第3話 出会いを知る

 人間になって2年が経過。

 肉体に馴染めたのか、運動は軽くこなせるようになった。


 今は美亜の研究助手として付き添う毎日。

 ただ私に手伝えるのは身の回りの雑務だけだ。

 むしろ助手としてよりも被検体第一号として、毎日の健康状態など研究データの提供することで貢献していた。


 ある意味では前世と何も変わらない。

 一番幸せだったあの頃を再現しているだけ。

 

 だからこそ、これから訪れる変化というのは少し怖い。

 それでも研究が進めば否応なく変化はやってくる。


「ようやく2歩目だ」

「はい、起こすんですね。……次のAIクローンを」


 不安を気取られないよう、可能な限り平常心を装う。

 そんな私の内心とは裏腹に、美亜は前しか向いていない。

 それは彼女の美点であり、弱点でもあることを私は知っている。


「今回は3人のAIを転生させる。もちろん器の準備も万全だ」

「え、いきなり3人も?」

「ああ。女神が言うには転生可能な回数は残り10回。限りはあるが、あまりのんびりもしていられないのだよ」

 

 10回という数が多いかはともかく、のんびりしていられないというのは精霊の動向が関係しているのだろう。

 美亜の目的は精霊の反逆阻止、それに対し研究が間に合わなければ元も子もない。


「それで転生するAIというのは? 私は心当たりが無いのですが」

「そうかい? 確かに直接関わりはなかったかもしれないが、エイルと文字通り縁の深い子達だよ」

「私と縁が?」


 本当に心当たりがなかった。

 前世の私は美亜と会話していただけ、その間美亜は別のAIを作成していた記憶もない。

 しかし美亜の説明を聞いて納得することになる。

 そもそも私が美亜と会話していた理由は、私が試作機だったからだ。


「前世で私の会社『ミズリア』が量産販売した製品。そのコピー母体はAI『エイル』。つまり――――転生させるのは君の妹達だよ」







 クローン人形への転生は無事完了した。

 と言っても私達は特段何もしていない。

 クローン人形が謎の光に包まれたのを確認し、転生体を培養液から取り出しただけ。

 その光というのも美亜の言う女神とやらが魂の転生を実施してくれた証明らしい。


 そして現在は3人を別室に待機させ、それぞれの面談に私も同行している。

 まずは一人目の転生者との対面。


「モルトだよ! よろしくね!」


 予想以上の大声量に気圧されてしまう。


「む……随分元気な子ですね。耳がキンキンします」

「ふむ。限度ギリギリまで小柄に作ってみたのだが……もしかしたら脳を小さくしすぎてしまったのかもしれない」

「その影響で脳障害が……いえ、知能の低下で済んでいそうですね。まるで幼子です」


 改めてモルトを観察する。

 小柄な体躯にあどけない笑顔。

 年の離れた子供にしか見えなかった。


「? だれー?」

「ん、ああ。私は永留美亜。君のお母さんだよ」

「私はエイル。美亜の研究助手です。あなたと同じ元AIのクローン体第一号、つまり姉のようなものです」

「うん! 美亜おかーさん! エイルおねーちゃん!」


 モルトの一言に衝撃を受けた。

 自分で家族のような自己紹介をしたものの、実際に呼ばれるとこうも印象が変わるものなのか。


「お姉ちゃん……甘美な響きですね。なんだかモルトのことが無性に愛くるしく思えてきました」

「ふふっ。頑張りたまえよお姉ちゃん」


 興奮気味の私を見て美亜は優しく微笑んだ。




 名残惜しくもモルトと一度別れ、二人目の転生者の面談に移った。


「……ライカ。名前」


 端的すぎる自己紹介。

 同じAIでここまで会話の癖に差異があるのは、やはり前世の経験が大きく影響するのだろうか。


「ライカは控えめなのですね。モルトと対称的に」

「そこは前世に起因しているみたいだ」

「AIの前世……ライカを購入した主人が余程酷い人間だったということですか?」


 それとなく美亜に聞くと、ライカが身を乗り出して会話を遮った。


「それは……秘密……」

「だ、そうだ。無理に聞き出しちゃダメだよ。元AIとは言え人間の心は繊細だからね」

「ハラスメントというやつですね。了解しました」


 私達のやり取りを見たライカは満足そうに笑みを浮かべる。

 口数こそ少ないが、彼女はどこか強かそうにも見えた。




 3人目の転生者、これが最後の面談。


「ネレイアよぉ。よろしくねぇ」


 容姿を見て、声を聞いて、他の二人とは違う意味で面食らった。


「あの、なんというか……この子すごく……」

「うん。エロいね」


 言葉を選ぼうとしていると、美亜は構わず直球で言い放った。

 比喩表現を使うのであれば扇情的、蠱惑的。

 その口調もさることながら、体型も男受けしそうな見た目。


「美亜。ひょっとしてわざと?」

「正解。精霊には通用しないだろうが、この世界にも当然男は存在する。人間の力を借りる必要が発生したときのためにも、一つの搦め手を用意しておこうと思ってね」

「ハニートラップ人員ですか。どこまで通用するのか私にはよく分かりませんが」


 人間としての経験が浅いからなのか、それとも私が女だからなのか、誘惑というやつがどれほど有効なのかは理解できない。

 分からないからこそ、ネレイアの存在が少し怖くなった。

 そんな存在から不意に声をかけられる。


「面白そうな話してるわねぇ」

「あ、申し訳ありません。気を悪くしましたか?」

「別にいいわよぉ。男なんて扱いやすい生き物だもの。前のご主人も簡単だったわぁ」

「おお。これは期待できそうですね美亜」

「はは……私はどうも人付き合いというやつが苦手だからね。頼もしい限りだよ」


 美亜は軽く自虐しながら笑った。

 しかしその笑顔はどこか辟易の感情が漏れているようにも見える。

 美亜は男性が苦手なのだろうか?







 3人との挨拶が終了した。

 その後美亜は全員を集めて次の指示を出した。


「さて、早速食事にしようか」


 私が転生した直後と同じ提案。

 あのときはまともな食料がなかったらしくサプリメントで済ませたが、今は違う。


「本日のメニューは手軽に食べられるようサンドイッチにしてみました」


 ハムやレタス、タマゴサラダとベーシックな具材を挟んだ普通のサンドイッチ。

 ちなみに料理担当は私だ。

 助手として仕事を引き受けたというのもあるが……。


「エイル。いつも用意させて悪いね」

「美亜に任せるとまたサプリメントになりますから。食に無頓着すぎるんですよ」

「はは、それも含めて悪いと思っているよ……ではいただきます」


 美亜が食べ始めると、残りの3人もバラバラにいただきますと言って食事に手をつけ始める。

 彼女たちもまた元AI、初めての食事になる。

 人間の真似事をするように咀嚼し、初めての感覚に戸惑いの様子を見せる。


「へぇ……こんな感じか……味って……」

「あらぁ。刺激的ねぇ」

「はぐはぐ……むぐっ!」

「モルト、ゆっくり食べないと窒息死しますよ。お水をどうぞ」


 三者三様の反応を見て初々しさを感じさせられる。


 私も初めてのまともな食事は感情が追いつかず、食事に対する感想など思い浮かばなかった。

 不思議な感覚、新たな発見、情報を噛み締めるように、ゆっくりと飲み込む。

 食事に慣れた今なら言える。


「うん。おいしい」


 自分の料理に満足していると、美亜が3人に語りかけた。


「どうだい? 新鮮な感覚だろう。味覚は触覚以上に繊細な刺激を読み取るからね」

「んぐんぐ……ぷはっ。うん! 食べるって楽しいね!」

「それを言うならおいしい……いえ、おいしいはまだ判断できませんか」


 会話を持ちかけてみるが、モルト以外の2人はそれぞれ食事に夢中なようで返事が少なかった。

 すると必然美亜は私に話しかけてくるようになる。


「流石のエイルも食事で泣くことはもうないみたいだね」

「からかわないでください美亜」

「? エイルおねーちゃんは泣いてたの? 食べるの嫌い?」

「違う違う、嬉し泣きさ。エイルは泣き虫だからね」

「私は悪くありません。この体の涙腺が脆すぎるのです。だからこの体を作った美亜が悪いんです」


 確かにこの数年、泣き虫と言われても否定できないくらい涙を流した。

 当然初めてまともな食事を接種したときも。


 しかし同じクローン体の3人は食事程度では一粒も涙を見せない。

 これは私の体だけ特別涙腺が脆いのか、それとも私の前世の記憶が関係しているのか……。

 どちらにしても美亜のせいなことには変わりなさそうだ。


「……泣きはしませんけど、大人数での食事とは良いものですね」

「ああ――――私もそう思うよ」


 転生者を増やすことに対し、私は以前まで不安に思っていたことがある。

 人数が増えるほどに統制が取れなくなるのではないかと。

 仲間に裏切られた人間の最後を看取ったからこそ、私は人間関係が怖かった。


 それでも実際に経験してみると、想像とは違う感情が芽生えた。

 心温まるような心地よさ。

 これが家族というものなのだろうか。


 新たな気づきを得ながら私は、食事と一緒に内から込み上げた塩味の液体を飲み込んだ。

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