第49話 声絶の魔導師⑥

「セーラーさん!」


 空を眺めながら歩くセラを呼び止める。

 すると彼女は気だるげに振り返り、怪訝な顔をした。


「……だれ?」

「認識されてなかった!? イゼル・テイカーです! あなたの家で大変お世話になっております!!」


 物静かなセラに対し、可能な限りテンションを高く保って接した。

 そうしなければ打ち解けられない気がしたから。


「ああ。そう」

「もー……なんか会ったばかりの頃のライカに似てるなぁ」

「?」


 セラとのやり取りに既視感を覚えたのは、過去に似た出会いを別の人ともしたことがあったから。

 ライカ。今でこそパーティメンバーとして仲良くなれたが、彼女も出会った当初は尖っていた。

 一人で居た彼女を無理やりパーティに引き込んで、そのときも今と同じように明るく接し続けて、自分は敵じゃないと行動で示し続けた。


 だから今も、あのときとやることは同じ。


「セラさん。私とお喋りしましょう?」

「やだ。めんどい」

「えーつれないなぁ」


 断られることは想定済み。

 けどこういう質問にはちゃんと応えてくれるタイプのようで少し安心した。


「セラさんはさ、いつも外出してるけど何してるの?」

「……別に。ほとんどの時間は何もしてない」

「何も? 呼吸すら?」

「喧嘩売ってる?」

「誰とでも仲良くお喋りを売りにしてます!」

「話通じないタイプのヤベーやつだった……」


 言葉で拒絶しながらも相手はしてくれる。

 エイルが言っていた"根は優しい"というのも納得できる。


「それで何もしてないって? 何かしたいことはないの?」

「……ただの散歩。何も考えず、ダラダラ生きることが私のしたいこと」

「へえ。セラさんって案外面白いね」

「イゼルには負ける」


 段々と内心を打ち明けてくれるようになり、距離が縮まったように感じる。

 この分ならもう少し踏み込んだ質問をしても良さそうだ。


「でもさ、何も考えたくないって割に色々考えてるよね。例えば……エイルさんのこととか」


 同居人の名前を出すとピクリと反応を示すが、それ以上は何もしない。

 触れて欲しくない話題のようだが、構わず追撃する。


「セラさんはさ、なんでエイルさんを避けるの?」

「なんでそんなこと聞く?」

「だって、エイルさんのこと嫌いなわけじゃないでしょ?」

「……どうしてそう思う?」

「さっきさ、エイルさんが言う前に魔法陣用の紙渡してくれたよね。ずっと気にかけてくれてたんじゃない?」


 図星なのか、彼女は言葉を詰まらせ黙ってしまう。

 深く突っ込みすぎたか? 私も避けられるか?

 不安に思いながら沈黙に耐えていると、セラは口を開いてくれた。


「これ以上仲良くすると、後が辛いから」

「それって……エイルさんといつかお別れしないといけないってこと?」

「……立場上」


 ようやく彼女の核心に触れられた気がする。

 理由は分からないが、仲良くしてもしなくても離別する日が来ると。


「イゼルだったら、どうする?」


 今度はセラが逆に聞いてきた。

 聞いてくるということは、彼女もまた悩んでいるのだろう。

 エイルを避けることが最善だと思いながらも迷っている。


 何にしても、私の答えは変わらない。


「いっぱいお喋りする、かなぁ。いつか別れるって分かってるなら尚更ね」

「……辛くなるのが分かってるのに?」

「仲良くすれば、別れた後に辛いのと同じくらい幸せな思い出が残るもん。でもやり残しがあるとさ、きっと一生辛いよ」


 これはただの持論だ。

 自分が人と会話するのが好きなだけ。

 会話を通して相手を知って、会話の種を増やしてまた別の人と話す。

 そうやって生きてきて私は幸せだった。

 

 それをセラが共感できるかは分からないけど……。


「……そうかも?」


 迷うくらいだから参考にはしてもらえるだろう。

 そう思って伝えてみたが、正解だったようだ。


「けど、今更仲良くするのちょっと気まずい」

「あー分かるかも……まあ私も居るからさ、まずは一緒にご飯でも食べよ? エイルさんが美味しいお夕飯作って待ってるから!」

「……ん。分かった」


 そうして私達は帰りを待つ人の元に帰る。

 お喋り相手がまた一人増えたことに喜びを感じながら。









「たっだいまー!」

「おかえりなさいイゼルさん」


 元気の良い帰宅の挨拶に返事をする。

 その後ろを歩く同居人にも同じように挨拶をしてみる。


「おかえりなさいセラ」

「ただま」

「ご飯の用意できてますよ」

「食う」

「えーと……一緒に?」

「……ん」


 恥ずかしそうに顔を背けて喉を鳴らすセラ。

 嬉しさのあまり喜びを声に出しかけるが、セラの機嫌を損ねないよう自分を律する。

 功労者のイゼルには感謝の念を込めて無言でサムズアップ、イゼルも同じ反応を返してくれた。


 久々のセラとの食事。

 初めて3人で囲む食卓。


「「「いただきます」」」


 いつもと同じ私の料理、皆で食べても味は別に変わらない。

 今更言葉にはしてくれないけど、顔を見れば感想は伝わってくる。

 それだけで私の心も満たされる。


「え、セラさんって夜寝てないの? そういえばエイルさんが夜行性って言ってたような……」

「ん。私は夜に生きる女」

「無駄にカッコよく言ってますけどだらしないだけですよ。他の人の起床と同時に就寝だなんて、活動時間がズレて不便なだけですから」

「ちなみに理由はあったりするの?」

「体質」

「体質なら仕方ないかー……仕方ないのかな?」

「それが本当なら仕方ないんですけどね……」


 食べながら談笑。

 久々の感覚に、セラに会うより前の生活がフラッシュバックする。

 けど家族との食事とは少し違う。

 友人達との食事は、嬉しいというより楽しい。

 違いは分からないけど、何かが違う気がした。







 暗い夜、数人の明るい声と光が漏れる一軒家。

 そこへ忍び寄る一つの人影あり。


「…………」


 そして、その影を追う別の影あり。


「よぉ。こんな夜更けにイゼルに何か用か? ムドウ」

「……リックか。なに、一つ伝えたいことがあってのぉ。少しばかり顔を見せに来ただけじゃよ」


 夜空の下、視界が不鮮明な中でお互いの顔を見合う。

 険しい顔で、お互いの動きを警戒する。


「どうしたリーダー、顔が怖いぞ。お主はイゼルに会わんのじゃろう? それとも、仲間のワシが信じられんのか?」

「……ああ。俺は仲間を信じるよ。だからムドウの言葉と同じくらい……ライカの言葉も信じないといけない」


 暗闇の中で新たな影がリックの背後から現れる。

 小柄な少女の影だった。


「ああ……やはりお主かライカ。厄介じゃのう、その盗聴能力」

「うん。聞こえてた……ムドウ、誰と内緒話してたの?」


 ライカは転生者という情報を伏せてスキルのことを仲間に教えている。

 ムドウも知っているからこそ、企みを秘めることを止めた。


「悪いがそれは言えん契約でなぁ」

「契約だと?」

「ああ。ワシは其奴と契約して魔法を手に入れたのだよ。……呪印魔法をな」


 その言葉を聞いて二人は顔色を変える。

 呪印と聞いて思い出されるのは当然、イゼルを苦しめた声を封じる呪い。


「やっぱり、お前がイゼルの声を!!」

「安心せい。今度は全員仲良く口を封じてやろう!!」


 煽られ激情のままに大剣を振るリック。

 対抗してムドウが盾を構える。

 するとその盾から大量の水が溢れ出し、盾を覆うように纏わりついた。

 

 そのまま衝突、しかし液体に衝撃を吸われる。


「ちっ。"波濤の盾"か……」

「生半可な攻撃がワシに通じるわけなかろう。お主、何年もワシの後ろで生き延びた癖に今まで何を見てきた?」


 ムドウはパーティのタンクとして武器は盾一つ。

 "波濤の盾"は魔力を込めることで水を纏わせる魔導具、そこにムドウの技量が加われば鉄以上の鉄壁と化す。


「そんなことは分かってる……だから次は、全力で叩き込む」


 一度後退し次の剣戟の準備をする。

 一息入れて、魔力を込めて。

 魔力に反応し微精霊が発光する。

 光を纏い、動き出す。


 先程のような無造作な攻撃でなく、正しく鋭い一閃。

 同じように水纏う盾で受け止めるが、その一撃は重く響く。


「づっ……重いな……思えばワシが受けるのは初めてか。お主の"剣術魔法"」

「仲間に使う技じゃないからな……それと、まだ重くなるぞ」


 剣戟は通常、衝突した瞬間が最も重い。

 しかしムドウは今、重くなり続ける剣に支えきれなくなりつつある。


「この魔法は決められた動きを身体に強制する。俺の意思で止められない代わりに、動作が完了するまで微精霊は力を貸し続ける。相手が耐えるほどに力を増す剣、それが俺の固有魔法だ」

「ぐっ……ぬぅぅ!!」

 

 遂に耐えきれなくなり吹き飛ばされるムドウ。

 そこへ容赦なくリックは追撃する。

 ムドウは崩された体勢を整えようにも連撃が続き、盾で往なしつつ回避に専念するので精一杯だった。


「あれだけ頼もしかったのに、今はあんたが惨めに映るよ」


 リックは攻撃の際、無感情を保つことに徹していた。

 元仲間だろうが裏切り仲間を悲しませた者。

 パーティリーダーとして処断するのは自分の役目と言い聞かせる。

 

 その無機質な顔が、ムドウの癇に障った。


「なんじゃその顔は。ワシが憎いなら……もっと死ぬ気で殺しにこい!」

「逃げるので精一杯な奴に言われてもな……まあ、守るモノのないあんたじゃその程度が限界か」

「……守るモノが無いじゃと?」


 声を荒げるムドウだったが、完全に体勢を崩し最早立ち上がることすらままならなかった。

 それをリックは冷たく見下ろし、剣を振り下ろす


「もう終わりにしよう」


 支え不十分の盾に重い一撃が加わり、大きな水飛沫を上げる。

 剣術は完了し、完全に振り下ろされる。

 そこにあったのは深い傷跡をつけられた大盾。


 盾裏にムドウの姿は無かった。


「ワシが守りたいモノは唯一つ。それを捨てることなどありえんのだ……例え、惨めに泥を喰らうことになってもな……!」

「ムドウ!? いつの間に……!」


 這いつくばってリックの足を掴むムドウ。

 リックの剣が盾に衝突した瞬間、ムドウは大量の水を発生させていた。

 その水飛沫を目眩ましに、盾を捨てて裏に回ったのだ。


 リックはすぐに振り返り剣を構えるが、一手遅い。

 瞬間、足から崩れ落ちてしまう。


「なっ……足に、力が……」


 急に力が入らなくなった右足。

 見ればムドウに掴まれた部分に見慣れない刻印があった。

 それがイゼルの首元にあった刻印と酷似していることに気づく。


「この刻印は……声以外も封じられるのか……!?」

「慌てるでない、お主の口封じは最後じゃ。今は大人しく這いつくばっておれ!」

「がぁっ!」


 大盾のぶちかまし、片足不全で踏ん張りの効かない体は容易く吹き飛ばされる。

 

「まず一人。次は……む?」


 方向転換の途中、ムドウは足を止める。

 蠢く者を視界の端に留めて。


「最早まともに剣も振れんじゃろうに……何故立ち上がる」

「俺が……リーダーだからだよ」

「生意気を……ならば武器一つ持てぬ体にしてやるわ!」


 その延長戦は数分と保たなかった。

 土と傷に塗れ意識は朦朧としている。

 加えて両手両足に施された刻印、最早立ち上がることすら叶わない。


「そこで大人しく見ておれ。再び仲間が絶望に落ちる瞬間をのぅ」

「く……そ……」


 恨みがましい視線を感じながらムドウは次の標的を見据える。


「随分薄情じゃなライカ。リーダーが殺されかけているというのに援護一つしないとは」

「援護いるの? ……どうせ殺さない癖に」

「知ったような口を……まあ良い。次はお主の耳じゃよ」


 宣言し、ゆっくりと魔の手を近づける。

 しかし少女は取り乱さない。

 焦りも怯えもなく、ただ冷静にその腕を掴む。

 力勝負で勝てないと分かっていながら逃げずに対面し、少女は口を開く。


「私の番はまだだよ……残念だけど」

「なに?」

「私の能力『ノイズロギング』……一度聞いた音をどこに居ても聞ける。けどそれだけじゃなくて……音の共有もできる」


 剥き出しの悪意を前にして丁寧に話す。

 今もずっと発動している能力の説明を。


「共有対象は……最後に触れた人」

「む……この足音は……」

「今の共有相手はムドウ……さっきまでの共有相手は……今聞こえてる足音」


 足音の主は、答え合わせする前に現れた。

 ムドウとライカ、互いに聞いていた音が直に届く。

 足音が止み、声が届く。


「ムドウ。何か言い訳はある?」

「……あるわけなかろう。イゼルよ」


 睨み合う両者。見守る二人。

 イゼル・テイカーの到着で久方ぶりの集結が叶った。

 それぞれの望まぬ形で。

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