第48話 声絶の魔導師⑤
イゼルの呪いが解けて数日。
彼女との生活にもすっかり慣れた頃。
「そろそろイゼルさんにも働いていただこうと思います」
「はーい!」
嫌みな言葉に対し元気いっぱいな返事。
こちらも引け目を感じずに頼めるというものだ。
「でも実際なにすればいいの?」
「まずは魔法学校で学んだことを教えて貰いたいですね」
「いいよー。じゃーまず座学について掻い摘まんで話すね」
そうしてイゼルの講義が始まった。
座学だけではないとはいえ3年分の学習内容、全体を知るだけでも半日ほどの時間を要した。
「座学はそんなとこかな」
「なるほど……さすが学年首席、分かりやすい説明ありがとうございます」
「どう? 役に立ちそう?」
「ふむ。直接役に立つかは微妙ですが、知ってて損はないってくらいですかね」
元々セラから教えて貰っていたこともあり、知らない内容は半分程度だった。
残りの半分も魔法の細かい原理や歴史ばかりで、実践的なモノではない。
「まー確かに。私が魔法学校で一番時間かけたのは魔法研究だし、座学が全部研究に役に立ったかって言うとそうでもないしねー」
「研究ですか。ちなみにイゼルさんは何を?」
「知りたい? じゃあ特別に見せてあげようかな。私の研究成果にして得意魔法」
◇
魔法発動のため私達は外に出た。
イゼルの魔法を実際に見せてもらうために。
そして「準備するから少し待ってて?」と言われ数分。
彼女は杖を握り、しばらくブツブツと詠唱を続けていた。
「準備はばっちり」
「詠唱していたようですが、魔法は既に?」
「うん。発動してるよ。どこにあるか見える?」
腕を広げて聞いてくるが一見何も見当たらない。
しかし目を凝らすと、見える風景に違和感があった。
「ええと……イゼルさんの手元の景色が微かに歪んで?」
「おーエイルさんは目がいいね。私は風魔法が得意、というより好きでね。色々試して今の形に落ち着いたんだ」
イゼルはマジックショーでも披露するかのように明るい口調で話し始める。
「さてさて魔法の説明に移りましょうか。ここに3つの風魔法の塊があります。まずは一つ目、エイルさんに近づけますので触れてみて貰えますか?」
「触れる? これのことですかね?」
イゼルが杖を振ると、目の前に一塊の歪みが接近した。
恐る恐るそれに指先で触れてみる。
すると目の前で歪みが拡散し、風が巻き起こった。
「あっ風が……なるほど。空気の膜で風を包み込み、今私が触れたことでその膜が破れたのですね」
「さすがエイルさん大正解。けどこの魔法を考えて私は思ったんだ。空気の薄膜ではあまり強い風は閉じ込められない、実践では使えないってね」
「それは……その通りですね」
「そんな私が次に考えたのがこれ」
またも杖を振り二つ目の歪みが私の元に届く。
触れてみて? と期待の目を向けられ、それに応える。
すると私の指先で空気膜が破れたのか、その現象は起こった。
『この声が聞こえたら、右手を上げてください』
突然聞こえた声に、思わず言われた通り右手を上げる。
「私は何も言ってないけど、どうして手を上げたのか聞いてもいい?」
「それはイゼルさんの声が聞こえたから……空気膜に声を閉じ込めたのですね?」
「またまた正解。私は音を閉じ込める空気膜の開発に成功したんだ。さて、賢いエイルさんなら次に私が何を考えたのか、3つ目の空気膜に何が閉じ込められているか分かるんじゃない?」
最後にクイズを出され、思考を始める。
音が閉じ込められる空気膜、それで何ができるか。
「声があれば……でも一緒にしてしまうと……いやそうか、イゼルさん」
「はい?」
「その3つ目の空気膜って、重層構造じゃないですか?」
「わお。一瞬考えただけでそこまで当てられちゃうと逆にショックだなぁ……でもいいや。分かったみたいだし答え合わせしよっか。それっ!」
掛け声と共に杖を振り上げ、3つ目の歪みが上空に打ち上げられる。
そしてもう一度杖を振ると上空の歪みが消え去り、代わりに現象が起こる。
『ふぇるろーあるめあいーて』と微かに聞こえる詠唱。
後に上空では発火現象が起こった。
「空気膜に閉じ込めていたのは詠唱と魔力。つまり発動寸前の魔法をキープしていたわけですね」
「そう。これが私の研究成果、風膜型遠隔起動魔法"エアスフィア"だよ」
魔法発動に必要なのは魔力と微精霊への伝達手段。
それらが揃った地点で魔法が起こると考えれば理解はできる。
ただ、それは理論上の話だ。
「この魔法、言うほど簡単なモノではありませんよね。詠唱が正しく微精霊に伝わるよう空気膜を重層構造にし、魔力を隔離する別種の空気膜を内側に仕込んで。きっと長い研究期間と魔法操作技術の研鑽の上で成り立っているのでしょう」
「うん。そうだね」
この魔法は誰にでも使えるような代物ではない。
膜圧など性質の違う複数種類の空気膜、それを詠唱の長さや魔力量によって微調整する必要がある、非常に癖の強い魔法だ。
その癖を彼女が把握しているのも長年研究した賜物。
「イゼルさん。魔導師として、そして技術者として、あなたのことを尊敬します」
「あはは。改めて言われると照れるなぁ。でも……うん。嬉しい」
イゼルは私の称賛を受け取り、噛みしめるように感情を口にする。
結果を見ただけでは伝わりにくい、過程を知る者の苦難。
私はこの世界における技術者という存在に初めて出会った気がして、心が昂ぶった。
「それにしても良い魔法ですね。久々にインスピレーションが湧いてきました!」
「うんうん。教えた甲斐があったよ」
「早速新しい魔法陣を……あ」
言いかけて思い出したのは数日前の出来事。
イゼルの呪いを解くため何枚も魔法陣を試作し、大量の紙を消費したこと。
「予備の紙を使い切っていました……仕方ない。セラが起きたらお願いしないとですね」
◇
「あの、セラ。一つお願いが……」
起床した気配を感じ、セラの部屋を訪れる。
するとこちらが願いを伝える前にセラは紙束を差し出してきた。
「はい紙」
「え? なんで知って……あ、ありがとうございます」
「お金」
「あっどうぞ……」
「じゃ、出掛けるから」
「……いってらっしゃい」
言われるがまま紙の代金を手渡して見送る。
何も言わずにこちらの願いを察してくれる。
それも悪い関係じゃないのかもしれないが、私はあまり嬉しくなかった。
会話の拒絶、そうまでして私を避けたいのだろうか。
「仲直りしないの?」
「したいですけど、そもそも何故避けられているのか。どうしたらいいのかもさっぱりで……」
イゼルの質問に答える。
自分の素直な気持ちを口にして、嫌なことに気づいてしまう。
「私……3年近く一緒にいてセラのこと何も知らないんですね」
ポツリと呟き、胸の内側に寂しさを感じた。
それ以上何も言えずにいると、また質問された。
「エイルさんから見たセラさんってどんな娘なの?」
「え? ええと……夜行性でマイペースだけど根は優しい女の子、ですかね」
「うん。じゃあ私よりはセラさんのこと詳しいってことだね」
「それは当然……」
「何も知らないってことはないよ。少なくとも、ここ2年のセラさんを一番知ってるのはエイルさんでしょ?」
言われてセラと過ごした日々を思い返す。
私が知らないと言ったのはセラの心中や過去、目に見えない部分のこと。
けれど表面上の彼女なら幾度となく見てきた。
セラが喜ぶこと、嫌がること、こうしたらこんな反応が返ってくるだろう。
そんな風にセラを知っているつもりだったから、今彼女が何を思って私を避けているのか、分からないのが寂しいんだ。
「手伝うよ、仲直り。私もセラさんと仲良くなりたいから」
「……ありがとうございます。イゼルさん」
出会ってまだ数日のイゼルとこれほど仲良くなれたのはきっと彼女の人柄のおかげ。
そんなイゼルの申し出だからか、非常に心強く思えた。
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