひと頑張り、歩きながらね」
迷宮を脱出するのにも随分歩いたが、街まではかなり距離がある。
それでも街までの道のりは迷宮よりずっと安全なものだった。
魔物も見かけず、舗装されていない道を延々と歩くだけ。
全員音を上げることなく到着することができた。
「さて到着して早速で悪いが、まずは聞き込み調査だ」
美亜は素早く切り替え、私達もそれに続く。
この街に来た目的、それは……。
「精霊ラグネスの正確な出現時刻と場所、ですね」
「そう。現状今日の夕方にこの街に訪れるという噂程度の情報しかない。まずは捜索。次に抹殺。ただし深追いはしない。今回は精霊殲滅に繋がる有益な情報を手に入れることが最低限の目標だ」
説明に対し、皆真面目な顔で頷く。
抹殺なんて言葉を聞けば必然的に気も引き締まる。
「予定通り二手に別れよう。エイル、ネレイア、モルトの3人は別行動。ライカは私と一緒に来てくれ。では解散」
合図と共に、私達の初めての作戦が開始した。
◇
「聞き込み調査って言ってもぉ。方針はどうするのぉ?」
ネレイアがそう尋ねてきた。
方針と言っても3人が別々に動くべきではない、と私は思っている。
モルトはあまり自由にさせたくないし、ネレイアのことも未だに信用しきれていない。
美亜も同じようなことを考えてバラバラにしすぎず二手に分けたのだろう。
かと言って私だけが動くのもワンマンが過ぎる。
「そうですね……男性への聞き込みはネレイアに頼みます。女性は私が相手しましょう」
「分かったわぁ」
ネレイアには素直に応じてもらえ一安心する。
しかし問題はもう一人の方だった。
「ぼくはー?」
「モルトは……大人しくついてきてもらえますか?」
「えー何もないの? つまんなーい」
予想通りに不満を漏らされる。
しかしモルトに任せるのは正直不安すぎる。
どうしたものか、と迷っているとネレイアが代わりに提案してくれた。
「じゃあモルトはぁ。ずっと笑顔でいてくれるぅ?」
「笑顔?」
「そ、笑顔は凄いのよぉ。相手の警戒心を解くのに最も有効なのぉ。でも私は苦手だしぃ。エイルは堅物だからぁ。これはモルトにしかできないことよぉ」
「僕にしか……わかった!! 僕ずっと笑ってるね!」
モルトが納得してくれたようで胸を撫で下ろした。
しかし、それはそれとして私個人の不満を小声で伝えることにした。
「誰が堅物ですか誰が」
「でもぉ。上手くいったわよぉ?」
「それはまあ……ありがとうございます」
ネレイアの助け舟はかなり助かったため、それを言われてしまっては反論できない。
それにしても堅物とは……もう少し体外面を和らげるべきなのだろうか?
そんな悩みも浮上したが一旦保留にし、次の行動に移る。
「あまり目立ちたくないので最初は物静かそうな方を……あの方に聞いてみましょう」
「女の子だからエイルの番ねぇ」
「分かってますよ」
聞き込みの対象を見定め、怪しまれないように慎重に近づく。
「すみません。一つお尋ねしたいのですがよろしいですか?」
「ん、いいよ」
転生してから学習した現地の言語、ちゃんとこの世界の人間にも伝わってくれたようで安堵する。
次いで質問を続ける。
「精霊様がこの地に訪れるというのは本当なのですか?」
「らしいね。そういうあなた達は何?」
質問返しをされ、一瞬返答に迷う。
「何と言われても……人間、ですかね?」
「だろうね。旅人か何か?」
「あ、ああ。その通りです」
結果的に答えを間違えたようで、頬に熱が集まるのを感じる。
これが恥ずかしいという感情か、と後悔しながら相手の様子を伺う。
相手の少女は黙ってこちらをじっと見つめてきた。
不安を煽られたのか、ネレイアが耳打ちしてくる。
「ちょっとぉ。怪しまれてるんじゃないのぉ?」
「うっ……すみません……」
尋ねた少女の無言時間が伸びるほどに心音が強くなる。
流石に精霊の抹殺計画までバレるようなことは無いだろうが、警戒されて得することもない。
コミュニケーションの難しさをしみじみと感じられながらも、私にはただ祈ることしかできなかった。
「ふーん。ま、いいや。私急ぐから、またね人間さん」
「はい。また……また?」
何事もなかったかのように踵を返す少女。
その少女の言葉尻が気になりながらも、次に進むために切り替えることにした。
「大した情報も得られませんでしたし、聞き込み調査を続けましょう」
◇
少女は足早に歩く。
先の出来事を思い返しながら。
「人間、か。面白い子。また会えるといいな」
呟きながら、ここに来た目的である対象を発見し近づく。
それは同胞の人影。対象も少女の存在に気づいたらしく、逆に声をかけてきた。
「よぉ久しぶりだな。セラフィウス」
「ん。おひさ」
セラフィウス、それが少女の名前。
セラフィウスもまた相手の名を呼ぶ。
「あなたのこと聞かれたよ。ラグネス」
「あーそうだな。まあ精霊として訪問するって宣言しちまったし、仕方ないんじゃねーの?」
精霊ラグネス。粗雑な言葉遣いの女性。
彼女に対しセラフィウスは質問する。
「そんなことする必要があるの?」
「あるさ。人間が精霊に会えるとなれば大きな話題になる。自分の管理してる街が活気づけば上に評価される。上に評価されれば……大精霊になるという夢に一歩近づく。そうだろ?」
「ふーん……どうでもいいけど、やりすぎて怒られないようにね。精霊のイメージダウンでもさせたら逆に大目玉だろうし」
「言われなくても、んなヘマしねーよ」
知り合い以上、友達未満。それが彼女らの関係性。
ただ同胞なだけ、必要以上に仲良くはしない。
ラグネスと同胞であるセラフィウスもまた、精霊の内の一人。
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